月の粘膜
黄金の月などなくても。
開けっ放しの窓からキンモクセイの香りと共に現れたのは、珍しい客人だった。
「ユースタス屋じゃねーか。どうした?」
俺がユースタス屋の宿に出向くことはあっても、ユースタス屋がこちらに現れることはほとんどなかった。ましてや自分から訪れるなんてこれが初めてだ。
「別に。暇だったから」
「あ、そう。じゃあセックスでもする?」
「こんな真っ昼間から誰がするか」
「じゃあ夜ならいいのか」
「あぁ」
「へ?」
一瞬、時が止まった気がした。
そして、次いでゆっくりと紡がれる言葉が、更に俺を混乱させた。
「今夜は満月らしいぞ」
昼下がりの室内は明かりを点けなくとも白く光り、眩しいくらいだ。
「どういう意味?」
「さぁな」
適当に濁して去る背を目で追った。
キンモクセイの香りは強くなるばかりだ。
「意味わかんね」
呟いてベッドに倒れた。
どうせただの気まぐれだ。さっさと忘れよう。と思っても、記憶の粘膜にこびりついてとれない。
「……夜になったら、」
そうだ。夜になったらまた確認しよう。
枕元に置かれた異国の本を開いた。
「回りくどい奴……」
笑いが止まらなかった。
END