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▼ 世話焼き騎士とおてんば姫


「イアイ、今度俺の姪っ子のなまえが今度の連休に遊びに来るらしい。久しぶりだが、また世話を頼むぞ。」

師匠が口の端をくいっ、と上げて言った。俺からすれば、師匠の言葉には語弊があるように思える。なんだ遊びに来るって。軽々しい。まあ、そんなことを言っても、相手は危険と隣り合わせの日々を送るヒーローである自分とは違い、一般人、しかも女性だから仕方ないのだが。しかし、まあ、

「遊びに来るってなんでまた突然……」
「数年ぶりだもんな、なまえが会いに 来るのは。たしかに、言われてみると急過ぎて違和感はあるが。」


そう、数年前に会った彼女はまだまだ子供だった。落ち着きのない、良く言えば好奇心旺盛な世間知らずなおてんば少女だった。自分の知らない世界に興味津々で、猪突猛進していく姿は、まるで、滅多にお城の外に出してもらえない姫君のようであった。実際、その天真爛漫な明るさに道場の皆は心奪われて、なまえのことを姫様扱いしていた。少々の女性と大多数は男ばかりのむさくるしい弟子たちの中でなまえはたいそう可愛がられていた。
そして、これは自惚れかもしれないが――――なまえは一番俺に懐いていたように思える。もっとも、そのせいで彼女のおてんばに人一倍付き合わされ、普段の稽古疲れに加えて世話に疲れたのだったが。



「お久しぶりね、イアイさん」
そして彼女はやってきた。
「…………」
「どうしたの、イアイさん?ぼーっとしちゃって。もしもーし?」
「あ、ああ……すまぬ……」

彼女は昔の面影を残しながらも、それなりに成長していた。少なくとも、チンピラではないようでよかった。子供っぽさはだいぶ薄れ、服装も流行りの、そして品のある格好をしていた。
ぼーっとしてると言われたが、実際はなまえの成長に動揺してしまって見つめながら固まってしまっていただけだ。
「オカマイタチさん、ブシドリルさんもお久しぶりです」
「久しぶりーなまえちゃん元気だったぁ?」「久しぶりだな」

きゃっきゃっうふふと楽しそうに盛り上がっている俺を除いた三人。そんなものか、そんなものか?
ぼつねんと取り残された雰囲気。距離を感じる。


「おい、イアイ、お前その汗臭い修行着着替えて来いよ?」
おもむろにブシドリルが言った。なまえは依然としてオカマイタチとわいわいと会話をしている。
「ああ……」
この場に俺がいても邪魔なんだな、と疎ましく思いつつ、なまえの目の前でなまえが聞いてなかったとしても汗臭いとブシドリルに言われたことがショックだったので、シャワーまで浴びてから着替えた。


着替えて脱衣所を出る。さっきなまえとオカマイタチが話していた場所に戻ると、そこには誰もいなかった。
「どこ行ったあやつら……」
「イアイさん!」
「のあっ」
「驚きすぎですよ」
「なまえか……」
「イアイさん、何の気配でも察知することできるんじゃなかったの?」
「馬鹿言え、あれは殺気限定だ」
心拍数が上がっている。ドクドクドクと、前後に跳ねる心臓を抑えようと胸に手を当てる。驚いたにしても跳ね過ぎだ、俺の心臓。

「ところでイアイさん、準備はできたの?」
「なんのことだ、何も聞いてないぞ?」
「えーっ?!なにそれ!オカマイタチさんたち……」
なまえは口をもごもごと動かし、結局閉じてしまった。

困った、これじゃ会話は続かない、準備とやらの詳細を聞くことができない。
「で、つまり、俺はどうすればいいんだ?」
「ええーっと……」
なまえは俺の爪先から頭てっぺんまでぐるりと見て、一人でうんうん頷いていた。
「いける、いけるね」
「は?何が?」
「イアイさん、わたしとデートしよう!」
「えっ……――」

ででで、でぇと?
デ、デートってのはつまりその俺が知ってるデートで間違いないんだろうか、その、あの唐突すぎて心の準備ができてないっていうか、まだ幼い頃のなまえの姿と重なって見えるからそんないきなりデートしてくださいって関係に……うわああどうしよう落ち着け俺。

「小さい頃、イアイさんにあっちこっち連れて行ってもらったじゃない」
「だよな」
それだよな、名前だけ『デート』のやつだよな。動揺して損した。

「行こうイアイさん!」
「ああ……」








近場の商業施設に向かう。小さかったなまえも、リクエストがないときはだいたいいつもそこへ連れてきていた。それでも喜んでいたくらいだからどれほど外の世界を知らなかったのか、もしくは田舎っ子なのか。
しばらく会っていなくて、会話のペースも掴みかねていたが、昔と変わらないおてんばっぷりに自分のペースも飲み込まれていく。

