― Prrrrrr…

高鳴る心臓を押さえつけながらスマホを耳に当てる。数回の呼び出し音が鳴る度に脳裏を過ぎる父親の顔。面構さんたちが病室を去る前に言い残したその一言に私は一目散に病院の電話の掛けられるスペースまで松葉杖をつきながら慌てて移動した。


「経緯は簡易的に説明してはいるが、一応事件に巻き込まれたということで親御さんたちには検査のために病院に居るという事で連絡してあるんだが…眞壁くん。君のお父さんには連絡がつかなかったので留守電に―…」


その瞬間、私は凍り付いた。一応連絡しておいてね。なんてこっちの心境も知らないで、大人たちは部屋を後にする。取り残された出久たちは一瞬静まり返る室内で顔を見合わせてホッと息を吐いていたが、私はスッと立ち上がり痛む足も気にせずに「ちょっと出てくる」と言い残して松葉杖をつきながら部屋を後にした。後ろで出久が何か声を掛けようとしていたけれど内心それどころじゃなかったからそのまま出てきてしまった。急いで、急いで電話しなきゃ。


「≪発信音の後にメッセージをどうぞ―…≫」


数回の呼び出し音の後、プツリと音声案内へと切り替わる。仕事が忙しいのだろう。電話越しとはいえ直接言うのは何だか怖かったので内心ホッと一息ついていれば録音準備が出来たことを知らせる発信音が聞こえ、手短に用件だけを話す。


「帷です。仕事忙しいのに御免なさい。警察の人から連絡が入ってると思うけど心配しなくて大丈夫です。…とにかく迷惑かけて御免なさい。……それじゃ」


早口になってしまったが、内容は分かるだろう。これで父親から折り返し掛かってくることはないハズだ。何も心配いらない。本当のことを知らせただけだ。向こうは仕事で忙しいのだから、これぐらいの怪我で時間をとってしまっては申し訳ない。お父さんにはお父さんの方で一生懸命頑張ってもらわなくては。ピッと素早く通話終了ボタンを押し、息を吐く。これで一安心だ。
と、不意に通知が入ってLINEを開く。切島くんからだった。学校から連絡が入ったのか私たちが事件に巻き込まれて今病院に居ることを知ったらしい。怪我は大丈夫か、なんて優しいコメントを見て先ほどまでの緊張感はどこへやら。思わず笑みが零れる。
大丈夫だよと自分の状態を返信し、そのまま今度はゆっくりと杖をついて病室へと戻る。ガラガラと大きなバリアフリーの扉を開け、3人の居る病室に戻るとそこに出久は居なかった。轟くんと飯田くんが個々のベッドの上に腰かけている。


「あれ?出久は?」

「嗚呼、眞壁の後に電話が入って出ていった」

「そっか」


出久が居ない理由を聞きながら扉を閉め、そっと空いているベッドに腰を下ろす。松葉杖を傍の壁に立てかけ、息を吐く。


「大丈夫か?」

「え、」

「いや、顔色変えて飛び出していったから気分でも悪りィのかと」

「う、ううん!全然大丈夫」


急に声を掛けられ驚き視線を上げた先で轟くんが深刻そうな顔で私の事を見ていた。そんな顔してたかと思うが、きっとそうなんだろう。それぐらい心に余裕がなかったし、変に出てったものだから心配してくれたようだ。とりあえず気分が悪かったと思ってくれてるのをそのままに本当のことを話せるわけもなく、ありがとうと返したが轟くんは少し複雑そうな顔を浮かべたままだったように感じた。そして彼が何か言おうとして口を開いたとき、
と、そこに扉が開いてスマホを片手に出久が病室に帰ってきた。心なしか少し嬉しそうな表情を残したまま入ってきた出久は私を見て帷ちゃん先に帰ってきてたんだね、なんて言うから素直に「うん」とだけ返しておいた。


「あ、飯田くん。今 麗日さんがね…」

「緑谷、眞壁」


私から視線を飯田くんに戻して、声を掛けた出久だったがその言葉は深刻な顔をしたままの轟くんによって遮られる。


「飯田 今、診察終わったとこなんだが」

「………?」


どうやら私と出久が病室を空けている間に診察が来ていたらしい。そのうち私のところにも来るだろうかとか思っている間もなく、真剣な面持ちを崩さないままの轟くんと飯田くんに私も出久も頭に?を浮かべたまま彼を見る。


