PM 5:20

辺りはすっかりオレンジ色に染まり、地平線は既に暗く影が差している。木々を抜け、茂みを掻き分け、ようやく拓けた所に出て息をつく。


「とりあえずお昼は抜くまでもなかったねえ」


疲れ果て、息を切らしながら森を抜けてきた皆に向けて飛んできた声。その声に視線を上げれば、マタタビ荘と書かれた看板と今回の合宿の宿泊施設らしき大きな建物の前に立つ2人のプロヒーローと相澤先生の姿が見えてまた力が抜けた。


「何が三時間ですか…」

「腹減った…死ぬ」

「悪いね。私たちならって意味、アレ」

「実力自慢ですか…」


皆魔獣を倒しながら森を抜ける為に個性を駆使し満身創痍の中、瀬呂くんと切島くんが声を絞り出せばプッシーキャッツのマンダレイが悪びれた様子もなく言い返す。結局プロヒーローとの実力差を実感させる為に走らされたのか。


「ねこねこねこ……でも正直もっとかかると思ってた。私の土魔獣が思ったより簡単に攻略されちゃった」


どうにか施設の前に到着した1-Aの皆を見回しながらピクシーボブが少し嬉しそうに笑う。「良いよ君ら…特に」と声を零しながら吟味するようにペロリとその可愛らしい舌を出しながら生徒の内の数人を指し示す。


「そこ4人!躊躇の無さは"経験値"によるものかしらん?」


指示されたのは森に入った時から真っ先に魔獣を倒しに突っ込んでいった出久、勝己、轟くん、飯田くんの4人だ。確かに魔獣に対しても躊躇なく飛び込んでいったが、何が出るかも分からない森の中を率先して突き進んでいった4人でもある。ピクシーボブに目を付けられるのも分からなくもない。


「3年後が楽しみ!ツバつけとこーーー!!!」

「うわっ」


怪しげに笑ったピクシーボブは次の瞬間更に目をギラつかせてペッペッとリアルに唾を吹きかけようとしていて、目をつけられた出久たち4人がそれぞれ声を上げながら彼女の奇行に困惑し、苛立ちながらそれを避けようとしていた。
彼女の行動に皆が呆然と立ち尽くす中、相澤先生が「マンダレイ…あの人あんなでしたっけ」と疑問を投げかければ「彼女焦ってるの、適齢期的なアレで」とマンダレイが返事を返す。え、適齢期って…。と思わず苦笑していると、


「貴方も真っ先に皆を護ろうとしてたし、凄いね!」

「え、あ、はい。ありがとうございます」


文字通り唾を付けようと4人を追い回すピクシーボブが不意に4人の傍に居た私に目を止め、よしよしと軽く頭を撫でてくれた。突然褒められたことに驚いて真顔のまま返事を返すと、そのままピクシーボブはまた4人を追い回し始める。
そして、何かを思い出したかのように「適齢期と言えば―――…」と出久が声を零すや否や「と言えばって!!」と物凄い勢いでピクシーボブの肉球グローブが出久の顔面にクリーンヒットする。


「ずっと気になってたんですが、その子はどなたかのお子さんですか?」


そのピクシーボブの勢いにも負けず、出久が徐に傍にいた小学生ぐらいの男の子を見る。確かに今までピクシーボブの勢いで見えなかったがそこには当然のように1人の男の子がこちらを少し不機嫌そうに見つめながらそこに立っていた。


「ああ違う、この子は私の従甥だよ。洸太!ホラ挨拶しな。一週間一緒に過ごすんだから…」


紹介しておかないとね。とばかりにマンダレイがちょいちょいと男の子を手招きする。が男の子は首を振ることもなく微動だにしない。不機嫌さが増したようにこちらに向けた視線が更にキツくなったように感じる。どうしてこの子がそんな表情を浮かべているのかイマイチ分からない。


「あ、えと僕雄英高校ヒーロー科の緑谷。よろしくね」


そんな洸太と呼ばれた男の子の視線にも態度にも負けず、人の良い出久が率先して彼に歩み寄る。優しく声を掛けながら仲良くなろうと手を差し出した。次の瞬間。


「?!!」


男子の何人かがその瞬間に悲鳴を上げたのが聞こえた。洸太くんの右ストレートが出久の急所を見事に入った瞬間だった。目撃した女子は絶句。何が起きたのか一瞬分からなかった。「きゅぅ」と何処から出したのか分からない声を出しながら地面に伏す出久を見てようやく何が起こったか理解し始めたぐらいだ。反応なんてできやしない。


「緑谷くん!!おのれ従甥!!なぜ緑谷くんの陰嚢を!!」


そんな呆然とする周りよりもいち早く飯田くんが出久に駆け寄る。クワッと動揺と怒りが入り混じったような表情で洸太くんを見るが、当の本人である洸太くんはスタスタとその場を後にしようと歩き出していた。


「ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねえよ」

「つるむ!!?いくつだ君!!」


ギロリと更に鋭い瞳がこちらを睨み上げる。自分たちよりも小さい存在でありながらその威圧感は半端ではない。明らかにこちらを敵対しているような視線と嫌悪感をむき出しにしているのが少し離れた位置にいても分かった。
地面に伏した出久には目もくれず、洸太くんはそのままスタスタと施設の中へと入っていくその小さな背中に困惑しながらも仕方なく出久の傍に歩み寄って背中を擦る。男の痛みは分からないが…きっと相当痛いに違いない。よしよしと飯田くんと一緒に出久の様子を見守る中、不意に後方から洸太くんの背中に向け、嘲笑うような声が飛んでくる。


「マセガキ」

「お前に似てねぇか?」

「ぷっ…」


勝己の言葉にすかさず言葉を被せた轟くんの一言に思わず声が漏れる。出久の背を撫でている手とは逆の手で慌てて口元を押さえて笑いを堪えた。


「あ!?似てねぇよ、つーかてめェ喋ってんじゃねぇぞ舐めプ野郎!」

「悪い」


率直な轟くんの意見を真っ向から反対する勝己。いや、言われてみれば確かに似てるかもしれない。今というか少し昔の勝己に。いや、やっぱり今の勝己にも似てるかもしれない。どうしてこうも不意打ちで轟くんは爆弾を投下してくるのか。


「おめーも笑ってんじゃねぇ!!」

「プクク…だって、…ククッ」


轟くんが面白いこと言うからと言葉は続かなかった。轟くんのせいにしたくないけど…いや、これは轟くんのせいだ。それに対して本気で否定してくる勝己も面白くて笑いを堪えるのが大変だ。肩を揺らし、身を丸め込むようにして出久の背を撫でていた手も自然と止まってしまっていた。


「茶番はいい、バスから荷物降ろせ。部屋に荷物を運んだら食堂にて夕食。その後入浴で就寝だ。本格的なスタートは明日からだ、さァ早くしろ」


ザックリと今後のスケジュールを説明しながら指示をする相澤先生の声にようやく笑いが納まる。未だまともに立てない様子の出久を任せてくれと快く引き受けてくれた飯田くんや切島くんに任せて、女子グループと共に先生の指示通りバスから荷物を下ろす。
現地到着した初日から魔獣の森に投げ込まれたり何だかんだとんでもないことの連続だったが、合宿(本番)はこれからなんだと思うとドッと疲れが襲い掛かってきた。



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