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▼ 蒼の中に溺れる

しまった。

「たすけ……」

きっと災害警報でも出てたのだろう。もしかしたらさっきの人の流れはポン菓子怪人ではなくこっちの怪人から逃げる流れだったのかもしれない。携帯はジョギングに邪魔になるから、といつも家に置いてきている。どうりで避難勧告通知が来たこともわからないはずだ。避難してしまったため周りに住人はおらず、辺りは閑散としている。

なまえの助けを求める声など誰に届くわけでもなく、抵抗のできないままスライムに吸収されてしまった。

「(何よ、このエロ同人みたいな展開…)」

スライムの中でも目は開けることができた。染みることはなく、目の前には蒼色に染まった世界が広がる。


それはとても綺麗だった。
これで空中に魚が泳いでいたらどんなに幻想的であろうか。


肺の中に液体が入ってこようとした。慌てて咳き込む。息が出来ない。液体は肺の中に入らずに胃の中に収まってくれた。

だめだ、だめだ。焦りは死期を早める。
もがくが、このスライムの中から出ることが出来ない。

向こうから走ってくる人影が見えた。

「なんで一般人がいるんだよ、避難警報出てたじゃねぇか!逃げ遅れか?!」

液体の中、声はくぐもって聞こえる。

そこで一旦、なまえの意識はフェードアウトして途切れた。








次に目が覚めたときには、目の前にさっきの走ってきてくれたであろう人の顔が、視界いっぱいに広がっていた。

「大丈夫か、俺が見えるか。」

相手の髪はずぶ濡れで、髪から落ちる水滴がなまえの顔へぽつぽつとあたる。息は荒かった。


「は…」
はい、と返事をしたかったが、二音目を出すには息を出す勢いが足らず、口の形を作るだけとなってしまった。

すごく、体が重い。まるでコンクリートの地面に固定されているかのようだ。
なまえの髪も服も濡れていた。



これじゃあ体が重くだるいわけだわ。



なまえは指一本動かすことのできない体の不自由さにもどかしさをおぼえ、すこし苛立つ。

頭はずきずきする。酸素不足か。

「動けないなら無理して動くな、ちょっとここで待ってろ。」

そもそもアイツを退治するために来たんだからな。



顔色の悪い男の人はそう言って、怪人の目の前に飛び出した。

そこで初めて気がついたが、どうやら男の人はわたしを怪人に気づかれないような場所に避難させてくれていたようだ。

なんか見たことある顔だし、もしかしてヒーロー?

私の中のヒーローのイメージは無免ライダーさん、そして友人たちがよく話題にしてるのを耳に入れる、アマイマスクさんの二人だ。


仰向けになっていた体をうつ伏せにし、ずりずりと引きずり男の人と怪人が見えるような位置に移動する。


「(あっ!)」

スライムは自身の液体を高圧で飛ばし、機関銃の如く凄まじい勢いで男の人の体を打ち抜いていた。男の人には無数の穴が開いていた。それにも関わらず、彼は倒れることなく依然立ち続ける。
ふと思い出したのは弁慶の話。弁慶は脛に矢が刺さって倒れてしまったけど、この人は頭にまで穴が開いている。
グロテスクな光景だが、あまりに異常な光景に目を離すことができなかった。

なんで、なんで死なないのこの人。
普通の人なら死んでるはず、そう、普通そうよ。


怪人は液体の撃ち過ぎで文字通り自らの身を削る状態になっていた。今やサイズは二メートルもない。スライム怪人から発射された液体はコンクリートに染み込み、そのまま次々と蒸発してしまう。雲一つない晴天だからこそ地面はすぐに乾く。

「持久戦ならお前に勝ち目はねぇな。」

結局スライムは発射できるだけのすべての液体を出し尽くしてしまい、蒸発して消え去ってしまった。


男の人は体から煙のようなものを出しながら、ぱたぱたとコートを仰ぎ血を乾かそうとしていた。

驚くことに、傷がたちまちに修復している。

その人間離れした能力に、なまえの記憶に思い当たる人物が一人いた。




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