「左手 後遺症が残るそうだ」


静かに飯田くんの口から告げられたその一言に一瞬、呼吸が止まる。


「両腕ボロボロにされたが…特に左のダメージが大きかったらしくてな。腕神経叢という箇所をやられたようだ。とは言っても手指の動かし辛さと多少のしびれぐらいなものらしく、手術で神経移植すれば治る可能性もあるらしい」


迂闊だった。治療してもらえばすぐに治る傷だと侮っていた。いや、私たちはあくまで動きを封じるためにつけられた傷で、飯田くんの傷は本当に殺そうと思ってつけられた傷だ。その重度は明らかに彼の方が上だという事など分かり切っていたことだ。分かっていたのに、自分の軽傷に甘んじてすっかり頭から抜け落ちていたのだ。


「ヒーロー殺しを見つけた時何も考えられなくなった。マニュアルさんにまず伝えるべきだった。奴は憎いが…奴の言葉は事実だった」


飯田くんは自分自身の行動に後悔していた。その気持ちは痛いほどに分かる。私もきっと飯田くんだったら同じ行動をしてしまうだろうと分かっているから。でもその行動に伴う代償も少なからずあることを忘れてしまってはいけないのだ。
自然と握られた自分の拳の奥にある怒りとどこまでも続く喪失感は以前に体験したことのある感情だ。そんな思いをしてまで体を張っても、何も、何も残らない事を私は知っている。


「だから、俺が本当のヒーローになれるまでこの左手は残そうと思う」


覚悟を決めたような力強い声だった。静かに、でも心の奥底から出てきたようなその言葉に私は何も言えなかった。飯田くんは今回の出来事を忘れないために、自分が自分自身を許せるその日が来るまで後悔を背負って進んでいくことを決めたのだから。あ、と出久が少し口を開いたがすぐに閉じて一度言おうとした言葉を飲み込んでから口を開いた。


「僕も…同じだ」


きっと出久も私と同じく、あの時私たちがもっと強く言っておけば良かったと謝るのは彼に対して失礼だと思ったから別の言葉を口にしたのだろう。


「一緒に強く…なろうね」


傷だらけの拳を差し出しながら静かに言う出久に思わず笑みが零れる。出久の傍のベッドに腰を下ろしたまま、出久と同じようにスッと拳を差し出し二カッと笑う。


「私も混ぜてよね」


少し驚いたような表情を浮かべた飯田くんが、静かに鼻から吐息しながら少し困ったように微笑んだ。職場体験に向かうべく駅で別れたあの時の笑顔とはまるで違う顔で、あの時感じた不安感など微塵も感じないぐらいのいつもの飯田くんの優しい穏やかな表情だった。


「なんか…わりィ…」

「何が………」

「え、轟くん、何かした?」


そんな中、何かを思い出したかのように轟くんが真剣な表情で急に謝罪したので思わず3人で彼の方をほぼ同時に振り返る。え?何も轟くん悪いことなんてしてない。むしろ一緒に現場に駆けつけてくれたお陰でみんな助かったといっても過言ではない動きをしてくれたはずだ。


「俺が関わると…手がダメになるみてぇな…感じに…なってる…」


言葉を失う、とは将にこの事か。3人して真剣な顔のまま自分の手を見つめている轟くんを凝視する。そして脳内で理解が追い付くと同時に込み上げてくる感情に抑えられなくなって遂に噴き出す。


「あっはははは 何を言ってるんだ!」

「くくくくっ…何を、言い出すのかと思えば…!」

「轟くんも冗談言ったりするんだね」

「いや、冗談じゃねえ。ハンドクラッシャー的存在に…」

「「「ハンドクラッシャーーー!!!」」」


もはや清々しいほどに笑う飯田くんと出久に、笑いを堪えきれずにお腹を押さえながら若干涙目になっている帷。そして止めにまさか轟くんの口から出たとは思えないようなその言葉の破壊力と、至って轟くん本人は真面目と言う事が重なり更に面白く感じてしまう。此処が病院だと言う事も忘れて3人で大笑いした。



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