「―さて 試験内容だが、君たちの目的は"このハンドカフスを私に掛ける" か "チームの誰かがこのステージから脱出する"ことだ」


最大の難問。期末テスト最終問題。各々対戦相手としての先生と自分とチームを組むクラスメイトたちと共に実技用のステージに辿り着くや否や、セメントス先生がつらつらと試験内容を説明していく。しっかり聞かなければいけないのに、どうも脳裏に幼馴染の顔とオールマイトがチラついて上手く集中できない。それでも時間は過ぎていく。


「今回は極めて実践に近い状況での試験。私たちを敵(ヴィラン)そのものだと考えること。制限時間は30分。会敵したと仮定し、そこで勝てるならそれで良し。だが、実力差が大きすぎる場合 逃げて応援を呼んだ方が賢明と判断するならそこで逃げてもらって構わないよ」


今、皆もどこかのステージで各対戦相手の先生たちから同じ内容の説明を受けているのだろう。あの2人も。だとすれば、あのオールマイトを相手にするのなら2人で協力しなければ決して勝てる訳がない。でも、でも、あの2人が協力なんて―…


「判断力が試されるっつー事だ」

「その通り」


ダメだダメだ。今は自分の方に集中しなければ。先生の説明にガツンと自身の掌に拳をぶつける切島くんの声に現実へと引き戻される。何にせよ、此処は無事に合格しなければ。チームを組んでいる切島くんにも砂藤くんにも迷惑をかけてしまう。


「そして先生方は体重の約半分の重量があるこの超圧縮おもりを装着する」

「ハンデか」

「俺らとしちゃぁありがてぇけどな」


一度深呼吸して自然と力んだ体をほぐす。すると視線の先でセメントス先生がおもりを取り出し、カチリカチリと腕や足に装着していく。自身の体重の約半分…普通の人が付けたらまともに動けやしない。動けたとしても本来の力は十分に発揮できないし素早さは確実に落ちるだろう。


「逃げの一択ではなく戦闘も視野に入れさせるため、ですね」

「選択肢が多いほど判断が重要になるからね」


私の問いかけにその通りと言うようにセメントス先生が笑う。本当に実践を意識している試験だ。戦わずに逃げるも良し、倒さずカフスを付けるだけでも良し、おもりを装着…これだけハンデを付けられると寧ろ合格しなければならない意欲が湧いてくるというものだ。
うし、頑張ろうぜ!と意気込む切島くんに私も砂藤くんも力強く頷く。それじゃ、と説明を一通り終え時計を確認したセメントス先生が移動を始める。自身の定位置に着くのだろう。開始早々鉢会うよりも移動を踏まえながらのシチュエーションも考慮されていて、実践を嫌でも意識させられる。


「≪それじゃあ今から雄英高校1年 期末テストを始めるよ!レディイイ――…≫」


それほど時間が経たない内に「皆位置についたね」とスピーカーを通して放送が流れる。制限時間は30分。ゴクリと思わず息を飲んでしまうほどに、一瞬にしてその場の空気が変わるのを体感する。集中、集中。どうしても守備にまわってしまう私に対し、チームの2人は攻撃タイプ。上手く合わせればきっとバランス的にも―…


「≪ゴォ!!!≫」


その開始の合図とともに「行こうぜ」と切島くんを筆頭に移動を始める。試験に合格するためにはこのステージのゴールに向かわなければならない。ならば先生たちはゴール付近で待ち構えていることは安易に想像できる。何にせよ、移動しなければ始まらない。シンと静まり返る町中を模したステージの中を真っ直ぐに突き進む。


「この試験さ、逃げるより捕まえた方が当然点数高くなるよな?」

「と思うぜ?」

「加点減点方式なら、ね」


攻撃を仕掛けた時点で何ポイント獲得とか、負傷でマイナスとかどういう方式で点数がつけられるのかは不明だ。まぁ、兎に角ゴールすれば合格は確実なのだろうが…。しかしそう簡単に先生が通す訳がない。況してやセメントス先生…防御に関しては自分よりも格上なのは分かっている。ただ、どういう戦術を組んでくるのかまでは分からない。その分こちらも色々と作戦を―…


「っと、早速お出ましか…」


そう考えていた矢先、前を走っていた切島くんと砂藤くんが立ち止まった。視線の先にはセメントス先生が立ちはだかり、その更に奥にはゴールゲートが見える。道は一本道。奇襲を仕掛けるでも身を潜めるでもなく、先生は真っ向からこちらを見据えたまま待ち構えている。相手を敵(ヴィラン)と仮定しなくても後退する選択肢はない。思わずこちらも身構えてしまう。


