深海の宇宙







プールの縁に腰を下ろし、足を浸す。足先からスウッと全身の力が抜けていくのがわかる。
このプールは海水を汲み上げているらしい。
わかっていて足を下ろした。
海賊になるくらいだ。海は好きだった。いや、愛していた。それが今やどうした。あんなにも恋い焦がれていた海に、足を浸すことすらままならない。一瞬でも気を抜けばそのまま水中に引きずり込まれそうだ。
すっかり嫌われてしまったみたいだ。

「今この背を押したら、お前は呆気なく死んじまうんだろうな」

背中から声がした。

「押すなよ」
「珍しく弱気じゃねーか」

全ての活力が足先から奪われていくんだ。弱気にもなるさ。

「冷てぇな」

ブーツを脱ぎ捨て俺の隣で同じように足を浸す。その顔が少し引きつっているように見えたのは勘違いだろうか。

「なぁユースタス屋、知ってるか」
「なにを?」
「海の底には馬鹿デケェ化物がいて、そいつらは俺たちみたいな人間を餌にしてるんだと」

水面を蹴りながら、トラファルガーはそう言った。

「恐ぇな」

俺はそれだけ告げて顔を背けた。
てっきり、らしくないと言って笑われると思っていたのに、トラファルガーは俺を緩く抱き寄せると耳元で

「あぁ、恐いな」

と答えた。

もし、抵抗していたら、トラファルガーは呆気なくプールに落ちただろう。そして引きずられるように俺も落ちただろう。
足先から伝わる底知れぬ恐怖は、俺たちをただただ弱くさせる。

「たまに、死んでもいいから海に浸かりたくなるよ」

耳元でトラファルガーの声がする。
俺は肯定も否定もしなかった。

「足を浸すだけで、こんなにも苦しいのに」

それでも海が恋しくなるんだと、珍しく子供っぽくごねるトラファルガーに苦笑した。

「でもこんな狭い水槽で死ぬのは嫌だな」

そうだ。どうせ飲み込まれるなら、もっと広く、もっと深い海がいい。きっとそこには想像さえ出来ない世界が広がっているに違いない。



足を上げた。
身体は思った以上に疲れている。
上手く歩ける自信がなかった。

「行こうぜ」

ゆっくりと差し出された手を握り、一歩一歩確実に土を蹴った。



END

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