「皆…土産話っひぐ楽しみに…ううしてるっ…がら!」

「まっまだわかんないよ!!どんでん返しがあるかもしれないよ…!」

「緑谷 それ口にしたらなくなるパターンだ…」


期末試験翌日。1-Aの教室内の一部が酷く沈んだ空気を醸し出している。学校に登校するまでこんな空気を纏っていたのだろうかと思うと周りの人たちに絶対心配されただろうなぁとか脳裏で考える。でもよくよく考えれば自分もどちらかと言えば彼ら側のはずなのに、不思議とそれほど気分は沈んでなくて。いや、悔しいし反省点ばっかりだし残念だとは思うけれど皆ほど態度に出せない。
半泣きの芦戸ちゃんに、重い空気を背負って何処を見ているか分からない上鳴くんと切島くんに砂藤くん。そしてその横に苦笑している私。みんな期末試験の実技で見事にゴールできなかったメンツだ。つまり居残り確定組。一緒に林間合宿に行けないことと学校での居残り補習という現実にみんな顔が死んでいる。そんな空気を少しでも和ませようとしたのか出久が無責任な発言をしたせいで余計にフラグが立ったと瀬呂くんがすかさずツッコミを入れる。


「試験で赤点取ったら林間合宿行けずに補習地獄!そして俺らは実技クリアならず!これでわからんのなら貴様らの偏差値は猿以下だ!!」

「落ち着けよ 長え」


キエエエと奇声を発しながら出久の眼を潰しにかかる上鳴くん。内心大荒れなのが溢れ出てきている上鳴くんに瀬呂くんは相変わらず冷静だった。うぐっうぐっと半泣きの芦戸ちゃんがそんなやりとりを見ている内に堪えきれずにこちらに飛びついてきたかと思えば、胸のあたりでぐりぐりと頭を押し付けてきたので素直に優しく「よしよし」と頭を撫でて宥めてあげた。


「わかんねえのは俺もさ。峰田のおかげでクリアはしたけど寝てただけだ。とにかく採点基準が明かされてない以上は…」

「同情するならなんかもう色々くれ!!」

「まぁまぁ、落ち着いて上鳴くん」

「なんでお前はそんな落ち着いてられんだよ?!!」


内心俺も不安だぜ、と焦りの色を伺わせる瀬呂くんの言葉もすべてが勝ち組にしか聞こえないのか上鳴くんの荒れ方が酷い。がっしりと芦戸ちゃんに腰をホールドされたまま上鳴くんを宥めようと声を掛ければ今度はこっちにまで飛び火してきそうな勢いだ。そう言われても、過去の出来事はもうどうにも出来ないし…補習で遅れを取り戻すしかないだろうし。なんて思いながら再び芦戸ちゃんの頭をよしよしと撫でた。
そういえば話に聞いたのだが、瀬呂くんも相手のミッドナイトに開始早々眠らされてしまい実際は全く戦闘にならず、気付けば峰田くん一人でクリアしていたという。俄かには信じがたい話だが、実際やってのけたのであろう峰田くんの顔を横目で見れば凄い満足そうな表情でこちらの話に耳を澄ませていた。と、


「予鈴が鳴ったら席につけ」


カアアンッ!と綺麗な音を響かせながら開いた教室の扉。重苦しい期末試験の結果で荒れた教室の空気を裂いて現れたのは誰でもない、担任の相澤先生だ。もうそんな時間だったか、と名残惜しそうに未だ曇ったままの表情で離れていく芦戸ちゃんと別れて自身の席に静かに着く。


「おはよう。今回の期末テストだが…残念ながら赤点が出た。したがって…」


シン…と静まり返る室内。実技で突破できなかったメンツが「うっ」と小さく息を飲む。自分たちに向けられたその言葉にまともに反論できるわけもない。悔し気に表情を曇らせる切島くんに諦めからか吐息する砂藤くん。涙目になりながら次の言葉を待つ芦戸ちゃんに、もはや何もないとばかりに清々しい顔をして半分空気に溶けそうになっている上鳴くん。私自身、合宿に皆といけないのは寂しいし残念だ。でもむしろ補習を頑張らなければと既に気分を切り替えていた―…のだが、


林間合宿は全員行きます

「「「「「どんでんがえしだあ!」」」」」


まさかのどんでん返しだった。相澤先生の口から飛び出したその言葉に思わず居残りを覚悟していた全員が声を合わせて叫ぶ。勿論私自身も。


「筆記の方はゼロ。実技で切島・上鳴・芦戸・砂藤・眞壁、あと瀬呂が赤点だ」


各々の勉強会の甲斐もあって筆記の方の赤点はゼロというのも驚きだが、次に驚かされるのは瀬呂くんだった。「行っていいんスか俺らあ!!」と嬉しさのあまり声を上げる切島くんの傍らで瀬呂くんが「確かにクリアしたら合格とは言ってなかったもんな…」と顔を押さえていた。本人の不安が的中してしまった。


