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▼ 三途川Uターン

「……すごい音した……んん……あさ、じゃない……」
「寝ぼけてるのか?っと……待て待て起き上がるな」手で静止するジェスチャーをとるゾンビマン。「迂闊に動くとガラスの破片が刺さる。内側に緊急用脱出ボタンみたいなのはないか?」
「あれ?私寝てた?いつのまに……」
ボタン、これかな、赤いやつ。そう呟いて恐る恐るボタンを押す。シュッと音をたてて、カプセルのガラス扉は円弧を描き、両側に収納された。

ジーナス博士に睡眠薬を盛られたとは知らないなまえは、「ぐっすりだった。昨日夜遅くまで勉強してたからかなあ」と呑気にあくびをしている。

「起こすためにわざわざガラスを壊すなんて物騒な……」
「存在自体が物騒なお前に言われたくない」

ゾンビマンはジーナスをにらみつけ悪態づいた。たしかに銃でガラスを壊すというのはリスキーで危ないかもしれないが、動いていない対象を打つので、なまえの体のない部分を狙って撃つのはたやすい。そして、ガラスを壊したのはなまえ起こすためというのもあったが、もしもジーナスが致死性のガスをカプセル内に充填させようとしても問題ないように、早いうちにカプセルを一部でも破壊しておくことが目的でもあった。すこしでも破壊して隙間をつくっておくことで、ガスは隙間から出て行き地下室内に拡散していく。カプセル内にガスがとどまることなく濃度が下がる。

「あれ?私の体きちんと変わった?何も変わってない。てっきり不死身化したらゾンビマンさんみたいに肌の色がくすむかと思ってたのに」
「何も変わってないから、肌の色がそのままなのもあたりまえだろ。ていうか不死身イコール肌が青白いなのか。お前の中での不死身のイメージ」
「何も変わってない?そもそもなんでゾンビマンさんがここにいるんですか?さっき道端で別れましたよね」
「おまえを追いかけてきたんだ!のんきすぎんだろ!」
なまえは寝起きでぼんやりした表情を浮かべた。

「あのな、ジーナスは不死身化する方法を確立できていない。つまり、おまえは嘘をつかれていたってことだ」
「えっ?そうなんですか。なんで嘘なんか」
みるみるうちに落ち込んでいくなまえ。先ほどまで夢見ごこちのぼんやりした表情は消えて、明らかにがっかりしていた。
「不死身になれてないし、嘘までつかれていたなんて……でも、そもそもなんで私、嘘までつかれて眠らされていたんですか?」
本当のことを言うべきか────ゾンビマンはジーナスの方に目をやった。ジーナスは両手を前に組んだ姿勢のまま、目を合わせようとしない。もしなまえが、ジーナスが自分を殺そうとしていたと知ったら?
「…………ジーナスは近頃のお前の睡眠不足を心配して、無理やり寝かせたほうがいいと判断したんだそうだ。まぁ、寝不足は心臓に悪いからな」
悲しむなまえの顔は見たくない。そう思ってゾンビマンは本当のことを隠し通すことにきめた。優しい嘘も時には必要だ。
彼女が慕っている人が、彼女を殺そうとしたなんて知れば、絶望にくれるだろうし、人間不信になって精神的に不安定になるだろう。
「そっかぁ、そうだったんですね」
ゾンビマンに笑顔を向けるなまえ。その穏やかな笑顔を見て、これでよかったんだ、と軽く口角をあげた。
「それにしても物騒な起こし方ですね……。なんで銃でガラスを割ったんですか?」
「ハハハ……いろいろあったんだ……」
なまえはこちらが思っているより鋭い。ハハハ、と空笑いしながら目をそらす。

「そうだ、なまえ、66号」

先ほどまで壁際にいて、壁と同化していたジーナスが口を開いた。ゾンビマンの内心を察して、ジーナスは自分がなまえを殺そうとしていたことは内緒にすることに決めたらしい。

「人間の眠りについてなんだが、幸せホルモンのオキシトシンが睡眠の質に大きく影響するんだ。そのオキシトシンを増やす方法なんだが、『ハグをする』と増えるらしい。オキシトシンだけでなく、セロトニンやドーパミンも分泌されるようだよ」

ゾンビマンがとっさについた嘘にまで悪ノリしてきた。
「(やっぱりこいつは生かしておけねえな……)」
ジーナスのアドバイスに固まるなまえと、ジーナスを睨みつけるゾンビマン 。
「ちなみに似たようなホルモンで、βエンドルフィンというホルモンは、愛情をともなった接触、ハグ、キス、性行為などで分泌される」
「ジーナス、いい加減にしろ!」
「年寄りのアドバイスに耳を赤くするでないよ66号」


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