zzz | ナノ





▼ 私たちのしるし

地下室から外に出るとあたりはもうすっかり暗くなっていて、夜風がひんやりとほおをなでた。なまえとゾンビマンは隣に並んでゆっくり歩いていた。

「なんだかよくわからない一日だった……。まぁこれも、目の前の欲に振り回された自分のせいなんですけども」
「まあそんな日があってもいいんじゃないか?」
「えー、受験生の大切な一日ですよ?」
「うん……受験に関して俺は詳しくないからなんとも言えないが……」
ゾンビマンは目を閉じて眉をしかめた。アルバムもなけりゃ、受験の経験もない。強いて言うなら、ヒーロー協会の認定試験くらいだ。いや、あれ、試験受けたっけか?
「なーんて、冗談です」
「は?」
「これは最近思ってることなんですけど、受験で一生が決まるわけでもないんですよね。受かっても落ちてもその人生を楽しもうって。ふふ、置かれた場所で全力で咲く花になるんです私は。それに……」
なまえは軽く、ゾンビマンの顔を覗き込んだ。
「先のことばかり考えて、『今』をおろそかにするのも愚かかな、って思って」

ゾンビマンさんと出会ってから自分がどんどん変わっていってる気がする。それも良い方向に。今までとは違う自分に出会えるのは楽しい、嬉しい。

「それに、『今』を楽しい感情で埋めると、先のことを考えなくて済むし!こんなの、ゾンビマンさんに出会う前には考えられなかったです。ゾンビマンさんに出会ってから、自分がどんどん変わっていくなあと思います」
「……俺もだ」
「いっしょですね」

最初は相手を突き放してしまったけど、信頼しようと決めてから、相手の近くで過ごしていくうちに、こんなにも離れがたくなるとは。もっともっと知りたい。もっともっと時を重ねていきたい。

「そういえば、借りてたアルバム返しに来たんだった。部屋に置いてある」
「うわ!貸してたこと忘れてました……ていうか、初対面の人にアルバム見せるっておかしいですよねわたし……」
「それを借りてた俺もどうかしてると思うけどな」

わはは、とふたりの笑い声が静かな道に響いた。

「あのさ、なまえ、カメラに興味はあるか?今度買おうかと思うんだが……」
「カメラ?詳しくないのでわからないですが……どうしたんですか急に」
「いや、そのなんというか……」
落ち着かない様子でもじもじしだすゾンビマン。何をそんなに恥ずかしがってるのか、と待っていると、小声で「写真を…ふたりの写真を、撮りたくなって」と口に出した。

「そんな恥ずかしがって言うことですかねえ」
「いや、自分でもなんでこんなに緊張してしまってるのかわからない」
「カメラって高くないですか?十万から二十万、もしくはそれ以上かかりますよね」
「学生にはわからないだろうけど、大人は金もってるんだぜ」
「さすがS級ヒーロー……」
「そう、S級なら協会もなにかと費用を出してくれるしな。協会から支給されてる端末で決済をすませてしまうから、自分の口座を確認したことはないんだが……」
「お金持ちの発言ですよ?!」

「……とりあえず、家に帰ったらわたしのスマホでセルフタイマーつかって写真撮りましょう。ゾンビマンさんが写真撮りたいとか言うから撮りたくなっちゃった」

なんとなく、今日はもう遅いし、とゾンビマンさんはわたしの家に泊まっていくことになった。ゾンビマンさんは子供には興味ないって言ってたし。

家に着いて、ふたりで一緒に撮った写真は、ゾンビマンさんはちょっと硬い表情で、いつも通り、こめかみにしわが寄っていた。私はリラックスした笑顔で写っていた。

これからふたりで撮る写真はどんな顔をしていくのだろう。どんな景色を写していくのだろう。まだ見ぬ景色が楽しみだ。






prev / next

[ back to top ]