「えー…そろそろ夏休みも近いが、もちろん君らが30日間 1ヵ月休める道理はない」
「まさか…」
いつものHR。教壇に置かれた冊子に視線を落としながら相澤先生が当たり前のように並べる言葉の不穏さに一瞬教室内がゾッとするような雰囲気に包まれる。が、
「夏休み 林間合宿やるぞ」
「知ってたよーーーやったーーー!!!」
次に相澤先生の口から吐き出された言葉に教室中がガラリと空気を変え、一気に盛り上がる。夏と言えば色々な行事もあるだろうが、学校と言えば何といっても合宿だ。そもそも入学説明時にざっくりとではあるが一年間のスケジュールとか聞かされているわけだし、皆も内心察してはいたはずだ。
「肝試そーーー!!」
「風呂!!」
「花火」
「風呂!!」
「カレーだな…!」
「行水!!」
「自然環境ですとまた活動条件が変わってきますわね」
「湯浴み!」
「いかなる環境でも正しい選択を…か。面白い」
「寝食皆と!!ワクワクしてきたぁあ!!」
わいわいと皆がその夏の一大イベントに心を躍らせている中、ちょいちょい口を挟んでくる峰田だが楽しみという目的があからさま過ぎて誰にも相手にされない。言い方を変えてみてはいるものの、誰の耳にも入っていかないらしい。勿論、私も彼が必死に強調している声はすべて聞き流している。
「百ちゃんも飯田くんも真面目だねェ」
「あら、合宿とは本来そういうものではなくて?」
「そうだぞ!いざヒーロー活動をするときに環境や状態は選べないからな」
前もって色々なことを想定して学ぶべきだ!と相変わらず真面目に合宿に挑もうとしている飯田くんに、芦戸ちゃんのように肝試しや花火など楽しむ事を本当に知らないのかキョトンとしている八百万ちゃん。確かに本来合宿というのは心身ともに鍛えるために行う事が目的であろうが普通にみんなと楽しむという方が先に強調されるものではないのだろうか。
「ただし」
ピシャリ、と相澤先生が盛り上がる教室内の空気を一刀両断する。カッと見開かれた先生の瞳に皆が一斉に口を閉じる。シーンと静まり返る室内にこれまた先生は当たり前のようにサラリと言った。
「その前の期末テストで合格点に満たなかった奴は…学校で補習地獄だ」
「みんな頑張ろーぜ!!」
声を荒げる切島くんが拳を握りしめながら皆に訴えかける。そうか。合宿の前に期末テストがあるのだ。それを乗り切ればみんな夏休みだと思っていた矢先に更に合宿という楽しみなイベントが増えた…と思ったのに。その楽しみな一大イベントもそのテストという壁を乗り越えないと学校で地獄を見ることになるなんて…学生の身としてはあんまりだ。
前の席で「クソ下らねー」と吐き捨てる爆豪くんを横目に息をつく。そりゃぁ彼みたいに座学も演習も完璧にこなせる人なら何の問題も無く合宿への切符を手に入れられるだろう。でも中には座学は出来るけど演習は苦手とか、演習は出来るけど座学が苦手とかどちらかが苦手分野の人も少なからず居る。不得意な状況の中での演習だって容赦なくあるだろうし、油断は出来ない。そう。この雄英の期末テストは座学と演習の点数で決まるのだ。私なんて座学の方は復習すれば何とかなるかもだけど、演習の方は正直自信が無かったりするわけで。まぁ、演習の内容にもよるが。
「(ま、私はやれることをやるだけだし)」
「女子ガンバレよ!!」なんて上から目線で自分の楽しみのために女子が減るのが許せないのか声を掛けている峰田くんの声を右から左に聞き流しながら、どうしようとかヤベェとか慌てて顔色が悪い人たちや最早テストを通り越して合宿について話し合ってる人たちを眺めながらいつも通りの教室だ、と自然に安堵のため息を吐いた。