お茶子ちゃんの通報により、ショッピングモールは一時的に閉鎖。区内のヒーローと警察が緊急捜査にあたるも結局見つからず、死柄木と接触した当の本人である出久はその日の内に事情聴取のために警察署に連れて行かれた。

結局その後、私達は買い物を中断せざるを得なくなり今日のところは大人しく家に帰ろうという事になった。このままどこかに出かける気力もないし、何よりクラスメイトの一人が敵と接触したのだ。雄英襲撃と保須事件の事を思えば、その場にいた誰もが明るい話題に切り替えられる訳がない。


「本当に大丈夫か?」

「平気平気!大丈夫だぁって!」


それぞれの自宅に向かうべきバスや電車に乗り込み、分かれる。電車を乗り継ぎ、駅に着くたびに徐々に減っていくメンバー達の中、遂に私一人だけが電車に残る状態になった。皆出来る限り家の近い人たち同士で固まっていたのだが、どうにもこうにも此処から先は一緒に自宅付近まで帰れる人が居なくて。来るときは出久と他愛ない会話をしながら電車に乗っていたから気づかなかったけど、皆それなりにバラけた所に住んでるんだなぁと呑気に思う。


「なんかあったらすぐ連絡してね!」

「分かった分かった。家に着くまでケータイ手にずっと持ってるから」

「…やっぱ俺、ついてくわ」

「いやいや、切島くんち真逆でしょ?大丈夫だってば!」


ひょいっと電車を降りて振り返った芦戸ちゃんに念を押され、一度電車の出入り口に立ったものの心配だからとくるりと体を反転させる切島くん。そんな彼を半ば強引に外へと追いやろうと彼の体を再び反転させて背中を押す。


「眞壁、」

「ん?」

「本当に大丈夫なんだな?」

「…うん。勿論!」


上手く笑えていたのか分からない。徐に顔だけで振り返った切島くんの顔がいつになく真剣で、ドキリとした。声が、震えていたかもしれない。手が、震えてたのバレてたかもしれない。でも、本当に私は大丈夫だ。更に遠くの家まで来てもらうのも忍びないし…わざわざ友達を遠回りさせる訳にはいかない。目的の駅まで左程遠いわけじゃないし、帰り道もちゃんと人通り多いところ道を通って帰るから、と何とか彼を納得させてポンっと背中を押すと彼は渋々電車を降りた。
プルルルル…と間もなく発車を知らせる合図に半歩だけ身を引く。プシューとドアが閉まり、心配そうな顔でこちらを見ている2人に笑顔で手を振れば、ゆっくりと電車が動き出した。あっという間に駅のホームを置き去りにして自宅近くの駅に向かう為、景色が流れていく。

傾き始めた日がうっすらとオレンジ色に染まりかけた空を映しながらドアのガラスが自分の顔を反射させる。そこに映る自分は先ほどまで大丈夫と言い張っていた自分ではない。不安と恐怖と怒りで感情が入り混じった複雑な表情で吊革に掴まる一人の雄英生を映し出していた。


「(どうして…)」


はぁ…と息を吐き出して、思わず片手で顔を覆う。友人たちが消え、取り残されたその空間で一人ぼやく。死柄木 弔…未だその正体も目的にも謎は多いが―…、どうして自分の過去を知っているのだろうか。あの時、死柄木が言っていた事件というのは間違いなく自分の母親を巻き込んだ最悪な事件の事だろう。
あの当時のニュースもヒーロー名だけで実名も何も報道しなかったはずなのに、どうして母と分かったのか。いや、私から辿ったという線が大きいかもしれない。だとすればどうして奴は私の事を…?それ以前に、雄英生の事を調べ上げているとしたら…?
吐き気にも似た不安が競り上がってくる。そもそもあちらは名前を知っている事実に恐怖する。調べられるだけ力が奴らにはあるのだ。名前だけでなく、過去すらも。死柄木の目的は一体何なのだろう。雄英襲撃時には平和の象徴(オールマイト)を殺すことを唱っていたが、今となってみれば保須事件といい、今回の事といい、それ以上に何かあるような気がしてならない。彼らの後ろに控えているもっと大きな存在が―…

そこまで考えて、ふと見慣れた景色が視界に飛び込んでくる。

いつの間にか電車は目的の駅に近づいており、車内アナウンスからは駅名と乗り換え情報が流れてくる。脳内で駆け巡っていた考えに反映するように心臓の高鳴りは消えないまま電車の速度は落ち、駅のホームのところでゆっくりと停車した。
開いたドアから踏み出した足が僅かに震えていた。ホームに降り立ち、今にも崩れ落ちそうになる足をどうにか堪えて足早に改札口へと向かう。勿論手にケータイを持ったまま。嗚呼、こんなに不安になるのなら出久と一緒に警察のお世話になった方がよかったか。いや、そうしたら嫌でも皆に死柄木と接触したことがバレるし、母の事も皆に知られるだろうし、何より父に連絡がいくだろう。それだけは避けたい。皆に心配かけまいと張った虚勢が今にも崩れ去りそうだ。こんな小娘一人を狙うなんて…追ってくるなんてありえない。意識を保て。大丈夫。いざとなればケータイもあるし、人通りの多いあの通りを抜ければ―…