「今回の試験 我々敵(ヴィラン)側は生徒に勝ち筋を残しつつどう課題と向き合うかを見るように動いた。でなければ課題云々の前に詰む奴ばっかりだったろうからな」

「本気で叩き潰すと仰っていたのは…」

「追い込む為さ。そもそも林間合宿は強化合宿だ。赤点取った奴こそここで力つけてもらわなきゃならん。 "合理的虚偽"ってやつさ」

ゴーリテキキョギィイー!!


なるほど。最初から行くことが決まっている林間合宿と赤点の人たちは行けない林間合宿では普段から赤点ギリギリの者たち含め、みんなの期末試験へ向けるやる気が全然違うだろうという心理を利用したのか。流石先生。


「またしてやられた…!さすが雄英だ!しかし!二度も虚偽を重ねられると信頼に揺らぎが生じるかと!!」

「わあ 水差す飯田くん」


わーいわーいと嬉しいどんでん返しを喰らったメンツが喜んでいる横で真面目な飯田くんがガタッと勢いよく起立し声を上げる。その様子を後ろから見ていたお茶子ちゃんが冷静にツッコむ。


「確かにな。省みるよ。ただ全部嘘ってわけじゃない。赤点は赤点だ。おまえらは別途に補習時間を設けてる。ぶっちゃけ学校に残って補習よりキツいからな」


ピタリ、と私以外の赤点組の動きが止まる。手を上げて喜んでいたみんなの顔が徐々に徐々に再び暗みを帯びてくる。飴と鞭といえばいいのだろうか。いや、合宿自体が自身の個性を伸ばす強化合宿だし更にその中に補習を組み込まれるとなれば鞭と鞭だろうか…。


「じゃあ合宿のしおりを配るから後ろに回してけ」


嬉しいやら悲しいやらで複雑な心境の赤点組の心など知らないとでもいうように、淡々と相澤先生が合宿のしおりを一番前の列の人たちに配り始めた。



* * *



「まぁ 何はともあれ 全員で行けて良かったね」


優しい表情の尾白くんの一言が響く放課後の教室。彼の言う通り、補習はプラスされてしまったけれど兎にも角にも皆で合宿に行けるのは嬉しい事に変わりない。昼夜を共にし、朝も夜もご飯も一緒、お風呂も一緒…独り暮らしの自分にとってみれば想像するだけで楽しみだ。例え内容がキツいものであろうとも皆となら乗り越えられそうな気がする。


「一週間の強化合宿か!」

「結構な大荷物になるね」

「水着とか持ってねーや。色々買わねえとなあ」


朝に配られたしおりを確認しながら飯田くん、出久、上鳴くんが口々に言う。途中峰田くんが「暗視ゴーグル」とかなんとか口を挟んできた気がしたが誰も気に留めることはなく淡々と話は進んでいく。


「あ じゃあさ!明日休みだし、テスト明けだし………ってことで、A組みんなで買い物行こうよ!」


パンっと手を叩きながらそう徐に提案したのは葉隠ちゃんだった。彼女自身が個性の透明人間なためその表情は見えないが、きっと今満面の笑みを浮かべていることだろう。途端にわいのわいのと騒がしくなる室内。


「おお良い!!何気にそういうの初じゃね!?」

「おい爆豪 おまえも来い!」


女子の輪の中に混ざって良いね!とかあれ買わなきゃ〜!とか盛り上がっていた中、今にもカバンを片手に教室を出ようとしている勝己の背中に切島くんが声を掛けるのが聞こえて、ふと視線をそちらに向ける。


「―…行ってたまるか かったりィ」


ああん?と切島くんを振り返ったはずの彼と一瞬だけ目が合った気がした。ピリピリと明らかに不機嫌な雰囲気を撒き散らしながらそのまま教室を出ていこうとする勝己に切島くんが更に食いつこうとしているが、あれは本当に来ないだろうなと自然と思った。


「轟くんも行かない?」

「休日は見舞いだ」

「ノリが悪いよ 空気を読めやKY男共ォ!!」


一方で出久が轟くんに声を掛けていたが、それも無残に惨敗。峰田くんの声もまるで意味を成さない。クラスのツートップが不在のまま他のメンツで集合場所や時間の確認を進めていく。準備から楽しい合宿に私たちは兎に角胸を躍らせていた。



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