PM4:00

日も傾き始めた頃。どうにか本日の過酷な限界突破訓練を終え、周囲からは息が漏れる音と共にその場で崩れるように膝をつく音も幾つか聞こえた。皆、疲労度が見て分かる。今までに無いほど本当に疲れ切っていた。此処からまた訓練を再開しろと言われたら本当に無理だ。


「さァ昨日言ったね"世話役のは今日だけ"って!!」

「己で食う飯くらい己でつくれ!!カレー!!」


そんな皆の疲労度がMAXな中、マンダレイとラグドールから声高らかに言い渡された追い打ちの言葉。ようやく体を休めることが出来ると思っていた矢先の地獄のような言葉にその場の誰もが肩を落とす。しかし夕飯を食べる為には作るしかない上に反対することも出来ず皆「イエッサ…」とトーンの落ちた声でしか返事が出来ない。それを見てまたラグドールが楽しそうに笑う。


「アハハハハ 全員全身ブッチブチ!!だからって雑なネコマンマは作っちゃダメね!」


マジか…。いや、でも作らないと食べられないし。食べないと明日にも支障が出そうだ。そもそもお腹空いたし。体力を付ける為にも回復するためにも食べなければ。そう頭では思うのだが、どうにも体がついて来ない。動くのも精いっぱいだ。そんな中でも1人だけ、意識も観点も皆とは違う者が居る。飯田くんだ。


「確かに…災害時など避難先で消耗した人々の腹と心を満たすのも救助の一環……」

「え、何…?飯田くん…?」

「さすが雄英無駄がない!!世界一旨いカレーを作ろう 皆!!」


傍で何やらブツブツ言い出した飯田くんに若干の恐怖を覚えながら未だ上がっている息を整えようとしつつも声を掛けてみたが、飯田くんは飯田くんで何かを結論付けたのかいきなり声を張り上げ皆を鼓舞し始める。
そんな飯田くんのノリに皆戸惑いながらもオ…オォー…と力なく返事を返すしかなかった。これはもう飯田くんに無理にでも引っ張ってもらった方がまだ動けるかもしれない。きっと相澤先生も飯田くん便利とか思ってるんだろうな、なんて思いながら重い足をどうにか動かして炊事場についた。



―――…



「カレーかぁ…そういや、眞壁のカレー美味かったよなー」

「え?そう?」

「ちょーっと待てィ!!!なぁんで切島が眞壁のカレーの味知ってんだよ?!」

「そりゃぁ…眞壁んちで前に食ったし…な!爆豪!」

「あぁ?!!」

「はあああああああ?!!!」


そんな切島くん発進の会話から始まった夕食づくりはまるでキャンプのようだった。「どういうことだ」と上鳴くんや峰田くんに言い詰められる切島くんに、私は私で女性陣に「帷ちゃん料理女子なん?!」とか「今度おうち遊び行っていい?!」とか詰め寄られながらも疲れ切っていたはずの体も徐々に皆が元気を取り戻していくにつれてワイワイと楽しみにしていた合宿らしくて自然と笑顔が零れる。黒い飯盒を簡易かまどに吊るしご飯を炊くところからして本格的だ。
それなりに普段から料理している人たちを中心に(といいつつ切島くんの発言から私が主に指示出す役になってしまったが)それぞれが役割分担をして皆が協力し合っている。私自身もトントントンとリズミカルにクラス分の野菜やお肉を切っていく。いつもは一人分しか作らないカレーもクラスの人数分となるとそれなりに量がある。でも、何だかいつもよりも楽しい。芦戸ちゃんが「轟ー!こっちも火ィちょーだい」とかまどを指さして轟くんを呼んでいる声が聞こえる。皆で協力してご飯を作るっていうのがヒシヒシと実感出来て嬉しくてしょうがない。


「爆豪 爆発で火ィつけれね?」

「つけれるわクソが!」


皆の声に耳を傾けながら包丁の手を止めずに居ると、唐突にそんな会話の後すぐにボオン!!と何かが爆発した音と共に鼻先を掠める焦げ臭さに思わず手を止める。音の方に視線を向ければ、複雑な顔した勝己が黒焦げになった簡易かまどから離れてこちらに向かってくるところで、どうやらかまどに火をつけようとして加減を間違えたのかかまどを爆破してしまったようだ。その場にいた瀬呂くんと常闇くんが苦い顔をして勝己の背中を静かに見つめていた。


「おや、かまどにも容赦ないんですね。勝己さん」

「うるせえ」

「本当、加減を知らないんだから」

「黙って切れや!!指切んぞ!!」

「あれ?心配してくれてんの?」

「してねぇよ!!クソが!!」


かまどを見事に爆破した勝己はしかめっ面をしたままこちらの野菜処理の手伝いをすることにしたらしい。簡易的な調理台に2人で並ぶようにして野菜を切っていく。絶対傍から見たら変な光景だ。しかし勝己は手際が良いし包丁さばきも上手いし速い。才能マンなのを知っているから少し揶揄いつつも素直に野菜の山を減らすのを手伝ってもらう。

八百万ちゃんが委員長の風格を纏いながらそんな周りの様子を見て「皆さん!人の手を煩わせてばかりでは火の起こし方も学べませんよ」なんてキリッと言い放つと、自身の個性で着火機器を創造し、簡易かまどに火をつける。その傍から見れば説得力皆無に等しい光景の中で自信満々の言う彼女に傍に居た耳郎ちゃんも何も言えず、私自身も「そうだね…」と肯定するしかなかった。


「いや いいよ」


すうっと横を通り過ぎていった轟くんが柔らかい声で言いながら個性の火を纏った左手でかまどに火を付ける。ボウッと静かにかまどの薪へと燃え移った炎はとても柔らかく感じた。こちらからは轟くんの背中しか見えないけど、きっと優しい顔をしているのだと思う。隣に居る加減を知らない男に比べて、轟くんの炎は優しさがあるのはハッキリと分かった。わーありがとー!!とピョンピョン飛び跳ねながら喜ぶ麗日ちゃんに思わず笑みが零れる。芦戸ちゃんが燃やし尽くせーとか何とか言ってるのを聞きながら、再び包丁を動かした。


………


『いただきまーす!』


程なくしてカレーは無事に完成し、夕食にありつく事ができた。テーブルの上に置かれた大きな鍋から好きなだけよそって、いつもより少しだけ大きく切った野菜がゴロゴロと入ったカレーに皆疲れを忘れて一気に掻き込んでいく。


「美味ぇー!!!やっぱ眞壁のカレー美味ぇー!!」

「う、美味すぎる…!!」

「本当!美味しい!!え、市販のルーと普通の具材だよね?!」

「隠し味とか言って何かスパイス入れたんじゃない?!」

「皆大げさすぎ。市販のルーだし、作り方も一般的なヤツだよ」


内心ホッとしながらも皆の声に苦笑する。ガツガツと掻き込む男性陣に負けじと女性陣も美味しいと言いながら食べていく。きっと美味しいと感じるのは、訓練による疲れと皆で作って食べているというこの雰囲気も関係があるかもしれない。


「ヤオモモがっつくねー!」

「ええ」


前日同様流し込むかのように掻き込む切島くんや瀬呂くんと並んでカレーを掻き込んでいる八百万ちゃんに上鳴くんが声を上げる。その声に視線を上げてみると確かに八百万ちゃんの目の前にあるお皿には男子に負けないぐらいの量のカレー。他の女子と比べてもかなり量が多く見える。


「私の"個性"は脂質を様々な原子に変換して創造するので沢山蓄えるほど沢山出せるのです」

「うんこみてえ」

「ぶふぐっ」


思わず吹き出しそうになるのをどうにか堪えると同時に、デリカシーの欠片もない瀬呂くんの発言に対し耳郎ちゃんが半端じゃない瞬発力で「謝れ!!」と彼を殴り付けた。悪気はなかったにしても今言ってはいけないワードであったのは確かだし耳郎ちゃんの判断は間違ってない。顔を手で覆い落ち込む八百万ちゃんを女性陣がフォローに当たる。
私も噴き出しそうになってとっさに口を押えたまま八百万ちゃんの方を振り向こうとすると、不意に出久が静かに席を離れていくのが見えた。カレーの載ったお皿を持ち、ワイワイと騒がいでいるこちらから離れていくように夜の静かな森の奥へと消えていく彼の背中を呆然と見つめていると、固まったままの私が不自然に思えたのか食べる手を止めた切島くんが「大丈夫か?」と心配そうにこちらを見ていた。



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