「イアイさーん!!これ!なつかしい!」
日が傾き始めた頃、なまえが「いつも行ってたあそこに行きたい!」とエレベーターを使えばよいのに階段を駆け上がり、屋上に走っていった。屋上庭園には、小さな遊園地、といってもゴーカートや古びたゲームセンターが少しあるだけなのだが、昔からそのゴーカートがなまえのお気に入りだった。「まさか、乗るのか?」
「乗ろう!」
きゃっきゃっ、と嬉しそうにはしゃいで、俺の手を掴み、ゴーカートまで引っ張っていく。当たり前のようだが、その手はかつてのなまえの手とは違っていて、細く長い指をもった、女性の手であった。
こんなに、おてんばぶりは変わらないのに。

なまえは隣に俺を座らせ、百円玉を取り出し、カランと投入口に入れ落とした。ドルン、と急にかかるエンジンで跳ねた車体の衝撃が尻に走る。陽気なメロディーが流れ出す。ゴーカートのくせにいやにメルヘンチックだ。
なまえは「わー!」とか「すごいー!」とかしか言わず、俺は乗っている間は始終何も言わなかった。昔もそうであった。
レースゲームを彷彿とさせるような乱暴な運転に、こいつには本物の自動車のハンドルは任せられないと思った。

何分たったかはわからない、不意にゴトンとエンジンは止まり、「また遊んでね、ばいばーい!」という子どものような高い声で録音された、お別れの挨拶が車体のスピーカーから発せされた。

「ばいばーい……ふう、楽しかった」

なまえは前を向いたまま呟き、そのまま黙ってしまった。ひゅううと強い風が吹き、端っこにある雨よけのパラソルがバタバタと音をたてる。真正面、屋上の壁の向こうに見える街は赤く夕焼けに焦げ、ビルの反射光はスパンコールのようにきらきらと眩しい。なまえの顔もまた、夕焼けに赤く染まっていた。

「ばいばい、かぁ……」
覚えている、屋上庭園で遊んでゴーカートに乗ったあとのこのスピーカーから流れる声は終わりの合図だったということを。いつも乗ったあとには「帰りたくない〜〜」とぐずって、ハンドルから手を離そうとしなかった。あまりに帰りが遅いから、師匠が屋上まで迎えに来ていた、それがお決まりのパターンだった。
「まぁ、さすがに今日は師匠は迎えに来ないだろうけど」

「ねぇ、イアイさん、今度はいつ会えるんだろうね」
ぽつりと掠れた声でなまえは呟いた。ゴーカートは小さいために座ると膝の位置が高かった。なまえは膝の上で腕を組み、腕の中に顔を埋めて(うずめて)しまった。
「今日は、今日も、わたしに付き合ってくれてありがとう」

「どうしたんだ急に」
「この調子だと次会えるのはいつかなぁ……」
なまえの声がくぐもって聞こえる。なまえさらに腕を固く組み髪の毛がぐしゃぐしゃになるのも構わず、腕の中に顔を埋めた。彼女の声は掠れて震えてそしてひっくり返っていた。





「もう……二度と会えないかもしれない……」
小刻みに上下する肩、抑えつけているしゃっくり。そんななまえの肩に腕をまわし、ぐい、と強く自分の方へ寄せる。
「なんてこと言ってんだ、んなわけなかろうが」
「でも……でも……今日だって、ずっと前から会いたかったのに……何年も会えなくて……」
きっとなまえの方にも、何らかの事情があるのだろう。なかなかこちらに来られない理由が。
「ほら、こっち向いて顔上げろ、何言ってるのかわからん」
「やだよぉ今顔ひどいことになってるし」
「お前の泣き顔は昔から散々見てきた」
「やだ、ぜったいいや」

頑なに拒むなまえに折れて、そのまま向き合わせの姿勢になり、自分の胸になまえの頭を包み込む。なまえの背中に手を回して、肩をぎゅうと抱きしめる。
「……イアイさん、くるしいよ」
「知ってる」
「イアイさんありがとう、ほんとはね、今日、イアイさんと二人でお出かけしたかったからオカマイタチさんたちにお願いしたの」
「ああ……だから……」
「イアイさん、あのね、そのままでいいの、聞いて」
なまえが呼吸を整える。
「わたし、イアイさんと離れたくない、イアイさんが好きなの、大好きなの」


「俺だって離れたくない」
もしかしたら昔からこの子に惚れていたのかもしれない。その懐かしく甘美な記憶は頭の奥底に錠をかけられていたのかもしれないけれど、今日その鍵を手に入れた。離れたくない、離したくない。

なまえの体を一旦解放し、両手でなまえの頬を包み込んで、そのまま優しく唇を重ねた。




2013/06/26


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