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▼ 心に住み着いた

 ジーナス博士言い分をまとめるとこうだ。怪人を送り続けていたのはなまえリミッターを外すため。
 なぜわざわざそんな手間のかかることをしていたのかというと、それにもまた理由がある。とある有名な怪人化した人間は、『死に極限に近い状態』を乗り越えるたびにリミッターが外れ、怪人の強さに近づいていったらしい。また一方で、平々凡々な人間からヒーローになった人物(ジーナス博士はこいつに倒されたらしい)は、髪の毛を犠牲に驚異的な力を手に入れたと。

 なまえもまた、死ぬギリギリの状態を与えることで、何か大切なものが犠牲にはなるものの、リミッターを外すことができると選ばれたのだ。

「そもそもなんでなまえのリミッターを外そうとするんだ。別に他の人間だって構わないだろうが」
なぜなまえがこんな厄介な状況に巻き込まれなきゃいけない?俺と一緒にいたから?俺と出会ってしまったからなまえのおだやかな日常は奪われたのか?

「そう顔を青くするな。他の人間だって犠牲になっちゃいけないだろう、なあヒーロー。それともなまえ以外の人間だったらだれであっても同じ目にあってよかったのか?」
「……ッ!」

そうだ。ヒーローなら、全人類のために行動しなければいけない。大切の人のために別の誰かが犠牲になればいいなんてそんな考え、ご法度だ。

「まあ66号となまえが知り合いになったから狙ったわけではない、心配するな。むしろお前となまえが出会ったのは誤算だったんだ。」

ジーナスはゾンビマンの考えを見透かしたように言う。

「なまえは、一見普通の人間だが、死を避ける能力が人並み以上に優れてたんだ。そんじょそこらの人間とは違ってね。しかも、怪人と出会うたびリミッターが緩められ、回避能力はどんどん向上していく。最高の実験対象だ」

目を細め、恍惚とした顔で、ジーナスはガラスを隔てて眠るなまえをみつめる。
「もっと、もっと、怪人を送り込んで苦しめるつもりだった。途中まで」

そう、ジーナスの考えが変わり出したのは、なまえと直接ふれあうようになってから。見た目こそ若いが、中身が年老いたジーナスとなまえはまるで祖父と孫のような関係になっていった。

「さっきも言ったが、似てるんだよ私に。年老いるのが怖い私に。永遠を求めてしまう私に。」

ジーナスはガラスケースをみつめてひと撫でする。サイコパスな研究者は恍惚とした表情から、また穏やかな老人のような表情に戻っていた。

「似てなんかいるもんか。なまえとお前は違う」
「66号、君はなまえと正反対だからわからないかもしれないが。この気持ちはずうっと続くんだ。いつか訪れる無を恐れる、その気持ちは」

ジーナスは、まるで哀れんでいるのかのような視線をゾンビマンに向ける。

「私は彼女がこれ以上恐怖に飲まれてしまう前に、安楽死で救ってあげたいんだ。自分の研究なんてもうどうでもいいさ。彼女の幸福が第一だ」

歪んだ正義に思わずゾンビマンも揺らぎそうになる。

本当にそれがなまえにとって幸せなのか?幸せな気持ちのまま恐怖から解放されることが?

「致死量の濃度の毒ガスをこのガラスケースに満たす。そうするとすぐになまえは……」ジーナスはいったん一呼吸おいて続けた「楽に、なれるんだ」

「いいかげんにしろ」
「そもそも66号はなまえのなんなんだ?さっきからえらそうに口出ししてくるが……貴様には関係ないだろう。なまえがいなくなってからも今まで通り彼女と出会うまえの生活に戻るだけだろう」
「戻れるわけ、ないだろうが」

すでに自分の心のなまえの占める場所の大きさはとんでもない大きさになっていることに気づいていた。これがぽっかり失われる?なまえと出会う前の自分が思い出せない。

「昔は……なまえと出会う前は、喪失感とか、恐怖感とか、そういうのさっぱりわかんなかったけどなぁ……今一番怖いことは、なまえと二度と会えなくなることだ」

我ながらエゴが強いなと思った。なまえに対する自分の執着にも笑えてくる。
ゾンビマンは銃を取り出し、銃口をガラスケースの方へ向けて構えた。

「そこはまだ棺桶じゃないぜ、起きななまえ」

地下室に大きな音が鳴り響いた。砕け散ったガラスはきらめいて、非常灯の赤い光を反射していた。




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