zzz | ナノ





▼ 懐疑と脳内会議

「なんで俺に連絡しなかったんだよ」

なまえの前に現れたゾンビマンは静かに、しかし憤慨に耐えないようでいて、声は少し震えていた。視界の端に見える握り拳は何度も堅く握り直されていた。「やっぱり送って行けばよかったんじゃねえか……くそ」なまえを怒っているというよりかは、自分を戒めるような口調のゾンビマンの様子が気になって、なまえは下げていた顔を上げた。なまえは怒られるのは嫌いだ。特にきつく怒鳴られるのは。しかし、そんな様子もなく、ただ向かい合って、淡々とゾンビマンはなまえ話しかける。なまえが顔を上げた先に、眉に深い皺を寄せて、苦しそうな、後悔に満ちたゾンビマンの顔があった。

「もしも何かあったらどうするつもりだったんだよ」
「でも、何も無かったですし……」
「今回は、な。だがしかし絶対無事でいられるような状況じゃなかったんだろ?」
なまえは顔をそらす。
「そんなに怒らないでくださいよ……怒られるの苦手なんです」
我ながらアホなことを言っているな、となまえは思った。
「別にそんな責めちゃいねぇよ……ただ……もし次こんなことがあったら……」


「……俺がもたねぇ」



ゾンビマンは、あー、だとか、うー、と小さく唸って、決まりの悪そうな顔をして、頭をごしごしと掻いた。

「ちょっと外で煙草吸ってくる」
とだけ言い残して、ドアを押した。ドアのガラスに二人の姿が映っていた。ドアがゆっくりと閉まり、ゾンビマンは外の闇の中に消えていく。

警察署の玄関、なまえはひとり、取り残された。下着泥棒兼露出狂の不審者は、ここら辺の地域では被害が深刻で、ご近所でも度々噂になっていたらしい。女子高生の一人暮らし、そして加えて、中々ご近所との話に時間を割くこともできずにいたために、なまえはそのことを聞いたことはなかった。なまえが今まで被害に遭わなかったのは、恐らく下着を外に干していなかったからであろう。でもまさかこんなことになるなんて。自分を本気で心配してくれていたのかな、と自惚れで思ったのかもしれないが、もしそうだとしたら、ものすごく申し訳ないなとなまえは思った。

不審者を退治してしまった後に、とりあえず警察に通報しなければ、と、電話したはいいものの(学校は何故だか携帯持ち込み禁止だけれど実際は多くの生徒が持ってきている)、当たり前だがなまえはその現場にいなければならず、しばらくして近くの交番からミニパトがやってきて、なまえはそのミニパトに乗り、警察署に事情聴取に連れて行かれた。というか被害者をそのまま現場に残すことに警察は何とも思わなかったのだろうか。もしも相手が再び暴走しだしたらどうするつもりだったのだろうか。まあなまえが相手の気絶しているという様子を伝えたために向こうも余裕を持ったのだろうけど。

なまえが署に着いたは着いたで、警察は保護者に連絡をとろうとした。お子さんである君が遭った被害を説明しなきゃだし、それに迎えに来てもらわなければならない、と。終電にも近い時間だったし、わざわざ違う市に住む両親を呼び出すのは申し訳ないし、できるなら避けたかった。この市の高校に通うために、部屋まで借りて、別居しているのに、これ以上心配かけられないし、最悪のケースだと、転校させられかねない。その事態はどうしても避けたかった。
「ほ、保護者なら……います」
我ながら自分のことをひどいと思った。ゾンビマンを保護者扱いすることで自分のゾンビマンに対する気持ちを誤魔化し紛らわしたい思いが心底にあったからこのような言葉が出てきてしまったのかもしれないな、と。

「――あ……もしもしゾンビマンさん?わたし今警察にいるんですけど、大変申し訳ないんですけどちょっと来てくれませんか、事情は来てから話すので」
教えてもらったばかりの電話番号に電話をかけ、そうなまえが言うと、「はあ?!なんだってそんなことに」と大きな声で驚かれ、それから「どこの署だ」「すぐ行く」と二言言うと、電話は切れた。その後すぐにゾンビマンはやってきた。いつものように黒いタンクトップにコートを重ねて、走ってきたのか息は荒く、赤い目はギラギラとしていた。

「何で俺に連絡しなかったんだよ」事件の一連を聞き終えたゾンビマンは言った。その頃にはもう彼の呼吸はある程度整っていた。ここでいう連絡とはつまり、不審者に会ったとき、どうしてすぐに連絡しなかったと言う事だろう。こちとらそんな余裕はなかった、というのも、知り合って間もないゾンビマンにそこまで頼っていいのかという躊躇の言い訳なのだが。
ドアの向こうの暗闇に溶けたゾンビマンの姿を眺めながら、なまえはゾンビマンとの距離を掴みかねていた。

彼は本当になまえのことを心配してくれているようだった。しかしなまえには知り合って間もない彼がどうしてそう親身になってくれるのかはわからなかった。下心があるのかもと疑ったけれどそうでもないらしい。とりあえずはさっきの彼の様子から、本気でなまえのことを気にかけていることがわかった。なんでそう気にかけてくれるのかの理由はやはりわからなかった。けど嬉しかった。その一方で、なまえはゾンビマンを信頼できないでいた自分が不甲斐なく思われた。最初から彼に送ってもらっておけば、わざわざ彼に不快な思いをさせずに済んだかもしれないのに。

自分の行動に深く後悔してなまえは玄関にあった黒の合皮の椅子に、どすん、ずりずりと、崩れるようにもたれかかった。

態度を、改めなければ。

自分のこの中途半端なゾンビマンに対するもやもやとした好意はまだ受け止められていないが、彼に信頼をおこうと思った。少なくとも彼は信頼を置いてくれてる。そのことは電話をして呼び出したなまえを疑いもせずに早急に迎えに来てくれたことから強く伺えた。


自分の、ゾンビマンさんに対するほわほわした気持ちに疑いを持つのはまだやめられないけど、ゾンビマンさんに対して疑いだとか警戒するだとかはやめよう。もう、大丈夫。最初から大丈夫だったのかもしれないけど。

なまえはそう心に誓うと、急になんだか恥ずかしくなって、顔にハンカチをかけると、そのままゆっくり目を閉じた。そして、次の瞬間には夢の世界へと、ゆっくり落ちていった。






prev / next

[ back to top ]