「…え、」


脳内で帰路のコースを考えながら改札を抜け、駅から出た瞬間。目に飛び込んできたその存在に思わず足を止める。


「かつ、き」


相変わらず不機嫌そうな仏頂面で駅の入り口付近でポケットに手を突っ込んだまま立っている彼―…爆豪勝己の姿。先日みんなで買い物に行こうと誘った時、真っ先に断った彼がどうして此処にいるのか。先ほどまでの不安と恐怖が一気に吹き飛んで、軽いパニック状態である。
どうして此処に?と言葉を紡ぐより前に、呆然と立ち尽くす私の元に彼は周りの視線もものともせずツカツカと表情を変えずに近づいてきたかと思えば、ガシリと手を掴んできた。え、と声を零す間もなく綺麗な金色の髪の間から紅い色の瞳とガッチリ目が合った。


「帰んぞ」


間抜け面している自分の顔が彼の瞳に映っていた。グイっと掴まれた手を引かれ、危うく倒れそうになるのをどうにか堪えて歩き出す。すっかり夕日色に染まってきている空の下、見慣れた街並みの中を突き進んでいく。先ほどまで考えていたルートなんて意味を成さないぐらい、家までの最短ルートである通い慣れた路地をなんの迷いもなく突き進んでいく彼に腕を引かれるこの状況に脳がついてこなくって、先を行く彼の大きな背中を見つめることしかできない。


「なんで勝己がここに…今日は、用事があるんじゃ…?」

「…んなもんねぇよ」

「え!!だって今日の買い物断ったじゃん?!!ってことは、切島くんに言ってたことは嘘なの?!本当に皆と出かけるのが面倒だっただけ?!!」

「ああああーッ!!!うるせえ!!!うるせえ!!」


切島くんが粘ってみたけど用事があるって断られちまった〜とみんなに話していたが、それが嘘だったとは。まぁ、もともと皆と出かけたがらないだろうとは思っていたから別に彼が買い物のメンバーに居なくとも何の違和感もなかったけど、結局面倒だったから行かなかったと考えると何となく納得してしまう。だが、今の私の心境は不安でいっぱいだったり、彼を見た瞬間安心したりと最早滅茶苦茶で、ぶっきらぼうな彼の態度にも思わずいつも以上に声を上げてしまう。そんな私に先ほどまで静かな口調だった彼がいつも通りに声を荒げる。


「わざわざ迎えに来てやったんだから黙ってろボケが!!!」


訳の分からない反撃に「はぁ?!なんで迎えになんて―…」と動かそうとしていた私の口がピタリと動くのをやめる。何の用事も無いのに、わざわざ駅に居ると言う事は彼の吐いた言葉通り、私を迎えに来てくれたのだろう。
ショッピングモールに行くことは当然知っていただろうし、1−AのグループLINEで出久が敵と接触したことを知ったのだろう。そこまでは分かるが、問題はどうして私が今まさに帰宅しようとこの駅に向かっていることを知っていたか、である。例えば現状のように普通に帰ってきたのなら分かるが、もし気分が変わって警察のお世話になっていたり、他の子たちと一緒に別ルートで帰ってきていたらどうしたのだろう。とそこまで考えて、彼が駅で私を待っていたのは偶然ではない事を知る。

無言のまま見せられた勝己のケータイ画面。相変わらず片手を引かれ歩みを止めずに帰路を進んでいく彼に駆け寄って画面が見える位置まで近づく。LINEのトーク画面。「今、眞壁と分かれた」とか「アイツの手、震えてたんだけど」とか勝己に半ば軽くあしらわれながらも懸命に私の事を心配している事が伺えるトークを飛ばしているアイコンには見覚えがある。切島くんだ。


「分かったら黙ってついてくりゃ良いんだよ。泣き虫が」


トーク画面は全体をみればもっと長いやりとりがあったみたいだが、全部を見せてくれる訳がなく。ある程度私の理解が追い付いたと察したのか、勝己が静かにケータイをポケットにしまう。何だかんだ切島くんに言い返していたようだが、最終的に彼から駅まで迎えに来てくれたようだ。迎えに来なくても、近所だからちょっと家の前に出て待っていることも出来たし面倒ならLINEだけで安否の確認も出来たはずなのに。
途端に何故だがドッと安心感が襲い掛かってきたと同時に勝己と切島くんの優しさに今まで無意識に恐怖と不安で塞いでいたものが溢れだす。僅かに滲む視界に彼の綺麗な金髪が夕日のオレンジに染まってとっても綺麗だった。
うん、うん。としか返せなくなって、泣いてんじゃねぇとかさっさと歩けとか彼が罵声を浴びせてくるけど何も気にならなかった。幼い頃にもこうして手を引いてくれた事を思い出しながら彼の少し早い歩きに付いて行こうと足を止めず、家に着くまで加減して掴んでくれている彼の手を振り払う事もせずに小さく笑う。

無事に家に着いても彼は私がベランダから顔を覗かせるまで家の前に居た。小さく「ありがと」と口を動かしながら手を振れば、ケッと吐き捨てながら彼自身の自宅に向かって歩き出す。こちらを振り返ることなく怠そうに片手を軽く上げた彼の背中が路地の角を曲がるまで見つめていた。



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