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▼ 教えてあげる




童帝くんは頭がとてもいい。

わたしの通う小学校でいちばん頭がいい子だ。

わたしはそんな童帝くんが嫌いだった。いくらわたしが勉強したところで彼に勝つことはできないのだ。ついでに言うと、彼は運動能力も飛び抜けて高いから、体育の授業でも目立っていた。そんな童帝くんはわたしにとって、なおさら気に食わなかった。


なぁーによ、調子に乗っちゃって、さぁ。


いや、おそらく別に彼は調子に乗ってなんかいないのだ。でもわたしから見たら調子に乗っているように見えるのだ。彼の態度が気に食わなかったのはそれだけではない。彼はいわゆる『人間ができてる』人間なのだ。わたしと同じ歳のくせに。童帝くんは自分のことを『頭がいい』とも『運動ができる』とも自分から言うことはなかった。


学校中で注目されているヒーロー。全国の小学生の憧れの的。
彼は恵まれている、そう感じていた。


何度も言うが、わたしは童帝くんが嫌いだ。何事においても「一番の」小学生であり、誰も彼を越すことができない。言うまでもなく、わたしもだ。


そんな、わたしの嫌いな童帝くんは、五十メートル測定の度に、身体測定の度に、わたしの記録を聞いてくる。テストの度に、わたしの点数を聞いてくる。

わたしがきみに勝てるわけないのに、わざわざ聞いてくるのやめてくれないかな。イヤミか。

「なまえちゃん、テスト何点だった?」「なまえちゃん、走り幅跳び何メートル跳んだ?」「なまえちゃん、」エトセトラ。


わたしが結果を話すと、だいたい「ふーん」で返ってくる。とくに感想を添えるわけでもなく。

なんでわざわざ訊くのか本当にわからなかった。しかも、クラスの他の子に訊くわけでもなく、わたしだけに訊いてくるのだ。
『天才には凡人の苦悩はわからない』という言葉がわたしの頭をはびこっていた。


ついにある日、教室で、いつものように「ねぇ、なまえちゃん……――」と声をかけてきた童帝くんに、堪忍袋の緒が切れたわたしは声を荒げて、今までの不平不満をぶちまけてしまった。その日はとにかくイライラしていたのだ。今までは我慢できていたことなのかもしれないが、それは今までの話である。今までと今回は別、嫌なことは積もりに積もっていたのだ。

「なんでいつも――」


なんでもできる『天才』の童帝くんのことがいかに嫌いか、意味のないやりとりをどれだけ煩わしく思っているかを今までにないほどの勢いで捲し立てる。周りの子がそんなわたしの姿に引いているのも気にしない。
童帝くんは最初は驚いた様子で、しばらく無表情で、その後顔には薄らと苦痛に歪んだ表情が浮かんでいた。

「天才には凡人の気持ちがわからないんでしょ?努力は必ずは報われないわ。君より断然コストパフォーマンスは悪いし。」

最近覚えたカタカナ語を使う。たぶん、能率が悪い、という意味だろう。伝わればいいのだ。

「だからわたしは、そういう童帝くんのこと、大嫌いだわ。」


「――そうか……悪かったよ。そこまで嫌な思いをしているとは気づかなかった、ごめんよ。」

童帝くんは苦しそうな顔をしていた。わたしは初めて見るその表情にほんの少しの優越感と爽快感が湧いた。もしかすると童帝くんもわたしのこんな表情を見て、同じように優越感に浸っていたのだろうか、やはり嫌なやつだ。


「ただ、僕にだってできないことはあるさ、――君ほどに、僕は、はっきりと君に対して思っていることを伝えきれないんだ。」


「わたしのことが嫌いなら嫌いと言えばいいだけの話よ。」

馬鹿にしてるなら馬鹿って言えばいいじゃない、言ったところでわたしは怒るだろうけど。


「なまえちゃんのこと、嫌いだったら話しかけないよ。」


「は?」

「嫌いだったら、話しかけてないさ。」

「何よそれ。」

「なまえちゃんがそう思ってるなんて、気づかなくてほんとにごめんね。」


そうして彼が絞り出した小さな声、「好きな人には何をすれば、相手に気持ちが伝わるのか、ぼくにはわからない……」

なんだ、天才にもわからないことがあったのか。

わたしは天才の口から「わからない」という言葉を聞くことができたことに有頂天になっていた。童帝くんがわからない、知らないことを、わたしは知っているということはわたしを大変喜ばせた。
天才が知らないことをわたしは知っている。教えてあげられるのだ。

第一声目は「なーによ、そんなこともわからないの?」で、童帝くんを馬鹿にすることができた。ざまみろ。

「簡単よ、相手のこと抱きしめて好きだとか愛してるって言えばいいだけじゃない。」

もっとも、弱冠十歳のわたしにとってそんな知識は本の受け売りなのだが。

童帝くんの戸惑いを浮かべた表情を見て、わたしは優位に立てたと思った。今までのイライラはだいぶすっきりと消えていた。


だが、その戸惑いの表情が何かを決心したような表情にかわったことに気づいた数秒後、
わたしは童帝くんに抱きしめられていた。

「あのね、なまえちゃん、ぼく君のこと大好きです。」




2013/06/09

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