翌日 合宿2日目 AM5:30


「お早う 諸君」


合宿生活の朝は早い。日頃から習慣づいているのかしっかりと目が覚めている者も居れば、早起きに未だ体が付いて行けずにボーっとしている者も居る。眠いのか眠くないのか分からない相変わらずの声のトーンの相澤先生の声を聴きながら自分自身少しボーっとしつつも「寝癖ついてるよ」と未だに寝癖が付いたまま寝ぼけ眼のお茶子ちゃんの髪を手で撫でながら直してあげた。


「本日から本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は全員の強化及びそれによる"仮免"の取得。具体的になりつつある敵意に立ち向かう為の準備だ。心して臨むように」


そうだ。今後自分たちがヒーロー活動するために欠かせないもの―…仮免試験の為にもこの合宿でしっかり力を付けなければいけない。普段の学校生活では得られない貴重な経験だ。初日早々折れる訳にはいかない。しっかりしなければ、と眠気が抜けない意識をどうにか振り払って真っ直ぐに相澤先生を見つめる。


「というわけで爆豪、こいつを投げてみろ」


徐に相澤先生がポンっと何かを勝己に投げて渡す。これは、とその相澤先生から投げ渡されたものを見つめる勝己。彼の手中に収まっていた見覚えのあるそれは、前回の体力テストの時に使ったボール型の測定器だ。


「前回の……入学直後の記録は705.2m…。どんだけ伸びてるかな」

「おお!成長具合か!」

「この3ヶ月色々濃かったからな!1kmとかいくんじゃねぇの!?」

「いったれバクゴー!」


相澤先生の言葉にブンブン肩慣らしとばかりに腕を回す勝己。入学からそれなりに時間が経過しそれに伴って色々な経験もしてきた分、どれぐらい成長したかを見るために今再び計測すると言う事らしい。元々凄い記録を持つ勝己に対し成長度合いに大いに期待出来る分、瀬呂くんや芦戸ちゃんが煽るように囃し立てる。


「んじゃ、よっこら……」


そんな声に応えるように、ブンブンと腕を振り回していた勝己がニヤリと口の端を吊り上げながら大きく振りかぶる。


「くたばれ!!!」


ブアアアアアアアというような騒音と凄まじい風圧と共に空の彼方へと消えていく計測ボール。いや、何より勝己が何かを投げたりする際に叫ぶその言葉の方が耳に残ってしまう。まぁ、お陰で目が覚めたが。彼の口の悪さはどうしたって治らないのだなぁととか思いつつ空の彼方に消えたボールを遠目で見つめていればピピっと先生の手元の計測器が鳴った。


「709.6m」

「!!?」

「あれ…?思ったより…」


先生が手に持っていた計測器の画面を見せる。ザワつく周りの反応は当然だった。何せ前回が705.2mでその差は4.4m。日々の実習や職場体験、色々な経験をしてきた割に記録が伴っていないように感じる。しかも成績トップで実力もトップクラスのあの勝己が…。だから余計にクラス中が騒めき立ったのだ。


「約3か月間様々な経験を経て、確かに君らは成長している。だがそれはあくまでも精神面や技術面、後は多少の体力的な成長がメインで個性そのものは今見た通りでそこまで成長していない。だから―――」


先生の言葉に思わずハッとする。そうだ、自分たちは確かに成長はしている。けれどそれは"個性"自体ではなく、ただ単に身をもって体育祭や職場体験などで"経験を積んだ"だけなのだ。新たな個性の使い方を上手くモノにしてきたつもりだけれどそれもあくまで使い方。個性そのものを鍛える、という考えすらなかった。


「今日から君らの"個性"を伸ばす。死ぬ程キツイがくれぐれも…死なないように――…」


久々に見た先生の悪そうな笑顔に思わずゴクリと喉が鳴る。死なないように、と脅されれば誰だって身構えるだろう。しかし、この合宿を乗り越えない限り今後の学校生活も耐えられないだろうし、仮免試験も更に遠のいてしまうだろう。ヒーローになるためには死ぬ気で頑張らなきゃいけない時だってある。先輩たちも通ってきた道だ。なら、乗り越えるしかない。自分自身をどうにか鼓舞しながら次に飛んでくるであろう先生の指示を覚悟して待った。



―――…



ああああああああああ―…と、誰かの苦しむ悲鳴が聞こえる。そりゃそうだ。先生の脅しは今回ばかりは悲しいかな合理的虚偽などではなかったのだから。


「は…はァ…ふ、はァ…」

「オラァァァ!!!!なに休んでんだ泣き虫がああああ!!!」

「ッ!!んのッ!!!ああああああッ!!!」


息を整えようにもその合間すら短い。いや、ほぼ無いに等しい。気を抜いたら本当に死ぬ。そんな状況がまさかこんな形で自分の目の前に現れるとは…。暴言と共に勢いよく飛んでくる爆発の炎を必死にバリアで食い止める。油断したら駄目だ。意識を集中しなければ。
私の個性を伸ばすために行われているこのスパルタ的訓練…。というのは私自身バリアは幾つも一度に展開出来ない分、素早さと展開時の広範囲が要求される。その部分を鍛える為に、時折飛んでくる爆発に瞬時に反応するというバリアの出し入れを繰り返す。プラスでその展開時に1枚のバリアの範囲をより大きくするための意識を鍛える訓練をさせられている。最初の時点でなら何となく出来そうな気がしたが、しばらくして既に限界を超えた。今までにこれほどバリアを出し入れしたことなど無い。既に記録更新している。

爆発の炎の向こうに立つ彼―…爆豪勝己は熱せられたドラム缶の中の熱湯に両手を突っ込み、手を熱している。手を熱する事で汗腺を広げ、広がった状態での爆破を繰り返すだけで爆発の規模を大きくしようという試みだ。その規模を上げる為に放たれる爆破をこちらに向け時折(勝己のタイミングで)放ってくる仕組みになっている。
ただでさえ短い休息の合間に皆の訓練の様子にも視線を向けたが、どこもかしこも地獄絵図だ。あちこちで悲鳴が聞こえ阿鼻叫喚状態とはまさにこの事だろう。

こんなにも大勢の生徒の訓練(しかもこれからB組も合流する)を相澤先生やB組のブラド先生だけで見られるか?といえば答えはNOだ。40人近くの生徒を2人で見るなんて不可能だ。かといって、ワイルドプッシーキャッツのメンバー4人を含めて6人。それでも不可能に近いかと思われたが、相澤先生曰く"だから"彼女たちを選んだらしい。訓練を始めるまではピンと来なかったが、その理由はすぐに分かった。
ワイルドプッシーキャッツのラグドールの個性"サーチ"により、見た人の情報(居場所や弱点など)が丸分かりに。ピクシーボブの"土流"で各々の鍛錬に見合う場所を形成。マンダレイの"テレパス"で一度に複数の人間にアドバイス。そして、虎に関しては殴る蹴るの暴行を加えると言う色々とアウトのような1人を含めた彼女たちは短期間の強化合宿にもってこいなのだ。

上鳴くんや青山くんたち許容上限のある発動型は上限の底上げとして個性を常に連続でフル稼働させていて、梅雨ちゃんや障子くんたち異形型・その他複合型は"個性"に由来する器官・部位の更なる鍛錬として様々な地形で訓練をしているようだ。他のメンバーもそれぞれの個性に合わせた容赦ない訓練に今にも死にそうだ。


「ひっ、ぐッ…」


足に力が入らなくなってくる。手の感覚が少し遠い。声にならない音が喉の音から漏れる。駄目だ。みんな死ぬ気で頑張っているのに此処で倒れる訳にはいかない。ふらつく体をどうにか支えながら勝己から容赦なく飛んでくる爆破を必死にバリアで受けとめる。


「(更に大きく、更に広く…)」

「よし、眞壁。次にお前はバリアを出来る限り張り続けろ」

「……え、」

「攻撃を受ける時に出し入れするんじゃなく、常に張っておけと言ったんだ」

「ひ、ひえええええ…」


フラリと現れた相澤先生に更なる要求をされ、思わず声が漏れる。今にも崩れ落ちそうな体にまだ鞭を打とうと言うのか…いや、これぐらい厳しくなければ訓練にならないのは分かっている。本来なら肉体の成長に合わせて時間をかけて行うはずの個性伸ばしをこの短期間に一気に底上げしようというのだ。辛くない訳がない。ヒーローの道が、険しくない訳ないのだ。



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