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▼ パンダとゾンビ


街の光に照らされて、星が見えないコンクリートジャングル。もしも昔の人が今の世にタイムスリップしたならば、今の街をどう形容するだろうか。土も見えないアスファルトの道を歩き、コンクリートという名の石材に囲まれた世界。石の海で泳ぐわたしたちにとって宇宙はとても遠く、星はほとんど見えなかった。



今日の物理の授業はちょっとだけ、嬉しいことがあった。星の話だった。赤い星がある理由。元々赤くなかった星が赤くなる場合は、宇宙空間が広がり続けていて、その星が地球から離れているかららしい。もしくは、その星の温度が低めの場合。(低いからといっても、それなりに熱いが。)温度が高い星は青いということ。ただし、地球の青さは海の青さはであるためこれに当てはまらない。

物理はそんなに好きではないのだが、宇宙の話は好きだ。といっても、やはり物理的な宇宙の原理とかはどうでもよくて、宇宙の星雲の写真の美しさに惹かれたからである。実に非科学的。だが、それもいい。別に宇宙が好きになるのに、きらきらしててきれいだったからという理由を持っていても構わないだろう。
とにかく、星雲のきらきらと煌(きら)めいて、ふわふわと浮かんでいて、鮮やかに、様々な色が絶妙なバランスでついているのが疲れた自分に媚びてくるような美しさで、とても気が安らいだ。
誰にも話せない。自分だけで知って満足する、美しさだった、酔いしれていた。


宇宙は未知で溢れているのに、こんなにもきれい。そして、宇宙は勇気を与えてくれる。具体的な理由はわからない。ただ、未知であることを恐れられている死の恐怖とは対照的で、宇宙は非現実的でありながら、最も現実的であるというパラドックスを含み込んでいる。
宇宙という生き続ける空間が好きだった。




「なまえーー、ホームルーム終わったよ?なんで号令かかって挨拶までしたのに座ったままぼーっとしてるの?」
「えっ……ああ、ごめんね」
「いや別気にしなくていいんだけどさあ」
「あ!え?もうわたしたちの他に人いないじゃない!教室戸締りしなきゃ」
「わたしがしとくから、ほら、なまえは荷物まとめなよ」
「ごめん〜!」

また、ぼーっとしていた。日に日にこと上の空度は悪化しているように思える。机上に散らかしていたペンをがちゃがちゃとペンケースにしまい、もって帰る教材を鞄に入れる。その間に友人は窓を閉め、カーテンを束ね、空調の電源を落とし、全てが終わると教室の鍵を人差し指にかけてくるくると回していた。
「なまえ、職員室に鍵返してくるから、下駄箱で待ってて」
「わかった」

階段の踊り場にかけてある鏡に写った自分の姿と目が合った。ちょっと疲れた顔をしている。髪に手櫛をかけ、少しよれてたスカーフを正した。

下駄箱にてローファーに履き替えると、まもなく友人はやってきた。
「新しくできた、たこ焼き屋さん、行ってみたいんだよねー」
「そんなのできたんだ」
知らなかった。その友人が言うには、安さで評判なのだとか。
正門に向かうと、正門付近で何だか人だかりができている。それも普通の人だかりじゃなかった。下駄箱を通り玄関を出た生徒は皆、その人だかりの方へ向かうのだ。少しの間だけ、外側からその人だかりの中心を覗き込む生徒もいれば、無理矢理、ぐいぐいと内側へ入り込んで、長らくそこへいると思われる生徒もいた。例えるなら、とある動物園のパンダのケージに人が集まり、その集団から列が続いている、そんな様子だった。

そんなに人が集まっていると、気にしないものも気になってしまう。自然と吸い寄せられるように、「なんだなんだ」と輪に近づいていった。
近づくにつれ、聞こえてくるのは女子の黄色い声と男子のエキサイトしてる声。遠くからじゃ、わーわーとしか聞こえなかったが、だんだんと言葉として聞こえてくる。「きゃー!!かっこいい!!」「握手してください!!」「ファンなんです!ああもう生で見れたとかマジ感激〜〜」――――……歓声に混じって携帯のカメラのパシャリという音が聞こえる。
ようやく輪にたどり着いたが、背の高い人が後ろに追いやられて、そびえ立つ壁を作っていた。全く内側が見えない。状況は、最近流行りの少年漫画の、巨人が壁のせいで街中に入れない、それに似ていた。
それなりに背は高いほうだ。小さくはない。それでも、外からぴょんぴょん跳ねても内側は見えなかったため、満員電車の中でのオバサンを連想させるような動きで「すみません、ちょっと通して」と、友人とともに人の間に埋まり込む。「この先に上野のパンダを越える何ががあるのね」「さっきの歓声からすると有名人みたいだけど」
群れの中にはクラスメイトもちらほらいた。

前を進む友人の作った道が塞がれないうちに進むのに必死だった。
「ぎゃあ!押さないでくださ……」
躓き転びそうになりながら群れから出る。
膝を抑えて屈む姿勢になって呼吸を整える。勢いよく顔を上げる、さてパンダ以上の人物とはいかに。


「やっと捕まえた」



群衆の中心で煙草をふかしていた男性は、なまえと目が合うと、煙草を口から離し、足で火を消して、なまえの方へ足早に歩み寄った。






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