「セメントス先生は動きが鈍い…正面突破で高得点狙おうぜぇ!!!」

「え、」

「おうよォォ!!!」

「え、ええ?!ちょ!二人とも待っ―!!!」


ガチンと硬化した腕をぶつけて笑う切島くんと常備していた砂糖を口に含んで個性を発動させた砂藤くんが「行くぞ砂藤!!」「おうよ!!!」と声を上げながら一気に地面を蹴る。作戦のさの字もない。2人は兎に角セメントス先生を真っ向から倒すつもりだ。既に敵の陣地に乗り込んでしまった2人に思わず静止の声をかけるが、伸ばした手も空を切るだけ。
ああもうと声を漏らしながら脳裏で思いつく範囲の作戦を兎に角巡らせながら2人を追う。すかさずセメントス先生も地面に両手を当てコンクリートを操り始める。壁となり攻撃となって襲い掛かってくるコンクリートの壁たちに切島くんと砂藤くんが重い拳をぶつけてそれを破壊していく。
敵と出会ってしまった以上、此処はもう応戦しながら作戦を考えるしかない。実際の現場だって、敵と応戦しながら作戦を立てる状況もあるだろう―…と、思ったのだが。


おらおらおらおらおらおら…!!!


視線の先で次々コンクリートの壁を破壊して突き進んでいく2人を追いかけ、瓦礫を避けながらゴールに向かっている筈…が、実のところ進んでいるようで進んでいない。破壊しても破壊しても次々と現れるコンクリートの壁。最初は勢いよく飛び込んでいった2人だが徐々に徐々に焦りの色が見えてくる。


「(考えろ。考えろ…このままじゃ―…!!)」


同時に崩れたコンクリートの瓦礫をバリアで防いだり、時折近くに現れるコンクリートの壁を完全に形成される前に蹴り飛ばしたりするしか出来ない自分自身も徐々に焦りが積もる。作戦どころじゃない。考える隙も何も与えてなんて貰えない最悪の状況。


「ああああ!!キリねぇよ!おい!!!」


遂に堪えきれなくなった切島くんが声を上げる。彼の言う通り、セメントス先生の攻撃にはキリがない。そうだ。見事に見落としていた、持久力。確かに切島くんも砂藤くんも攻撃に関してはパワーもあるし、素早さもある。だが、制限時間があるのだ。


「ぶっ壊しても!ぶっ壊しても!!壁生えてきやがる!!!」

「あー…眠い…眠い……」

「おい!頑張れ!!!」

「砂藤くんしっかり!!」


体育祭で勝己が暴いたように、切島くんは時間が経つにつれてその硬化を維持できなくなる。砂藤くんも糖分を摂取することでパワーが5倍になるがそれも持続できるのは数分間だけ。そして、自分自身も体力が無くなれば個性の発動を維持できなくなる。こちらは時間が経てば経つほど不利になる。一方、セメントス先生の個性に制限は恐らくないのだろう。本当に最悪な組み合わせだ。


「あああああ!!ヤべぇ!!!」


糖分が切れ始め、脳の働きがダウンしてきた砂藤くんの動きが思わず止まる。切島くんも徐々に個性を維持できなくなって遂にはコンクリートの壁を破壊できない通常の生身の人間にまで戻ってしまう。ああ、本当にマズい。突破チームが力尽き、残るは自分だけ。しかしそんな破壊力に特化しているわけでもない自分が迫りくる壁たちを壊して2人を護ることなど不可能だ。焦りに思考が空回りする。どうしよう、どうしようどうしようどうしよう。考えなければ、と脳裏では分かっているつもりでも何も思い浮かばない。気付けばコンクリートの壁に3人とも囲まれていた。


「眞壁!!」


絶体絶命。大ピンチ。これはもう、と思ったその時ふと少し切羽詰まったような切島くんの声が聞こえて振り返る。と、ガシリとその大きくて逞しい手に腕を掴まれる。


「へっ?!!」

「お前だけでも―!!!」

「え?!え?!!!」

「悪りィ!頼んだ!!!」

「うおわッ?!!!!」


迫りくる壁に最早自分たちは逃げることが出来ないと悟った切島くんの最後の足掻き。腕を掴んだまま彼は腕を大きく振りかぶりそして―…フワリと全身を襲い掛かってくる浮遊感と壁に飲み込まれていく切島くんと砂藤くんの姿が見えて息を飲んだ。


「―…消耗戦に極端に弱い。良いかい?戦闘ってのはいかに自分の得意を押し付けるかだよ」


自身の個性により武器と化したコンクリートたちが無事に生徒たちを飲み込んだのを見届け、セメントスは息を吐く。ただただ真っ向から挑んできた彼らに呆れを含んだその声は静かに諭すように辺りに響く。これにて試験終了、とセメントスが生徒たちを包んだドーム状のコンクリートを眺めながら地面から微かに手を離したその時、微かにバチバチという音が聞こえた。


