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▼ 決して、失うな

「どうしたものか」

生気のない男は、家主のいない家で茶を注ぎ、ぼんやりと宙を眺めていた。茶を一口含み、冷静になろうとする。どうにもこうにも、物事を整理するために、真新しい頭を働かせないといけない。

ジーナスは、なまえを殺すのが第一の目的ではない。彼はあくまで、サイタマが驚異的な力を発揮するために外した、「リミッター」について研究したかっただけだろう。しかし、それでもなまえを危険な目に合わせたことについては、けっして許せない。青白い顔の男の眉間のシワが一層深くなる。

「いや、落ち着け、落ち着け、俺」
湯のみをがっと掴み、茶を一気飲みする。熱い。
勢いあまり過ぎたと、ごほごほとむせる。まあ口の中を火傷したところですぐに元に戻る。なんてったって不死身なのだから。
夕刻の赤い陽の光が薄く部屋に差し込む。ひらひらと机の上を照らす。
男はふと机の上に置かれたアルバムに目を向けた。初めてなまえに会った時、なまえから借りて返しそびれていたアルバムを、今日返そうと持ってきていたのだった。

彼、ゾンビマンは、人生においてアルバムを作る環境になかった。そもそも彼にとって『過去』はないようなものだ。なまえと会う前の過去と呼べる記憶は、進化の家での苦痛まみれの実験の記憶だけだ。
忘却は、過去の自己体験の死滅。人々は忘却を恐れ、生を書き留める。このアルバムのように。
「もし俺が、不死身じゃなかったとしても、そこまで命に執着しなさそうだな。俺はアルバムが不要な人間……人間だ」
そう、かつての彼には失う過去がなかった。唯一の過去は捨てた方がいいものだった。しかし、今はもう、違った。

進化の家から逃れ、ヒーローになり、そしてなまえと出会った。
自分の中に、短いながらもなまえと過ごした暖かい記憶が、血液のように流れこんでいる。からだじゅう、死人のようだった青白い膚の下を駆け巡り、血を通わせ、活気を与えてくれた。
彼の記憶はもう無下に葬り去っていいものではない。なまえとの思い出は、赤く煌々ときらめく、ルビーの輝きをもった血液となっている。

「今ここにいる俺は、過去も未来も、お前とつくっていきたいんだよ、なまえ……」
アルバムのなまえの顔を指でなぞる。かすれた声で呟いた。



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