zzz | ナノ





▼ 純白彼女の反発

相手のことをもっと知りたいと思っている自分がいることに虫酸が走る。自分の心の揺れ動きやすさにうんざりするし、ブレーキのきかない自分の思いに焦っている。話を聞いてもらって心のどこかで舞い上がってるんじゃないか。これ以上知ってしまうともっと気になってしまいそう。不死身である以外の何らかの要素に惹かれている自分がわからない。わからない。
自分の気持ちでさえわからなくなるなんて。まあ全ての自分の感情が解説分析できたらそれはそれで怖いし、それはつまり単純な感情しか持ち得ないんだ、ということになるのだが。
これ以上近づくのを避けたいがために突き放す。全ては自分を守るため。相手はどうなっても構わない?ある意味はそうかもしれない。しかし相手も相手で近づいたら後悔するかもしれないのだ。これはお互いのためなのである。お互いの。理想に近づけば近づくほどに、持たぬ者である自分が惨めに思えてくるものだ。

「なんでアルバムを持たないんです。少なくとも普通は学校で買うことになっていたはず」
なまえはつんとすました様子で問う。相変わらず相手のことを考えないものの言い方だなと我ながら思った。そしてこれで相手を傷つけたりしたら最悪だなとも思った。
「ああ、『普通は』通った学校のを持ってるんだろうな。」
「アルバムを購入するお金が無かった、もしくは学校に通ってなかった、んですか」
「後者だ」
「どうして……いじめにでもあって不登校だったんですか」
義務教育の世の中、小学校中学校にすら通っていないというのは少し珍しいを通り越して、かなり稀なことである。彼くらいの特異体質をもっていたならばいじめられていた可能性は十分ありうる。

「もしかしたら学校に通ってたのかもしれないが覚えていないし、覚えていないくらいだから通っていたとしてもかなり短い期間だろうな。アルバムも進化の家にいたときは持っていなかったからきっと持っていたとしても捨てられたんだろ。言わなかったっけか、俺は十年前に進化の家を脱走した。その進化の家ってとこの研究所で多数の実験の結果、不死身になったって」

実験とはどんなものなのだろう、となまえは思った。「不死身シリーズ唯一の成功作」とそのジーナス博士とやらは言ってたらしいが、つまり『死なない体を持つ』と言えるくらいだから、普通の人なら死んでしまうような実験も受けてきたということだろうか、そして生き残ってきたということだろうか。いくつか非道な実験を思い浮かべて、食べているパフェのぐちゃぐちゃと混ざった苺とバニラアイスの色を見るとすっかり食欲が失せてしまった。

「よく実験に耐えきりましたね」

「まあな、というかそれが嫌だったから脱走してきたんだが」

あまりじっと顔を見つめることは、なんだか恥ずかしいのと、失礼かもしれないという気持ちでできないのだけれど、先程からちらちらとゾンビマンの顔を伺う限りではそれほどゾンビマンの表情は動いていない。さすがに眉をひそめるくらいはするけれど、この男、表情は乏しくはないんだろうが、程度が小さくヴァリエーションのわりに出力は弱いようだ。

「ああ、そのな、アルバムのことなんだが、今日持ってくるの忘れたから今度返す」
「え」

また会うことになるのか。嬉しい半面親しくなりすぎるんじゃないかと警笛が鳴る。

「それ、溶けてきてるぞ。食わねぇのか」ゾンビマンが目線をなまえの手元の食べかけのパフェに投げ、箸を持っていない左手で指さす。
「あ……はは、いろいろとグロい想像したら食欲無くなっちゃって……」
「じゃあ俺がもらってもいいか?」
「え?ああいいですけど、食べかけですよ。ていうかもともとゾンビマンさんが奢ってくれたものだし、どうぞ」
にやりと笑うと、箸を横に置き、スプーンに持ち替えてアイスの表面の溶けたパフェをせっせと口に運ぶゾンビマンを見ながら、よく食べるヒーローだ、となまえは思った。決して爽やかとは言えない笑顔にときめいてる自分がいることに気がつき、だめよだめよと首を横に振る。なまえ、だめよ、ときめいちゃったりしちゃ。

「それ、間接キスって言うんですよねー」
ひとりで勝手に照れてしまったのを隠そうと、わざとおどけた様子で言ってみたものの、言ってみた内容が内容で自分が言ったことにさらに恥ずかしくなってしまった。自縄自爆である。

「くだらねぇな」ゾンビマンは怒る様子も焦る様子も馬鹿にして押さえつける様子もなく、ただ不器用な微笑み方をしていた。
大人の正直な意見だろう。こんなことをいちいち気にしているなんて馬鹿らしい、と。

「あら?ピチピチの現役女子高生にとっては重要なことなんですよぉー、気になさらないなら別に構わないけど」
「そんなことわざわざ気にするなんてお前キスしたことないだろ、ウブだな」

図星。キスなんて人生の中で一度もしたことがない。現役女子高生にとっては間接キスは重要なこととか言ったばかりだけれど、中学校卒業を境に、それまで盛り上がってた話題であったのに、いつのまにか話題にのぼらなくなった。なまえの周りの子たちにとっては間接キスなどどうでもよいことになっていったらしい。なまえが初めて友人の一人から、彼氏とのキスをしてのプリクラ、いわゆるチュープリとやらを見せてもらったときには、正直気持ち悪いと思ってしまったし、ショックだった。その子は高校の中でも数少ない小学校から一緒の学校に通っていた友人でもあったから、尚更ショックだった。

「悪いですか、純情と呼んでください。天然記念物級ですよ、このピュアさは。『はじめてのチュー』は恋人ができるまでとっておくんです。キテレツ大百科です」
もはや自虐ネタに走りつつある。そして恋人ができたことがないことまで口走ってしまった。なまえの目線は明後日の方向を向いている。


「――……もしかして、人口呼吸もアウトなのか……?」
顔をひきつらせて目線をそらすゾンビマン。

「唇合わせてるなら間接キスよりアウトですよね」
「(まじかよ……)」

このときゾンビマンが眉間を指で抑えて考え込むような素振りをしたのを、なまえは不思議に思うだけだった。
「(悪いことしたな……あんなに容易な気持ちで人口呼吸するんじゃなかった)」

この時、なまえの何も言ってこない様子から、なまえは初めてあった時に人口呼吸をされたことに気づいてなさそうだったし、溺れかけていたから人口呼吸は仕方のないことだ、必要なことだったとゾンビマンは自らを納得させた。
ただ、心臓マッサージもしたということもあってなまえには黙っておこうと心に誓った。







prev / next

[ back to top ]