▼ 雨やどりは期待とともに
最悪、雨降ってる。
ザーッと土砂降りでもなく、ぱらぱらとした小雨でもなく、中途半端な、粒の小さい雨。
さてどうしようか、とスーパーの出入口で突っ立ってみる。
こんなことなら牛乳なんてわざわざ買いに来るんじゃなかったなあ、ちょっとくらい我慢すればよかった、もしくは天気予報を見ればよかった。それでもさっきまで晴れてたから急に天気が変わるなんて信じなかっただろうな。
周りをちらりと見回してみると、自分以外にも雨が止まないかと期待して雨宿りをする人が数名。
でも実際、雨宿りして雨が止んだことなんてないし、いつも結局はしびれを切らしてそのまま帰っちゃうんだよな。
牛乳パックは濡れても大丈夫でしょ?
「なまえ」
「あ、ゾンビマンさん。」
「おまえ傘、持ってきてないのか。」
「もしかしてゾンビマンさん傘持ってきてるんですか?」
相合傘という乙女の憧れを胸に抱きながら問いてみる。
「いや、あんなに晴れてたから持ってきてない。」
「……そうですか」
まあそうだよね、そうだよね。
晴れてたから持ってきてないよね。
これ以上乙女展開期待しても無駄、帰ろう……。
「じゃあ、さようなら、私帰りますね。」
「この雨の中か?」
ゾンビマンさんに怪訝な顔をされた。
女の子がいつでも折りたたみ傘持ってるなんて思わないでくださいよ。
ガサツな女の子ですみません。どうか嫌わないでね、と傘を持ってこなかったチクリとした後悔を感じながら、走って帰ろうと勢いよく飛び出す。いや、飛びだそうとした。
「なまえ!ちょっと待て。」
ぐいと手首を掴まれ引っ張られた。
「いいか、そこで待ってろよ。」
なにをガサゴソやってるかと思えば、ゾンビマンさんはコートの中にあった斧や刀などの武器を片側のポケットに移動させていた。
なんて物騒なコートだ。
わたしはそのまま話しかけることもできなくてぼーっとしていた。
「ほら」
ゾンビマンさんの声ではっとわたしの意識が戻る。
ゾンビマンさんはコートの片側のスペースを空けて、わたしにひらひらして見せた。
「え?」
「ここ、入れ」
傘持ってこなかったんだろ、と続ける。
「ほら」
「えっとー、じゃあお言葉に甘えて」
相合傘とそう変わらないじゃないか、むしろこっちの方がいい。
ゾンビマンさんに近づくと頭からコートをばさっとかぶせられた。
微かに、煙草の匂い。
その匂いで、ああー、わたしいまゾンビマンさんのコートに入ってるんだ、と思い知らされ顔が熱くなる。
店の出入口から出て、雨の中に出る。
「家はどっちだ?」
「こっちです。」
右を指さす。
そうか、もしかしてもしかしなくても送ってもらえるんだ、夢みたい。
そりゃあお互いに知り合いだといっても、相手の住んでる家を知らないくらいにお互いのことを何も知らないような関係だ。
今日一日でこんなに近づけるなんて、悪くない日かも。
「ていうか、わたしは大丈夫ですけどゾンビマンさんびしょ濡れじゃないですか。」
「あ?ああ、そうだな、お前ん家のシャワー貸してくれ。」
ついでに傘も、と付け加えられる。
無意識なのか、意識してなのか、この人の言葉は。
いちいちわたしをどきどきさせる。
平然を装えてるか不安になりながら、ゾンビマンさんの早足に揃えた足音で心臓の音を隠した。
期待だけならしてもいいでしょ?
2013/04/19 さりげなく家を特定するゾンビマン。
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