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▼ 思い出と残り香

「ただいま。」

ドアを開けながら間延びした声で言う。

なまえはチェーン店のショッピングモールに行って、三枚入りの安い下着を買って帰ってきた。いわゆるプライベートブランドというものの下着だ。黒のボクサーパンツ、どの種類か頼まれてなくてわからなかったためになまえの趣味に走った結果だ。男性に履いてほしい下着の理想形なのである。


「おかえり。」

久しぶりに聞く『ただいま』の返事に、一瞬本気で部屋を間違えてしまったと思い、「えっ」と呟いてしまった。



ああ、そっか、ゾンビマンさんがいたんだ。


そんなゾンビマンは風呂場の扉から上半身だけ出していた。


ありがたき気遣い。しかし、下品かもしれないが、女子高生は男性の乳首を、その、見慣れていないから、上半身でも直視できない!
少女マンガには男性の胸筋は描かれていても、そこは描かれていないのだ、それとなくぼかしてあるのだ。


女子はそういうのは気にしないものか、とよく言われるのは、気にしていないように振舞っているからそう見えるだけなのである。実際はバリバリ意識してしまうものである。

「ゾンビマンさんこれ……。」

スーパーのビニール袋から取り出して三枚セットを手渡す。
パンツと口に出して言わないのは乙女の恥じらいへの無言の抵抗だ。


「ああ、サンキュ。」



受け取って、しばらくすると下着姿でゾンビマンが出てきた。


「わあー!ちょっとタンマタンマ!!」

「今あの服着ると部屋汚れるじゃねぇか。」


「部屋のお気遣いありがとうございます!」


ついでにわたしへの気遣いもよろしくおねがいします!


なまえは慌ててタオルケットをクローゼットから取り出し、ゾンビマンに、ばっ、とかける。


「ゆ、湯冷めしますよ。」

どうだ、クールでしょわたし。

他人の、しかも男性の裸に耐えきれない。見てると照れてしまう。男子中学生か、と自分で突っ込みを入れるが、相手にそれを悟られたら、そんなことをわざわざ意識してしまうなんて変態か、と思われかねないのである。こんな女子高生世の中にごろごろいるのに。


目の前のゾンビマンは、すっきりさっぱりした様子で、先程より心なしか顔色が良かった。
一方でなまえは、買い物の間にジャージが乾いたといえども、よくよく考えると得体のしれないスライム怪物の体液であることに気がつき、すこしそわそわしていた。



「あの、ゾンビマンさん。」

「ん?」

「やっぱりわたしもお風呂入ってきてもいいですか、怪人の水みたいなやつ、乾いて体にひっついてるっていうのに耐えきらなくて。……えっと、ちょっと待っててください。」

聞きたい話を聞き出すのに相手を待たしすぎでしょ……。

さすがにそれはいけない、と思い、相手の暇を潰せるものはないかな、と本棚を探してみたものの、雑誌は女性向けファッション雑誌のみ。高校生になってから本を読むことがなくなり、本はあまり持っていない。
目に入ったのは小中学校のアルバム。地元から離れて寂しくなるから、と実家から持ってきたものだった。
アルバムを見せるなんて結婚相手みたいだわ、と自嘲しながら、これから相手に聞きたい内容を思い浮かべ、とりあえず出してみるだけ出してみるか、という結論に至った。相手を待たせることの方が少しだけ失礼な気がした。


「申し訳ないんですけど、わたしやっぱりシャワー浴びてくるので、ちょっとこれでも見て待っててください。」

相手に二冊のアルバムを手渡す。

「これは…?」

「わたしの小中学校時代のアルバムです。すみません、他に暇を潰せそうなものなかったので…――。嫌だったら他の雑誌買ってきますね、週刊ヒーローズとか。」

「いやこれでいい。」

ゾンビマンは手渡されたアルバムの表紙を見つめながら言った。

「これがいい。」

二回目はなまえの顔をを見て言った。


そのあと、なまえは急いでシャワーを浴びた。前の使用者のシャンプーの匂いが残っていて、鏡は曇っていた。






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