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▼ その世界



彼は素早い。並じゃなく素早い。音速340毎秒メートルとまでいくかどうかは測ったことがないからわからないけど、(というか人間が音速で動いたりなんかしたら服が燃えたりするんじゃないか?)目で彼の姿行動を全て追うことは不可能だ。

「なまえ」

急に後ろから抱きしめられたと思ったら名前を呼ばれる。まったく、いろんな意味で心臓がもたない。というかいつ部屋に入ってきたのかもわからなかった。音もなく、忍び込み、いつの間にか私の近くに来ている。

「もう、びっくりした」

わたしがそういうと彼の口は端をくいと曲げて三日月を描く。彼は満足げに鼻を鳴らすと、さらに強く抱きしめられる。彼の首は曲がり、わたしの頬に唇を滑らせ、顎を上げるように促す。わたしがくいと後ろにいるソニックに顔を向けると、そのまま下唇を甘噛みされた。音も立てずに名残り惜しそうに唇が離れると、いつの間にか彼はベランダのある窓際にいて、「いってくる」と一声聞こえた瞬間にはもういなくなっていた。しかし、彼が抱きしめていた感覚はその時までまだ残っていた。



前に自分からソニックに抱きつこうとしたことがある。忍者の彼にバレないように抱きつくなんて無理だとわかっていたけれど、それでも、おとなしく抱きつかせてくれるんじゃないかと期待していた。それなのに。

「なまえ……すまん」
「なんで……なんで?」
わたしが彼に抱きつこうとした瞬間、わたしが抱きついたのは彼の残像で。すう、とわたしの腕は空振りし、自分の手元に両腕が返ってきた。一方で本物の彼はわたしの後ろに回っていた。そしてわたしに歩み寄ると、ぎゅうといつものように抱きついた。

「わけがわからない、なんでだめなの」
なぜわたしからあなたに触れてはいけないの。いつも触れるのはソニックからだった。離れるタイミングを決めるのもソニック。

「なまえから俺を抱きしめると、俺が抜け出せなくて止まってしまうだろ」

そんなの当たり前だ、という顔をして彼が言う。
束縛されたくない彼が言うのももっともで反論する気も起きず、そしてその反面、その言葉に一抹の嬉しさを感じるのも事実だった。でもそれでもやはり、自分から抱きしめてみたいのだ、彼の体を、この両腕を使ってできる限り包み込みたいのだ。



(時間なんて止まればいいのに、な)
時間が止まれば彼をわたしから抱きしめることができるし、彼を抱きしめればわたしは彼の時間を止めることができる。必要十分な関係。
どちらも現実的にできそうにないな、と彼が去った後の独りきりの部屋の中で、電池が横に転がる時計を見つめながら、顔を伏せてそのまま微睡(まどろ)んだ。




2013/08/16 3000キリリクありがとうございました。

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