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▼ 刺々しく勘違い

注文をするためにブザーを押し店員を呼ぶ。メニューを指さしながら、長い名前を言うのを避けて注文をする。若い女性の店員は注文を繰り返し唱え、以上でよろしかったでしょうか、と形式的に聞き、そそくさと去っていった。と思ったら、同じくらいの歳の女性店員を捕まえ、「ねぇ、あれってゾンビマンじゃない?あのS級ヒーローの!」ときゃーきゃー黄色い声をあげている。ミーハーだなあ。
やはり、ヒーローという制度が新しいものであるせいか、若い人ほどヒーローの情報に敏感で、逆に歳を食っている人ほどヒーローに関する知識に疎いように思える。初対面のときにゾンビマンの顔を見てS級ヒーローゾンビマンだと認識するのにひどく時間がかかったことを思い出し、女子高生失格かしら、となまえは軽く落ち込んだ。
「すごい人気ですね」
「そうか?」
なまえが皮肉っぽく眉をひそめて言うと、鈍感なのか、きょとんとしてゾンビマンは答えた。さすがはS級、ランキングを気にしないランクにいるだけ、やはり評判は気にしていないらしい。
注文を終えて、頼んだものが運ばれてくるまでの時間を有効に利用しようと学習道具を机に広げる。「おいおい!」ゾンビマンが私の行動を手で遮る仕草をとる。「まさかここで、勉強しようったぁ考えてんのかよ」
「まぁ、一応受験生ですから」
「話があるからここへ連れてきたんだぜ?」
「ゾンビマンさんが話を始める気配がないからじゃないですか。手短にお願いしますよ。」
ペンケースから出しかけていたシャープペンシルを再びしまい、ファスナーを閉める。我ながら刺々しい返事だなとなまえは思った。
「じゃあ単刀直入に聞くが、俺のことをどう思っている」
デジャヴ。どこかで聞いたような言い回しだなと思ったら数日前、初めてゾンビマンに出会ったときのなまえの言葉だった。たしか、どこで不死身を手に入れたか、という問いだったと思う。
「なんで急にそんなことを聞こうだなんて」
「お前の俺に対する態度が明らかに素っ気なく冷たい。初めてあったときはそうでもなかったのにな」
妬み、苦しみ、手に入らない永遠の命が目の前にあるのに、自身はそれを持たないという劣等感。なまえからゾンビマンには負の感情しか向けられていなかった。なまえにとって「不死身」とは「完璧」であった。それゆえに、一歩間違えると不死身は信仰の対象のようなものになってしまいそうだった。それが怖かった、避けたかった。一般に、世の中の神と呼ばれる存在は、人並みはずれた能力を持つものとされることが多い。その存在に近づきたい。そう願っても叶うはずなく、なまえは自分が辛い思いをするよりかは、その前に突き放して、わざわざ意識しないでいいような状態に持っていきたかった。何せ、この数日だけでも、ゾンビマンのことを気にするだけでひどくぼーっとしてしまい、しかもその気にするということが「無意識に」起こっている。このまま心が取り込まれてしまう前に、気にしないでいいように、全てを忘れてしまいたかったし、自分が不死ではない惨めさから逃れたかった。
「わたしはゾンビマンさんのこと、嫌いですね、大嫌い」
「俺が不死身だからか?」
なんでわかったのよちくしょう。
「まあ、目立った俺の特徴ってそれくらいだから、そうだろうな」
ゾンビマンはなまえの心の声を読んだかのように答える。
「じゃあ」
ぐいと、テーブルの上に身を乗り出し、なまえに顔を近づけた。
「俺が不死身じゃなかったら、俺のこと好きになるわけか?なまえさんよォ」
なまえは近くなったゾンビマンの顔を直視することができずに目をそらす。なまえが視線を投げた先には氷の入った涼しそうなグラスがきらきら光っていた。
これは、先程のように鈍感天然さを発揮しているのか、それとも自惚れで言っているのか、ただ単にからかっているだけなのか。
「なんでわたしの名前を、言ってもないのに知ってるんですか、ナルシストさん」
結局ひねくれた返ししかできなかった。「あ?あぁ、」ゾンビマンは片眉を上げ、なぜそうなるのかわけがわからない、といった顔をした。「なまえはアルバムに書いてあったからな。んでナルシストとは……俺別にアマイのやつみたいに鏡見てるわけでもないし……」
ゾンビマンは目をグラスにそらし、唇を巻き込んで口を閉ざした。
「あーー、もしかして、そういう意味で捉えたわけか、そうかそうか。はっ、女子高生らしいな」
ものすごく馬鹿にされた気がする。鼻で笑われたし。
「で、どうなんだ?」
文字面は一緒だが、さっきとは微妙に含意がかわった質問を投げる。ゾンビマンは口の片端を上げている。からかわれてる。
「そんなの知ったこっちゃないですよ。わたし、あなたのことよく知らないし」
「まあな、俺はアルバムとかは持たねェし」
「なん……」
なんで持たないのか、そうなまえが聞こうとしたとき、ゾンビマンの目は笑っておらず、グラスを睨みつけるような目をしていた。何を見ているのか。そこに彼の残っていない過去を見ているのか。

「本題に入るぜ。俺はお前の『考え』が聞きたい。この前も言ったが俺には『死にたくない』という気持ちがわからねぇ。感情がわからないってのは酷く損してるように思える。だからこそ、理解したいんだ。一方的に訊かれるのが嫌なら、俺も俺自身のことを話そう。どうだ、のってくれねぇか」

ああ、もしかしたら、わたしは心のどこかでこの状況を待っていたのかもしれない。





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