「ええ、"知ってます"」


静かな声。何?!と顔を上げたセメントスの視界の隅で、動きを止めたコンクリートの壁を腕に閃光を纏った帷が破壊した。そのままの勢いで一気に地面を蹴ると、彼女は一目散にセメントスの後方にあるゴールを目指す。地面から手を離しかけていたセメントスが慌ててもう一度両手を地面に張り付けた。地面を蹴り、時には宙に張ったバリアを足場にゴールへと走り出す帷を捉えようと動き出す。


「(だからここは私の得意を押し付けられない。ならば―、)」


逃げの一手。二人には悪いが実際に敵と遭遇した体で考えればここは応援を呼びに行くのが私の役目。本来であればもっと早くに…2人が先生と対峙している内に隙を見て行くべきだったと反省したいところだが、すべてはテストが終わってからだ。


「(壁が出来るよりも速く、そして柔軟に―…)」


焦っていた気持ちを落ち着かせ、兎に角今できる最善の策を必死に手繰り寄せる。真っ直ぐに攻撃を仕掛けるのではなく、素早く飛び越え乗り越え、避けることに専念する。壁にぶつかるよりも前にバリアを張って衝撃を和らげたり、自身の体を大きく跳躍させたり…相手の動きを予測してバリアの反動を利用して一気に速度を上げる。


「させません!!」


次々と目の前に立ちはだかるコンクリートの壁。避けるのにも、バリアを張るのにも体力がどんどん削られていく。徐々に上がる息の中で一気にセメントス先生を飛び越え、ゴールを目指す。そのスピードと動きにセメントス先生も彼女の動きを予測し予測地点に飛び込んできた瞬間コンクリートを掌の形に変形させ、帷をガシリと掴むように動かした。捕らえた!と思った刹那、


「な、?!」

「掛かりましたね!先生!!」


パリンと割れる帷の姿。帷を捕らえたはずのコンクリートの掌の中にはガラスの破片のようなものが残るのみで彼女自身は見当たらない。嬉しそうな声が聞こえたとともに視線を動かす。ニコリと彼女はコンクリートの壁の影から飛び出し、真っ直ぐゴールゲートに向かって飛んで行く。どうやら彼女の贋物を掴まれたらしい。

バリアを駆使して作った新しい技が上手くいった事に満足しながら足を止めず突き進む。新たな技を目の当たりにして目を見開くセメントス先生を横目に地面に足を着けば、すかさずコンクリートたちが自分を捕らえようとぐにゃりと曲がったり、壁になったりと行く手を阻む。
既に体力も限界に近い。未だ逃がすまいと襲い掛かるセメントス先生の攻撃の間をどうにか潜り抜け、ゲートに手を伸ばす。足がもつれる。半ばゲートを越えなければという意識だけで動いているような感覚だ。あと少し。あと少しで―…と、横から飛んできたコンクリートの塊を避けると同時に滑りこむようにしてゲートに飛び込んだその時―、


「≪タイムアップ!!≫」


ピタリと動きを止める。


「え……?」

「≪期末試験 これにて終了だよ!!≫」


自分の指先を見て絶望する。あとちょっと、あとちょっとで届く位置にあるゲート。ゴールライン直前で止まった自分の体。スピーカーを通して流れてくるその終了の合図にドッと襲い掛かってくる体の重み。地面に体を伏し、上体のみを上げて手を伸ばしたままの体が言う事を聞かない。フッと糸が切れたように腕と上体が地面に吸い込まれるようにして倒れる。


「無事ですか?」

「えーっと…無事に、見えますか?」


ふう…と息を吐き、すっかり力が抜けてしまって地面に倒れたままの私を見下ろしながらセメントス先生が声を掛けてくる。意識はあるが体が動かない。瞬発的に荒業を含め色々と個性を使い過ぎた反動だろう。やれやれ、と肩を落としたセメントス先生が片膝を着いて手を伸ばしてくる。


「恐ろしい子ですね、貴方は」

「…誉め言葉として受け取っておきます」


苦笑いしか出ない。嗚呼、2人になんて言おう。あとちょっとだったのになぁ…。とか色々考えを巡らせるが最早どうでも良くなってくる。事実、今回の演習は惨敗だ。つまり赤点。みんなと合宿には行けない。学校で居残り補習だ。もう作戦や反省云々かんぬんよりも兎に角そんな夏の思い出と向き合わなければならない事実を考えるだけで悲しくなった。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -