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▼ JKサバイバー

外は既に暗くなっていた。街の光がきらきらと眩しく、窓ガラスには自分の姿が映っていた。
「わたし、もう帰らなくちゃ」
なまえは荷物をまとめ、忘れ物がないかを確認した。「よし、何も忘れてないわね」
「外暗いな……送っていこうか」
「いや、大丈夫です、一人で帰れますから」

ゾンビマンが会計を済ませると、二人は店の外にでた。
「やっぱ心配だから送る、変な野郎についてこられたら厄介だろ」
「大丈夫ですって!まだ九時前ですし」

確かにゾンビマンは命の恩人であるが、信用しきっていいのかまだ躊躇っていた。この数時間で急に信頼を置けるまで親しくなれるとは思わなかった。それに、心のどこかでゾンビマンのことが気になっているこの気持ちにけじめをつけたかった。病は気から、というように、恋の病も気から来ることが多いから。勘違いで浮ついてるなんて。なまえは恋に恋しているという状態が嫌いだった。その状態は所詮自己満足に過ぎず、自分の理想の型に相手をはめ込み、勝手に大したこと無いことに舞い上がっては落ち込んで、ただ疲れるだけなのだ。相手にはその気はないのにだって。恋に恋する恋愛よりも、相手自身に恋をしたい。

ん?待て待て待て、何を考えているのよわたし!
なまえは自分の思考にブレーキをかける。こんなこと考えるなんてまさかわたしが、恋をした?
いいやこれは気のせいだ。学校の帰りからヒヤヒヤしっぱなしだからいわゆる吊り橋効果というものだ、ジェットコースター効果だ、と、自らを納得させる。

「じゃあせめて、携帯の番号教えとくから。何かあったらすぐ連絡しろよ」
「やけに親切ですね」
「まあ、俺もヒーローっていう仕事してるからな」

ふーん、ヒーローだから、かぁ。
心のどこかで「お前だから」親切にする、とかいう返事を期待してた自分がいたことに後悔し、なまえは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「別に携帯番号くらいならいいですよ、わたしのやつ悪用しないでくださいね」
「なんでさっきよりツンツンしてんだよ」
「べっつに〜〜?」



「んじゃ、気をつけて帰れよ」
「はいはーい、さようなら」

素っ気ない態度をとってしまう自分がいちいち可愛くないなぁと思いながら、別れた相手に背を向ける。
どうにもこうにももやもやするなぁ、となまえは炭酸飲料を買いにコンビニに寄った。ダイエットコーラを一本だけ買って店を出た。なまえは身に迫る危険に気付いていなかった。

街灯が少ない道を歩きながら携帯で時間を確認する。親が家にいないとしてもさすがに遅くなりすぎたかもしれない。あともう少しで自宅に着く。なまえは早足で歩いていた。ぽつんぽつんと離れた街灯、その一つの下にたどり着いたとき、後ろから声がした。

「ねぇ、ちょっと見てくれない?」
息遣いの荒い、男性の声。なまえは硬直してしまった。なまえには近所に男性の知り合いはいない。後ろにいるのは絶対に不審者だ。
逃げなきゃ、逃げなきゃ!でもこのまま逃げ切ってどうするの?家が特定されてしまう。別の場所へ逃げたところで二度と合わないとは言いきれない。どうすればいいのよ!

ちらりと目を後ろに向けてみると、そこには明らかに「男性用ではない」下着を身に付けた男性がいた。顔が脂ぎってて、ニキビの跡が目立っている。にやにやしながらこちらを見ていた。

「(けげーーッ!!気持ちわるーー!!!露出狂だわーッ!)」

バッ、となまえは顔を正面へ向け、泣きそうに、吐きそうになる喉元を抑えた。大声を出すのは防犯上いいのだが、時と場合によっては、声を出す分相手を挑発してしまい、まっさきに音源、つまり息の根を止められる可能性が高くなる。

「ねぇ、もっとしっかりこっち見てよ、ほら見ろよ!」
声が近づいてくる。どうすりゃいいのよぉ……、となまえは混乱に陥った。

なまえは左腕に着けている腕時計の文字盤の部分が金属で出来ていることを確認し、時計のベルトを緩め、右手の第一関節のあたりにつけかえる。――そう、メリケンサックのように。そのまま、重さが加わった右手に固く力を入れ握り締め、勢いよく左回転し、加速度と質量の相乗効果で強烈な右ストレートを相手にお見舞いした。鈍い音がして、「う゛っ!!」とうめき声をあげる露出狂はよろめき、尻餅をついた。見かけに反してなんて軟弱な男だ。男がひるんだ隙に、なまえはポケットの中に入っていたフリスクのタブレットを大量にダイエットコーラに投入し、よろよろと起き上がろうとする男めがけて、コーラの泡をロケットのごとく噴射させた。『メントスガイザー』現象――通称メントスコーラと同じ仕組みだ。勢いよく噴き出したコーラが目に入ったのか、「うわあああ!!目がァ!!」と悲鳴を上げて再び男は座り込んだ。薄い見た目と裏腹に大量のテキストが入った学生鞄を男の頭に振りかざす。一回目は平面、二回目は角で。バコン、ガツンと二回殴るだけで泡を吹いてしまった。男に直接触れたくなかったので、なまえは足の甲を男の首筋に宛て、脈を確認した。よかった生きてる。人間滅多なことで死ぬもんじゃないのね。意外と丈夫にできている。

「この下着泥棒が……ッ」

なまえは不審者の股間に下着の上からシーブリーズを大量にかけた。静まり返って寝ている夜の町に男の悲鳴が響くのは、警察が来て、男が意識を戻したときのことだった。






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