「ハイ 私が来た」


職場体験明けも相変わらず淡々と進んだ午前の授業を無事に終え、昼休みを挟んで午後からの授業のために私たちは各自のコスチュームに着替え、校舎から少し離れている運動場に集合していた。


「ってな感じでやっていくわけだけどもね ハイ ヒーロー基礎学ね!久し振りだ少年少女!元気か!?」

「ヌルっと入ったな」

「久々なのにな」

「パターンが尽きたのかしら」


高らかに開始の声を上げたのに色々とみんなに突っ込まれて「尽きてないぞ無尽蔵だっつーの」と小さく呟いているのは他でもない、今回の授業の教師であるオールマイトだ。


「職場体験直後ってことで今回は遊びの要素を含めた 救助訓練レースだ!!」


色々な突っ込みにもめげずに話を進めるオールマイトが、ビシッと人差し指を立てて今回の授業内容を二カッと歯を見せながらいつもの笑顔で説明し始める。そんなオールマイトのコスチュームに「黄金時代のコスだぁぁ」と目を輝かせている出久の横で飯田くんが勢いよくボッと手を上げた。


「救助訓練ならUSJでやるべきではないのですか!?」

「あすこは災害時の訓練になるからな。私はなんて言ったかな?そう"レース"!!」


確かに救助訓練であればあの敵連合に襲撃されたことが記憶に残るUSJで行う方がよさそうだが…。飯田くんの質問に、オールマイトはよく聞き給えよと言わんばかりに先ほど言っていた"レース"の部分を強調する。


「ここは運動場γ!複雑に入り組んだ迷路のような細道が続く密集工業地帯!数人で組に分かれて1組ずつ訓練を行う!私がどこかで救難信号を出したら街外から一斉スタート!誰が一番に私を助けに来てくれるかの競争だ」


要はこの入り組んだ地形の運動場でオールマイト(ゴール)目指して競争、1位を勝ち取れと言う事だ。ただの救助訓練じゃなく、迅速に目的地に辿り着くための訓練にもなる。なるほど、と納得する私の横で「もちろん建物の被害は最小限にな!」とあからさまに視線を1人の生徒に向け…最早その1人を指さしているオールマイトに「指さすなよ」と対象とされている勝己はギリギリと油の切れた人形のように視線を反らしていた。


「じゃあ初めの組は位置について!」


オールマイトの指示の下、手際よく組に分かれて初めの組はスタート位置につき、残りの組は別の組のレース状況を見学の為に大きなモニターの前へとゾロゾロと動き出す。ちなみに私は初めの組に参加することになり、他のメンバーには出久と瀬呂くん、芦戸ちゃんと飯田くんと尾白くんの6人の組だ。
1人だけコスチューム修繕中で体操着での参加の飯田くんだが、ヒーロー殺しの怪我も完璧に完治しているわけじゃないのに参加するなんて、という声もちらほら聞こえたが飯田くんは頑なに出ようとするだろう。そもそも怪我をしているにしても個性を見れば十分1位になりそうだし…。
飯田くんだけじゃなくて瀬呂くんや芦戸ちゃん、尾白くんもみんな運動神経が良い人たちが集まった組に入ってしまった。このメンバーの中では出久と私の個性は少し不利に見えるかもしれない。でも私も出久もこの数日間、職場体験で学んだことを生かすチャンスだ。此処で逃すわけにはいかない。意識を集中させ、一度深呼吸する。

刹那、STARTの合図が鳴り響く。

するとスタート位置についていた6人が一斉に飛び出す。最初に飛び出したのは瀬呂くんだ。工場地帯特有の色々な配管や建物を利用して個性のテープを伸ばしては軽快に飛ぶように突き進んでいく。やはり速いし、彼にとってこの場所は利点が多い。だが、


「ちょーーっと今回俺にうってつけ過ぎ…」


ダンッ


「る…?」


余裕すら伺えていた瀬呂くんの横の傍で鳴り響いた大きな音と共に1つの影が勢いよく横切っていく。その存在に誰もが驚いていた。


「うってつけ過ぎる!修行に!」


個性を発動しているのであろうバチバチと微かな閃光を纏った出久が尾白くんや飯田くんを追い抜いて建物の間に張り巡らされた配管などを足場に軽快に飛ぶように走り抜けていく。


おおお緑谷!?何だその動きィ!!?


その動きに誰もが驚き、あっという間に追い抜れた瀬呂くんが声を上げる。ぴょんぴょんと飛び回るように動く出久にどこか彼の姿―…勝己の動きを重ねていた。そう、まるで勝己が戦闘時に動きまわる時のように、上空を移動するときのような動きを意識しているのか無意識なのかは分からないが似ている気がした。
そんな背中を見つめながら私も一気に加速をかけるためにバリアを張っては消し、足場になる地点と着地する地点を意識しながら個性を駆使して出久を追う。


「ッソだろ!!」

「んで?誰のうってつけだって?」

「あ、眞壁!」

「おっ先〜!」


遠くで「緑谷ーー!?飛んでんのー!?」「骨折克服かよ!」という芦戸ちゃんと尾白くんの声が聞こえる。そんな2人も上から追い越していく。どんどん距離が遠のいていく出久の背中を見つめながら叫ぶ瀬呂くんの傍を横切る。油断してる場合?とばかりにニヤリと笑いながら瀬呂くんを一気に追い越し出久を追う。待て!というような声が聞こえた気がしたが、待つわけがない。リズムをとるように個性と自身の脚を駆使してゴールに向かって駆け抜ける。と、


「あ、」


突然自分の前方を走り抜けていた出久の姿が、私の視線の先で建物と建物の間に落ちていくのが見え、思わず声が零れた。



―――…



「フィニーーーッシュ!」


数分後。オールマイトが待機していた建物の屋上では"助けてくれてありがとう"と描かれた襷をかけた瀬呂くんが1位を強調するように人差し指を立てて仁王立ちしていた。


「バカ出久め。つい手が出てしまったじゃないか」

「…め、面目ない」

「集中力が足りないぞ」

「お、仰る通りでございます…」


屋上に突っ伏している出久の傍らで膝を抱えるようにしてしゃがみ込みながらブツブツと出久を責め立てるように呟く。反論が出来ない出久が弱弱しい声で返事を返す。そう、それもこれもレースの途中、前を飛んでいたはずの出久は私の視線の先で足を滑らせ、建物と建物の間に落ちていった。それを目撃してしまった私は思わず自分の足場を確保しつつバリアを張って出久が地面に叩きつけられるのを阻止するために足を止めてしまったのだ。


「一番は瀬呂少年だったが皆 入学時より"個性"の使い方に幅が出てきたぞ!!この調子で期末テストへ向け準備を始めてくれ!!」

「「「「はい!」」」」


オールマイトの講評に元気に返事を返した他のメンバーに追い抜かれ、結局私は5位。出久は最下位という結果に終わってしまったのだ。折角お互いに最初は良い感じに飛ばしてたのに残念でならない。まぁ、仕方ないかと息を吐きながらゆっくりと立ち上がる。


「(…そっか。もうすぐ期末か)」


では次の組〜と声を掛けるオールマイトに合わせてゾロゾロとモニターのある場所に移動しながらオールマイトの言葉にフと期末テストの存在を思い出す。体育祭から職場体験など色々なイベントに意識が向いていてすっかり忘れていたが、筆記と演習試験のある期末テストに備えてこれからは更に勉強も体力もつけていかないと…と改めて思った。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -