※切島くん視点



眞壁の家は何というか…うん。普通に女子って感じだ。とは言っても、俺自身そんな女子の部屋に行ったことがある訳じゃなくて、空気というか香りというか雰囲気というか…。まぁ、玄関を開けた瞬間から感じたことは眞壁っぽいな、ってことだった。
外見が少し古びた感じのアパートの2階。ガチャリと鍵を開けた眞壁が先に入って、はいはい上がってと俺たち2人を招き入れる。


「おっじゃましまーす」

「どーぞー、ちょっと汚いけど」


御免ね、なんて眞壁は言うけれど別に汚れてないし、寧ろ綺麗だし良い匂いがする。あまり女子の部屋をキョロキョロしちゃいけないんだろうがどうしたって見てしまう。生活感が溢れているのにこの綺麗さ。短い廊下を進んだ先で眞壁がピッピッと何かリモコンを操作しながらこちらを振り返る。


「荷物はそこのキッチンの横に置いておいてくれればいいから」

「おう」


後から入ってきた爆豪と一緒にキッチンの脇に眞壁から預かった荷物を置く。キッチンも嗚呼、ちゃんと料理してんだな〜って分かる感じの調理器具とお皿が置いてあって、やっぱり女子っぽいと思ってしまう。いや、実際眞壁は女子なんだが。


「先に奥の部屋行って寛いでて。飲み物持っていくから」

「おう、悪いな」

「良いって良いって」

「………」


いつも以上に気遣ってくれる眞壁は本当良い奴だ。ニコリと笑いながらヒラヒラと手を振って俺たちと少し狭めの廊下ですれ違う。キッチンに置いた荷物を少し移動させて、冷蔵庫やラ戸棚に手をかける眞壁の背中を見送って奥の部屋へと足を進める。


「おい、オバさんは」


不意に後ろから聞こえてきた少々ぶっきら棒な爆豪の声に一瞬足を止める。オバさん?ニュアンス的に眞壁の母さんの事だろうか。野菜などが入っているビニール袋に手をかけたまま爆豪を見つめる眞壁は一瞬だけ驚いたように目を見開いたがすぐに少し困ったような優しい顔になって小さく吐息した。


「いいのに」

「良いからさっさと言え、ボケが」

「奥の部屋…リビング入ってすぐ左の隅」

「…おう」


イマイチ会話の内容が読めない。2人の間では成り立っているようだが、俺にはさっぱりだった。何だ?と首を傾げながら2人のやり取りを見ていると、爆豪が俺を横からスッと抜いて先に奥の部屋の方へと進んでいった。不思議に思いながらもその後を追う。
と、爆豪は部屋に入るなりすぐに左側を見てそのまま部屋の左の方へと曲がっていった。正面にあるサッシから日差しが差し込んで部屋の中はとても明るい。微かに感じる冷たい空気に眞壁がさっき冷房を入れてくれたんだと理解する。決して広いとは言えないが部屋の中も綺麗で、とてもシンプルだ。テレビにちゃぶ台。ラグの模様も置かれているクッションも棚の上に飾ってあるものも女の子らしくて可愛い。そんな印象を受けながらほぉ…と見とれていると自然に爆豪の背中が目に入る。
何をしているのかと思えば、1つの少し低めの棚の前で急に正座し傍らにあった線香に火を付けていた。爆豪の前にある棚の上に視線をズラせばそこには一つの小さな小さな仏壇があった。


「え、」


一体、誰の…?その言葉はチーンという爆豪が鳴らしたお鈴の音にかき消され、俺の口から吐き出されることは無かった。俺はその仏壇の中に置かれた1つの写真立てを見て思わず声を漏らした。そこには眞壁に似た女性がヒーロースーツのような恰好でニッコリと笑っている姿の写真が一枚入っている。眞壁よりも大人びていて、この人は"眞壁の母さんだ"って理解するのにそう時間は掛からなかった。


「何ボケーっとつっ立ってんだ」

「え、あ、おおう…」


手を合わせた爆豪がスッとこちらを振り返ってお前もやれやと俺を呼ぶ。爆豪に習って線香に火を付けてお鈴を鳴らし、手を合わせる。鼻先を線香の香りが掠めていく。改めて写真を見るが、若い。自分の母親と比べても結構若くみえる。


「ありがと」

「ったりめーだろクソが」


麦茶の入ったコップを載せたお盆を持った眞壁が部屋に入ってくる。いつの間にか部屋の真ん中に置かれたちゃぶ台の傍に移動して座っていた爆豪がいつもよりも少し落ち着いた口調で吐き捨てる。微笑んだ眞壁がコト、コト、とちゃぶ台の上に麦茶を置きながらこちらを見た。


