―初日終了、下校時間。


体育着から制服に着替え、教室に戻り先生に言われた通りカリキュラムに目を通せば授業終了のチャイムが鳴り響く。明日以降の連絡を言い渡した先生に別れを告げ、次々と「お疲れ様〜」「お疲れ〜」など声を掛けて生徒たちも下校していく。
それに習って私も八百万ちゃんたちに別れを告げ、教室を出て階段を降りる。玄関から外へ出たその時、ふと見覚えのある背中が見えた。


『あ、』


結局保健室に行ったまま帰ってこなかった出久が視線の先に見えた。その出久に駆け寄る飯田くんとお茶子ちゃんの姿も。思わず笑顔になって3人の元へと足を踏み出した。


『いず―…』

「オイ」


パンと風船が破裂したような感覚。浮かべて居た筈の笑みがスススス…と静かに退いて行くような感覚を憶えながら、呼び止められたその聞き覚えのある声に足を止めてバッと振り返る。


『……お疲れ、爆豪くん』


玄関前の数段だけの階段の上。彼はそこに立っていた。明らかに不機嫌な顔。よくお疲れなんて言えたものだと自分自身で言ってから思った。嗚呼、これはあのテストの出来事…出久の事が未だに納得いっていない、っていう顔だ。しかし彼の虫の居所が悪いとかそんなの私には関係無い。何か用?とばかりに彼を見上げていれば、不意に彼の口がゆっくりと動いた。


「……なんで、」

『ん?』

「何でお前が此処に居る」


嗚呼、彼の不満の矛先は出久だけじゃなくて私自身にも向いているのか。まぁ、当然だよね。いつも爆豪くんに楯突いたりして邪魔だった女が、突然引っ越してやっと居なくなったと思ったら突然戻って来ててしかも高校が一緒だなんて、彼にとってみればこれからの素晴らしい俺の人生設計がボロボロだ、って言いたいんだろう。


『…そんなの決まってる。ヒーローになりたいから』

「お前が?…ハッ」


でも私にだって此処に居る理由も、意地もある。だから何を言われようと負けない。いつだって彼は私にも出久にも色んな人にも酷い事を平気で言って、色んな人を傷つけて来た人だから。そんな人に負けるなんて、冗談じゃない。だから、嘲笑われても彼を見上げる視線を逸らさなかった。


「デクと言いお前と言い、随分と吠えるようになったじゃねぇか」

『…出久の事、悪く言うのはもう止めなよ』

「あぁ?」


本当に中学時代も出久を見下して来たんだな。彼の言動と態度に全てを察した。それに耐えてきた出久は、それをも乗り越えて来て見せた出久は凄い。しかし彼はそれを決して良しとは思わなかったし認めなかった。いつでも出久はデクのまま、私は私のまま。


『出久は、出久の力で此処に居る。爆豪くんと同じ土俵に、今は出久も立ってる…今日のを見てもまだ分からないの?』

「ッ!!」


理解、したくない。その気持ちは分からないでもない。今まで自分の下だと思っていた人間がいきなり自分の上を行くようなことをやってのけたら、誰だって複雑な気持ちになるのは分かってはいる。けれど彼はそれが行動に出てしまう。あからさまな攻撃性を帯びてくるから問題なのだ。


「あのデクが俺と同じ土俵に立ってるだと?!ふざけんな!!」


ほら、まただ。脳内の何処かで呆れたような声が聞こえた気がした。同時にどうして、という今にも泣きそうな声が聞こえた気がしたけれどそんなの一瞬の内に消えた。何しろ、此方を見下ろして立っていた彼がズカズカと此方に向かって来たから。


「なら、お前も俺と同じ土俵に立ってるつもりか?あァ?どうなんだ、よッ!!」


語尾を強調しながら振りかぶられる右手。微かに見えた彼の腕に纏わりつく炎に私は目を見開いて奥歯を噛みしめた。刹那、ゴンッというような鈍い音が響く。


「チッ」


目の前で止まる彼の拳。片手を翳したままの私を睨み付け、舌打ちした。嗚呼、これは本気だ。本能で察した。だからこちらも本気で防がなければ大怪我モノだっただろう。微かにピキピキと罅の入るような音を拾いながら目の前に張ったバリア越しに彼を見る。


『…本当、子供の時のまんまだね』


気に入らない事があるとすぐに手を出す彼の悪い癖。それは女であろうと、男であろうと誰であろうとその本気の度合いは変わらない。冷たい視線を彼に向けたまま吐き捨てると、バリア越しに彼は微かに笑った。


「……お前もだろ」


不覚の笑みに目を見開いて驚いたが、周りの生徒たちが此方を見てヒソヒソと話しているのが視界の隅に入る。幾ら雄英でも私情で個性を用いた喧嘩は御法度だ。彼もそれを分かっていて、腕の炎を出来るだけ隠しながら振りかぶって来たのだろう。
ただの拳だって私にとってみれば唯の凶器なのにも関わらず個性を使ってきたあたり、私にも個性を使わせて、最悪先生に見つかったら私まで巻き添えにする算段だったに違いない。


『…入学初日に問題起こさないで、"問題児"。私まで巻き添えなんて御免だわ』

「こっちの台詞だ、"泣き虫"が」

『ッ!』


強気に吐き捨てた、その返しの言葉に思わず言葉を失う。彼の拳にもう攻撃性が無い事を知って慌てて自分の前に張ったバリアを崩し、クルリと体を反転。急いで踵を返して走り出す。
徐々に近づく楽しそうに話している出久たちにも声を掛ける事が出来ず、只顔を伏せたまま出久たちの脇をすり抜けるように学校を後にする。嗚呼、悔しい。あんな言葉で逃げ出すなんて、まだまだ私は弱い。足を止めず、振り返る事も無くただひたすらに家まで走った。



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