―夏休み 林間合宿当日!!


「え?A組補習いるの?つまり赤点取った人がいるってこと!?ええ!?おかしくない!?おかしくない!?A組はB組よりずっと優秀なハズなのにぃ!?あれれれれれれぇ!?


夏も本番に差し掛かった今日この頃。皆が待ちに待っていた林間合宿当日。無事に参加する生徒全員が揃い、当日までに準備も出来た。合宿先に向かうべく、集合場所のバス停に集まるや否やB組の物間くんが嬉しそうに表情を緩ませながら声高らかに騒いでいる。
周りの冷ややかな視線をものともせずに声を上げる彼にスッと近づいてきた拳藤さんが素早く手刀を落とす。静かに崩れ落ちる物間くんと彼の荷物を掴み、こちらを見ながら「ごめんな」と微笑む彼女。あれ?どこかで見た光景だ。
同じ集合場所に居たB組の女子たちがいつものその光景を眺めながらも気さくに「物間怖」「体育祭じゃなんやかんやあったけど まァよろしくねA組」など声を掛けてくれる。


「よりどりみどりかよ…!!」

「おまえ ダメだぞ そろそろ」

「いや最早アウトでしょ」

A組のバスはこっちだ 席順に並びたまえ!


ヒラヒラと軽く手を振りよろしくと返している私の横で峰田くんが盛大に涎を垂らしながらB組の女子を眺めているのを切島くんが冷静に諭している。そんな切島くんに対し、女子の視線からは完全にアウトだと峰田くんに冷ややかな視線を送りながら吐き捨てる。飯田くんの声が響き渡り、ゾロゾロとみんなが動き出したのを見てバスに乗り込んだ。


―――…


前方の席に座っていた相澤先生が何か言っていた気がしたが、皆の声によってかき消されてしまったのか何も聞き取れなかった。というのも、バスに乗り目的地に動き出すや否や1-Aを乗せたバスの車内は今までに無いほど賑やかだったからだ。


「音楽流そうぜ!夏っぽいの!チューブだチューブ!」

「バッカ夏といやキャロルの夏の終りだぜ!」

「え、終わるの?」


傍の座席に座っていた上鳴くんと切島くんの会話に思わずツッコミを入れつつ、道に合わせて揺れる車内で目的地までの時間を潰す。別のところではしりとりが始まっていたり、お菓子を強請る声が飛び交っている。中には静かに目を閉じ休憩をしている生徒もちらほら見られた。
これから向かう先に待っているのは修学旅行とは訳が違う、個性を伸ばす為のキツい強化合宿という内容だと分かっていても入学から今まで一緒に勉強し困難を乗り越えてきた仲のいい皆と朝から晩まで一緒に過ごすと言う事もあって、皆、林間合宿に心を躍らせていた。…これから起こるであろう予想外の事態など知りもせずに。


1時間後


高速を抜け、木々が増えた景色の中。ついにバスは山間部の見晴らしの良い高台で停車した。パーキングエリアか、と皆がそれぞれの会話を中断し寝ている者を起こしたりしながら先にバスを降りた相澤先生を追ってバスから降りていく。


「休憩だー」


慣れないバスの座席に座っていて凝り固まってしまった体を解そうと伸びをする。その横を「おしっこおしっこ…」と何やらブツブツ言いながら凄い勢いで走り抜けていく峰田くん。その小さな背中を見送りながらふと辺りを見回して気づく。


「つか何ここパーキングじゃなくね?」

「ねえアレ?B組は?」


辺りを見回しながら上鳴くんと芦戸ちゃんが今目の前に広がる状況を見た皆が思ったであろう事を言葉にする。2人の言う通り、一緒に出発したはずのB組のバスは愚か、他の観光バスや一般車なども見当たらない。さらに言うならば建物すらない。パーキングエリアというよりも本当に見晴らしの良い山の中部にある開けた場所、というだけの空間だ。