「切島くんもありがと」


優しく微笑んだ眞壁の顔がいつもの笑みじゃなかった。悲しそうな、それでいても優しくて儚い感じの…上手く説明できないけど、なんかいつも学校で見てる元気いっぱいの眞壁とは明らかに違っていたと思う。


「悪りィ、眞壁。俺、その、知らなくって…」

「あー良いの良いの!周りにもあんまり言ってないし、知らなくて当然だよ!!手合わせてくれただけで充分すぎるし!!」


知らなかった。いや、きっとクラスの連中も知らないだろう。緑谷と爆豪以外は。独り暮らししてるとは聞いたがまさか、そんな。いつもの調子の笑顔で手を振って気にしないでと言う眞壁だけど、気にしないでなんて出来る訳がない。


「悪いけどちょっと先に2人で勉強始めてて!キッチン片づけてくるから!」

「お、おう分かった…」


少ししんみりした空気を振り払うかのように明るくそう言い残して眞壁は再びキッチンの方に消えた。爆豪も爆豪で此処に来てから随分と静かだし、何だか調子狂う。しかし此処にきた目的はあくまでも勉強だし…と大人しい爆豪と一緒になってガサガサと自分のリュックを漁って教科書と筆記用具を取り出す。
どうして眞壁の母さんが亡くなったのか、とか親父さんはどうしてんだろうとか色々気になるところはあるが下手に詮索するのはよくない。幾らクラスメイトといえ、こちらから根掘り葉掘り聞きだすのはあまりにも失礼だし、そんなことはしたくない。
きっと眞壁のことだ。何かあれば眞壁自身の口からきちんと教えてくれるだろうし、爆豪も何も言わないというのはそういう事なのだと思う。彼女が今、気にしなくていいというのならそっと心の内にしまっておこう。きっとそれが良い。


「おら、さっさと問題見せろや」

「おう!頼むぜ」


じゃぁ図書館の続きな!と数学の教科書を開く。少し冷静になった分、計算方法の説明が細かくなったかと少し期待したが、やはり本来説明に使われない筈の擬音が多い。徐々にいつもの爆豪のように「あー!!」だの「クソが!!」だの声が出てくるにつれ、見ていられないとばかりにひょっこりキッチンから顔を出した眞壁が「それで分かる訳ないでしょ!」と突っ込みを入れていた。それに対してまた爆豪がキレる。

…そんな進んでいるような進んでいないような勉強会を繰り返しているうちに徐々にキッチンから良い匂いが漂ってくる。間違いない。カレーだ。どうやら眞壁宅の本日の夕飯はカレーらしい。あとはちょっと煮込むだけ、なんて少し上機嫌で言いながらようやくちゃぶ台の傍に腰を落とした眞壁が俺の教科書を覗き込んでくる。


「此処は―…この数字があるでしょ?で此処を出したいわけだから、この式を応用して―…」

「…ああ!成程!!爆豪より圧倒的に眞壁の方が分かりやすい!!」

「んだとコラ?!俺はいらねえってか?!ああ?!」

「そうは言ってないでしょうが」

「同じことだろうが!!」

「あー!もう!!そうカリカリしない!もう少ししたらカレー出来るから!!」


やはり眞壁宅の夕飯はカレーらしい。ん?でも待てよ?この話の流れは夕飯食べていく話か?と思わずようやく解き方が分かった問題の式を書いていたシャーペンの動きを止めて眞壁をみれば、思わず固まる爆豪と「食べるでしょ?」「喰うに決まってんだろクソが」という凄いシンプルな会話を繰り広げていた。そして俺の方に振り返ってさも当たり前のように、


「切島くんも食べていくでしょ?」


っていうもんだから、峰田とか上鳴じゃねぇけど本気(マジ)で女神かよ!!!って思った。思えばファミレスでもロクに飯を食ったわけじゃないし、いうなれば本日朝飯を食べてからというもの殆どちゃんとした食事を摂っていない訳であって。


「ごちになります!!!」


あーヤベぇ…想像しただけで滅茶苦茶腹減ってきた眞壁のカレー。味は保証しないけどとかなんとか言ってるけど爆豪が即答するぐらいだ、絶対美味いに違いない。そういやクラスの女子が眞壁のお弁当のおかず貰って滅茶苦茶美味しかった!!とか言ってたっけな。あー…これは勉強滅茶苦茶頑張ろうって思えるわ。



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