「いただきます!!」


元気な声と共にパンっと綺麗な手を合わせた音が重なった。魔獣の森をお昼抜きで駆け抜けた皆が我先にと目の前に並んだご馳走に飛びつくようにして一斉に夕飯を掻き込む。大皿に乗った料理を取り分けながらあちこちから飛んでくる声に耳を傾ける。


「へぇ女子部屋は普通の広さなんだなじゃあ」

「男子の大部屋見たい!」

「ねぇねぇ見に行ってもいい!?後で!」

「おー来い来い」

「魚も肉も野菜も……贅沢だぜぇ!」


あちこちで飛び交う会話。それでも皆の箸は止まることを知らず、次々と料理を平らげていく。時折「ソレ取ってくれ」とか「こっちも〜!」とか皆から飛んでくる要望に応えて小皿に料理を取り分けながら帷自身もモグモグと必死に夕食を掻き込む。


「美味しい!米、美味しい!」

「五臓六腑に染み渡る!ランチラッシュに匹敵する粒立ち!いつまでも噛んでいたい!」

「そんな掻き込まなくてもご飯は逃げないって…」


しかし目の前で食べている切島くんと上鳴くんの2人の勢いには負ける。チャチャチャチャチャと素早く箸が動く音と大盛のご飯が彼らの口の中へと流れるように消えていく。まるで夕飯を逃がすものかとばかりにがっついているものだからよく噛まないと詰まるよ、と警告しつつ再びモグモグと口を動かす。


「ハッ、土鍋…!?」

「土鍋ですか!?」

「うん、つーか腹減りすぎて妙なテンションなってんね」


ご飯の美味しさにやられたのか、何かに気づいたように不意に手を止める上鳴くんとそれに便乗するかのように大声を上げる切島くん。空いた食器を片付けようと近くに居たピクシーボブはその妙なテンションに苦笑しつつも応えてくれる。一応「すみません、気にしないでください」と小さく会釈して彼女を見送る。切島くんと上鳴くんも妙なテンションのまま再び夕飯にがっついている。


「まー色々世話焼くのは今日だけだし食べれるだけ食べな。あ、洸太そのお野菜運んどいて」


手当たり次第に料理を掻き込む皆を眺めながらマンダレイがふと近くに立っていた洸太くんに声を掛けた。そのマンダレイの声で今までずっと夕飯にがっついている私たちの事を洸太くんが見つめていたことに気づいた。チラリと視線を外し、洸太くんを見ると相変わらずあの鋭い目のまま不機嫌そうに「フン」と鼻を鳴らしながらマンダレイに示された野菜の入っている大きな段ボール箱を持ち上げていた。
どうして彼はあんな態度を取るのだろうか。いや、ただ単に複雑な年齢なのかもしれないし、ワイワイガヤガヤと私たちが煩く感じているのかもしれない。でもそれでは何となく納得できない気がした。単なる嫌悪感じゃなくて、もっとこう…敵視しているような、憎んでいるような…。


「どうした」

「え…?あ、ううん何でもない」

「…そうか。…ついでにそれ、取ってくれねーか」

「はーい」


そこまで考えていた所で傍で一緒にご飯を食べていた轟くんに声を掛けられて意識を呼び戻す。箸を止め、ボーっとしていた私を不審に思ったらしい。ふるふると首を横に振って笑いながら目の前に並んだ料理を小皿に取り分けて轟くんに渡してあげた。


―――…


足先からゆっくりとその身を湯に沈めれば、じんわりと体中に広がる心地よい温かさに思わず吐息する。満天の夜空に消えていく湯煙を眺めながら肩まで身を沈める。


「気持ちいいねえ」

「温泉あるなんてサイコーだわ」

「いや〜さすが山奥だね!」

「それ褒めてるん?」


夕飯を終え、荷物の整理などを含めた短い自由時間の後。あっという間に入浴時間となった。皆で夕飯、お風呂、就寝というだけでテンションが上がるのにこの施設のお風呂が温泉…しかも露天風呂となれば昼間の疲れなんてあっという間にどこかに吹き飛んでしまう。葉隠ちゃんに突っ込まれ「褒めてる褒めてる」と返しつつ、ふい〜と思わず普段出ないような声を零しながら更に温泉に浸かる。
皆リラックスしながら温泉に浸かりつつも今後の合宿内容はどんなものなのだろうとか、補習やだな〜とか夜はトランプしよ〜!とか様々な女子トークが湯煙に乗って飛び交う。嗚呼、いつも独りで過ごすこの時間を皆と分け隔てなく過ごせて幸せだ。なんて、思っていた矢先。


峰田くんやめたまえ!君のしている事は己も女性陣も貶める恥ずべき行為だ!


飯田くんの声に自分を含め、一斉に女子たちが身構える。嗚呼、忘れていた。そして、そんな…いや、まさか…の展開がその場全員の頭を過ぎったのだろう。みんな顔を見合わせて少し表情が困惑している。否、彼ならやる。何しろ更衣室を覗こうとした前科(未遂)がある。
木の板で仕切られただけの女風呂と男風呂。しかも入浴時間にズレはない。こんなナイスタイミングをあの峰田くんが逃すはずがないのだ。一斉に警戒心をむき出しにしつつ仕切りの上を見上げた。まだ…来ていないようだ。
口に人差し指を当て「静かに」とジェスチャーしながら皆に姿勢を低くして湯船に沈めるように指示を出せば八百万ちゃんを始め、皆が頷き濁った湯船に体を沈める。きっと来るなら仕切りの上から。視線を上に向けたまま、片手を翳す。


壁とは超える為にある!!Plus Ultra!!!


あっちはこちらが気づいているとは思っていないのか、勢いよく仕切りに何やら柔らかいものが押し付けられる音と共にその音が徐々に仕切りを上っているのが分かる。峰田くんの個性だ。やはり仕切りの上からこちらを堂々と覗くつもりらしい。息を飲み、その瞬間を待つ。仕切りから峰田くんが顔を出そうとした瞬間、バリアで向こうへと弾き返してやる。
そう思いながら自身の体も出来る限り湯船に沈めながらその徐々に徐々に仕切りの頂上に近づく音に耳を澄ましながら構えていた。


「え、」


峰田くんが仕切りの頂上に手をかけるかかけないかのまさにその時、次の瞬間仕切りの上に姿を現したのは峰田くんでも他の男子でもない。洸太くんだった。バリアを張ろうとしていた手を慌てて下ろし、その小さな背中を他の女子たちと一緒に見上げる。


「ヒーロー以前に、ヒトのあれこれから学び直せ」

くそガキイィィィ!!?

静かに、そして冷静に洸太くんはそう言ってトンっと何かを払った。仕切りの向こうへと消えていく峰田くんの憎しみに満ちた声。どうやら洸太くんは仕切りの間にメンテナンスのために設置されたのであろう空間の梯子を登ってもしもの時の為に備えてくれていたらしい。
やっぱ峰田ちゃんは最低ね、と梅雨ちゃんが零しながら限界まで沈めていた身をゆっくりと持ち上げる。それに習うように皆先ほどまでの警戒心を解き、ふうと肩の力を抜きながら仕切りの上に居るその小さな背中に声を飛ばす。


「ありがと洸太くーん!」

「いぇーい!ナイスガード!」


芦戸ちゃんと一緒になって温泉から上がって近くの石に腰かけつつ親指を立てながら感謝の言葉を投げれば、洸太くんの顔が一瞬にして真っ赤に染まった。


「わっ……あ…」

「え、ちょッ?!!!」


手で所々隠してはいるものの湯船から半身を出している一糸纏わぬ女性陣を見てしまった彼には少し刺激が強すぎたらしい。顔を真っ赤に染めた洸太くんがグラリと揺らぐ。芦戸ちゃんや麗日ちゃんと一緒に慌てて湯船から飛び出そうとしたその瞬間には既に洸太くんの姿は仕切りの向こうの男風呂の方へと消えていた。周りの女性陣も思わず息を飲んだ音が聞こえた。


「洸太くん?!!平気?!!大丈夫?!!」

「大丈夫!無事だよー!!」


思わず湯船から飛び出て仕切りの近くまで駆け寄り、安否確認の為に声を上げる。と間を開けることなく仕切りの向こうから出久の声が飛んでくる。どうやら男湯の方に落ちた洸太くんを無事に受け止めることが出来たらしい。そのまま洸太くんの事は出久に任せ、湯船に戻る。
ホッと息をついたところで、皆で再び体をしっかり温めてからそれなりに長湯することもなく入浴時間を終える。髪を乾かし、寝巻に着替えた後、女子部屋に戻り布団を敷いてその上で軽く芦戸ちゃんが持ってきたトランプをしてから明日に備えて、とそう深夜にならないうちに皆で眠りについた。



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