「何の目的もなくでは意味が薄いからな」


ボソリ、と皆の反応を見て相澤先生が呟くように言ったのが聞こえて思わずそれはどういう意味かと問おうとしたその時だった。


「よ―――う!!イレイザー!!」

「ご無沙汰してます」


突如響き渡った明るく大きな声にペコリと頭を下げる相澤先生の視線を追って少し肩を揺らしながら振り返る。そこに立っていたのは可愛らしいコスチュームに身を包んだ2人の女性だった。


「煌めく眼でロックオン!」

「キュートにキャットにスティンガー!」

「「 ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ! 」」

「今回お世話になるプロヒーロー"プッシーキャッツ"の皆さんだ」


彼女たちのお決まりなのだろう、派手な登場と自己紹介にその場の誰もが固まる。相澤先生をヒーロー名で呼んでいた所から先生とは以前から関わりがあるのだろうが、生徒の皆は2人の決めポーズを見て更にヒーロー名まで名乗ってもらったがイマイチピンと来ていないようだった。…たった一人を除いては。


「連盟事務所を構える4名一チームのヒーロー集団!山岳救助等を得意とするベテランチームだよ!キャリアは今年でもう12年にもなる…」

「心は18!!」


ペラペラと今までに蓄えた知識を呪文のように並べる出久に皆も慣れたようで、いつもの視線を送る。彼の解説は素晴らしいが、要らない情報まで述べようとしたところで2人の女性の内の1人が勢いよく出久の口をそれ以上言わせまいと押えていた。


「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね。あんたらの宿泊施設はあの山のふもとね」

「遠っ!!」


出久に"心は18"を擦り込もうと念を押している女性とは別のもう一人が徐に今居る開けた場所から見える山岳部を指さしながら説明を始める。いや、でも待てよ。今相澤先生は今回お世話になると言っていた。そして、そのお世話になる人たちの施設があの明らかに此処から遠い山のふもと…と言う事は?バスに揺られ、すっかり旅行モードになっていた脳がフル回転を始める。すると周りの皆も何かを察し始めたらしい。ジリジリとバスに向かって後退しようとする空気が嫌でも感じられた。


「え……じゃあ何でこんな半端なとこに……」

「……おやおや?」

「いやいや…」

「バス…戻ろうか……な?早く…」


不安の色が隠せないお茶子ちゃんの横で思わず苦笑する。それを否定するように砂藤くんがさすがにそれはないだろと小さく首を横に振る。それは無いと信じたい。明らかに焦りの色を浮かべながら瀬呂くんがバスの停まっている方へと踏み出し始める。
瀬呂くんだけではない。その場の誰もが薄々感じ取っていた。チラリと時計を確認した女性が怪しげに笑う。嫌な予感が、確信に変わった瞬間である。


「今はAM9:30。早ければぁ…12時前後かしらん」

「ダメだ…おい…」

「戻ろう!」

「バスに戻れ!!早く!!」


一斉にバスに向かって走り出す。今更無駄だと分かっている数名を除いて。立ち尽くす私の真横を切島くんやお茶子ちゃん達がバスに向かって走っていくのを横目で眺めながら、ふうと息を吐く。見れば勝己も轟くんも慌てることなくその場に残っている。上等だ、とばかりに。出久に関しては明らかに逃げ遅れた感を醸し出しながらその場に立ち尽くしていて、思わず笑いそうになる。
「12時半までにたどり着けなかったキティはお昼抜きね」なんて、この状況で何とも落ち着いた声色で注意する女性の声なんて皆聞いていないだろう。何せ、


「悪いね諸君。合宿はもう――…」


明らかに悪びれた様子のない口調の相澤先生の声と共に盛り上がる地面に足を掬われ、地面の土が波となり雪崩となって皆を飲み込んでいく。もう、逃げられない。


「始まってる」


抗う術もなく、あっという間に土の雪崩に飲み込まれA組の皆が崖の下へと容赦なく落とされる。土がクッションとなり、それなりに衝撃は少なく怪我も無かったが口に砂が入ってとても気持ち悪い。皆それぞれ土の中から顔を出してお互いの無事を確認し合っている中、頭上から先ほどの施設の方向を説明していた女性の声が飛んでくる。


「私有地につき個性の使用は自由だよ!今から三時間、自分の足で施設までおいでませ!この…"魔獣の森"を抜けて!

「"魔獣の森"……!?」

「なんだそのドラクエめいた名称は……」

「帷ちゃん大丈夫〜?」

「ペッ!ペッ!…な、何とか大丈夫〜」


何とも嬉しそうなその口調とは逆に、皆のテンションは下がる一方だった。何せ、さっきまで快適なバスの旅で盛り上がっていた矢先にこの仕打ち。幾ら合宿と言えども唐突過ぎるし、先生も先生でまた自分たちを騙したのか。全く…幾度も試練を与えてきますね、相澤先生。


「雄英こうゆうの多すぎだろ……」

「文句言ってもしゃあねぇよ、行くっきゃねぇ」


制服が土だらけだし、口の中も土だらけだし、言いたい文句もいっぱいある。でもそれ以前にこれは"強化"合宿であることを思い出さねばならない。楽しいこともあれば、辛くて我慢しなければならないこともあるのだ。此処で文句を言ってても施設が近くになる訳じゃないし、誰かが迎えに来てくれる訳じゃない。自分たちで進まなければ。幸い、1人じゃない。皆で進めば何とか―…


「マジュウだ――――!!?」


パンパンと服に着いた土や砂を叩き落としながら立ち上がった矢先、上鳴くんと瀬呂くんの悲鳴に似た叫び声が森中に木霊する。ハッとして顔を上げるとそこには見たことも無い生き物が大きな口を開けて現れた。将にゲームとかフィクションの中にしか出てこないような怪物…魔獣だ。見たこともない生き物ではどんな脅威があるか分からない。とっさに上鳴くんと瀬呂くんの横を駆け抜け、皆の前に飛び出すと両手を構える。


「皆下がって!!」

『静まりなさい獣よ、下がるのです…!』

「口田くん!!」

「!?」


動物を従えることが出来る個性を持つ口田くんが身を乗り出し、その小さいながらに声を張り上げた。だが、魔獣は止まらない。のそりのそりと動き出すとそのまま身を乗り出した口田くんに向かって飛びかかろうとその大きな前足を振り上げた時。
ボロボロと魔獣の体から崩れ落ちるように幾つもの土の塊が落ちているのが視界に見え、思わず口の端がつり上がるのを感じた。皆を護るためにバリアを張ろうと前方に構えていた両手を下げ、右腕に集中する。正体が分かれば怖くない。そして、こっちの方が明らかに手っ取り速い。バチバチと閃光が右腕に走り始めたタイミングで一気に地面を蹴る。
ほぼ同時に飛び出し、横に並ぶ幾つもの影と共に目の前に存在していた土くれの魔獣に突っ込む。自分と同じタイミングで魔獣の正体に気づいたのであろう。予想は見事に的中。5人同時に攻撃を仕掛けられ魔獣はあっという間に崩れ去り、ただの土に戻った。恐らく先ほどの女性の個性だろう。
無事か、とか大丈夫?とか声を掛けてくれる飯田くんと出久に対し勝己はケッと吐き捨て、轟くんも静かに森の奥を見つめている。森の奥からは先ほどの魔獣の唸り声のようなものが聞こえてくる。それも1体や2体じゃない様子でまだまだ気が抜けそうにない。先に走り出す勝己や轟くんを追って切島くんたち男性陣が走り出していく。その更に後を追って女性陣も無事に森を抜ける為にも戦闘時に連携を取れるよう並びながら森の奥へ奥へと駆け出していく。目指すは宿泊施設。合宿はまだ始まったばかりだ。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -