一夜明け―…保須総合病院。

その後、立ったまま気を失っていたヒーロー殺しは無事に駆けつけた警察が身柄確保。あちこちに現れた脳無の騒動も各所に駆けつけてくれたプロヒーローたちの活躍により収まった。
私たちはというと、その怪我の具合からすぐに病院に検査入院という形で半ば強制連行。私一人が別室で出久と飯田くんと轟くんが同室だったため、一夜明け彼らの部屋を訪れていた。3人の病室の空ベッドに腰を下ろしながらふうと息を吐く。


「冷静に考えると…凄いことしちゃったね」

「そうだな」


ついさっきの出来事を思い出すかのように呟く出久に静かに納得する。出久は脚、轟くんは腕に包帯を巻き、帷自身はというと肩と脚に包帯を巻いてはいるが、傷自体はそれほど深くなかった事と病院の手当てによって生活に支障はないぐらいだ。軽く室内のみんなを眺めなら傷の具合を確認する。一番重傷だったのは飯田くんだろう。両腕にギブスをはめ、腕を吊っている。今は動かせない、動かしてはいけない状態なのだろう。


「あんな最後見せられたら、生きてるのが奇跡だって…思っちゃうね」


脳裏に浮かぶのはあの今にもこちらを殺さんとばかりに放たれていたヒーロー殺しの恐ろしい気迫。奴の個性が発動したわけでもないのに、あの場の誰もが動けずにただただ立ち尽くしていた。あの、エンデヴァーさえも。
少なくとも、帷は今でも恐怖を覚えている。出久の言う通り、あんな奴の最後をみたら自分たちが生きてるのが不思議なぐらいだ。つい数時間前にはあんな化け物(ヴィラン)を子供4人で相手にしていたかと思うと、本当に夢のようだ。


「僕の脚…。これ多分…殺そうと思えば殺せてたと思うんだ」

「確かに。あくまで奴が私たちを傷つけたのは個性を使って動きを止めるため」

「ああ。俺らはあからさまに生かされた」


自分の脚に巻かれた包帯を見ながら言う出久に頷きながら、自分の肩の包帯を服の上から触れる。私たちは自分たちで生き残ったんじゃない。ヒーロー殺しに殺意を向けられていなかったから。相手が本気になっていなかったから。轟くんの言う通り、"生かされた"のだ。


「あんだけ殺意向けられて尚、立ち向かったお前はすげえよ」

「助けに来たつもりが逆に助けられたよねー」

「いや…違うさ。俺は―…」

「おおォ 起きてるな怪我人共!」


加勢に来たつもりがいつの間にやら助けられてた。吐息しながら小さく微笑む。これは本当だ。唯一あのネガティブさんと同様に殺意を向けられながらも戦った飯田くんこそ、凄い。そんな飯田くんが言いかけた所でガラ…と病室の扉が開き、聞き覚えのある声が飛んでくる。ベッドに座る形で話していた帷を含む4人がそちらに一斉に視線を向けた。
まず反応したのは出久と飯田くんだった。「グラントリノ!」「マニュアルさん…!」と現れたヒーローの名を口にする。ヒーロー殺しを路地裏から連れ出した時に飛んできた小さい老人ともう一人。飯田くんの職場体験先のプロヒーローのようだ。そして、


「が、我煙さん」

「ん。元気そうで何よりネ」


手をヒラヒラさせながらいつもの笑顔を浮かべている我煙さんの姿。どうやらあの後無事に脳無を倒し、人命救助にも一役買ったらしい。もちろん、私がヒーロー殺しと戦闘になったことも知っているし、事務所の金床さんにもこの事は耳に入っているだろう。
出久や飯田くんの職業体験先のヒーローたちが来ていることを見れば、一応私にとって今回の事件時の保護管理者のプロヒーロー"煙ヶ羅(えんえんら)"として我煙さんが来たのだろう。金床さんは所長だし忙しいのかもしれないが、内心我煙さんが来てくれてホッとしている自分が居た。


「すごい…グチグチ言いたい…が」

「あっ…す…?」

「その前に来客だぜ」

「「「 ? 」」」


出久に何か色々と言いたそうだったが、グラントリノの言葉に自然と病室の扉の前に立つもう一つの影に気づくと自然と腰かけていたベッドから轟くんと飯田くんが立ち上がる。


「保須警察署署長の面構犬嗣さんだ」

「面構!!」

「署…署長!?」

「掛けたままで結構だワン」


思わず出久と共に驚きの声を上げてしまう。そこに居たのは犬面の人…というより首から上は完璧に犬だ。犬人間と表現すれば分かりやすいか。恐らく個性なのだろうが、何というか、インパクトが強すぎる。しかも警察署の所長だというのだから驚かない訳ない。飯田くんと轟くんに習ってベッドから立ち上がろうとすると出久と私の脚の具合を知ってかそのままで、と掌で制してくれたのでそのまま座り直し、きちんと面構署長の方へと体を向けた。


「君たちがヒーロー殺しを仕留めた雄英生徒だワンね」


ワン…。いや、もうそこには突っ込まないでおこう。やんわりとした口調で言葉を続ける面構署長。幾らヒーロー殺しの件が関わっているとはいえ警察官や学校関係者ならまだしも、どうして"署長"がこんなところに来たのだろうか。


「ヒーロー殺しだが…火傷に骨折となかなかの重傷で現在治療中だワン」


火傷は轟くん、骨折は飯田くんだろう。一瞬だけ2人が微かに反応したのが分かる。やんわりとした口調から始まった話だが、面構さんの声色は真剣みを帯びてくる。徐々にその雰囲気に何となく嫌な予感が走る。


「超常黎明期…警察は統率と規格を重要視し、"個性"を"武"に用いない事とした。そしてヒーローはその"穴"を埋める形で台頭してきた職だワン。個人の武力行使…容易に人を殺められる力」


ドキリ。心臓が高鳴る。脳裏を過ったのは、赤。目の前に広がる赤い海に横たわる、見覚えのある人の姿。動かないし、何も話さない。ついさっきまで会話して、一緒に買い物してたその人が一瞬の内に意図も簡単に―…そこまで考えて止めた。


「本来なら糾弾されて然るべきこれらが公に認められているのは先人たちがモラルやルールをしっかり遵守してきたからなんだワン」


小さく深呼吸して、一度だけ目を伏せて目を開く。景色は病室。先ほどまでの記憶を一度なかったことにする。今は今に意識を向けなければ。そのまま静かに真っ直ぐに面構さんを見る。署長直々に来て、私たちに言いたいことが見えてきた。


「資格未取得者が保護管理者の指示なく"個性"で危害を加えたこと。たとえ相手がヒーロー殺しであろうともこれは立派な規則違反だワン


そう。私たちはヒーローの卵であって"ヒーロー"じゃない。増してや今回は職場体験学習中…先生たちだけじゃない、職場体験先のプロヒーローたちも巻き込んで…指示を仰ぐことなく戦闘。相手が誰であり危害を加えたのだ。つまり、


「君たち4名及びプロヒーロー エンデヴァー、マニュアル、グラントリノ、煙々羅(えんえんら)。この7名には厳正な処分が下されなければならない」

「!」


冷静に考えれば、知っていたし分かっていたハズの事。そう、私たちが自ら判断し行った事はすべて規則違反。それを破れば厳罰な処分が下されるのは当然の事。警察を含めた世間が敵を取り締まる上で、歴代のヒーローたちも守ってきた規則を、私たちは破った。
病院に着いてからしばらく経った頃にふとヒーロー殺しと対峙したことを思い出して、もしかしたらと思ってはいたが実際にこう、言葉にして言われると衝撃が強い。それも自分たち以外にも多大な迷惑が掛かっていたことも改めて実感する。思わず、嫌な汗が噴き出した感覚がした。


「待って下さいよ」

「轟くん……」


面構さんの言葉に"待った"をかけたのは意外にも轟くんだった。


「飯田が動いてなきゃ"ネイティヴ"さんが殺されてた。緑谷が来なけりゃ2人は殺されてた。眞壁の援護がなきゃ今頃俺たちみんなどうなってたか…。誰もヒーロー殺しの出現に気付いてなかったんですよ。規則守って見殺しにするべきだったって!?

「ちょ、轟く―」

結果オーライであれば規則などウヤムヤで良いと?


身を乗り出して珍しく声を荒げる轟くん。彼がここまで感情的になるなんて珍しいななんて思いながらも轟くんを落ち着かせようと出久が手を出し、私が彼に声を掛けるがそれよりも前に面構さんがピシャリと轟くんの言葉を切り捨てた。とても真っ当な、理由だ。間違いではない。


―…人をっ…助けるのがヒーローの仕事だろ


面構さんの言葉が正しいからこそ、絞り出した言葉で言い返す轟くんがとても悔しそうだ。いや、轟くんの意見も正しい。ヒーローは人を助けることが仕事だし、そのために個性を駆使するのだ。でも、でも、今回の轟くんの言葉は言ってしまえば感情論だ。世間には―…正論には勝てない。


「だから…君は"卵"だ。まったく…。良い教育をしてるワンね。雄英も…エンデヴァーも」

この犬―…

「やめたまえ もっともな話だ!!」

「少し落ち着いて!」


溜息を吐きながら言う面構さんに轟くんが更に一歩前に出る。これは下手をしたら感情のまま最悪な結果になるかもしれない。これ以上立場を悪くするのはこちらも、もちろん警察側も望んではいないハズだ。轟くんの背中側に立っていた飯田くんが先に声を上げ、彼の傍のベッドに腰かけていた私も彼の腕を掴んで制止させる。少し、熱い。


「まァ…話は最後まで聞け」


そんな轟くんの目の前に見兼ねたのかグラントリノが片手で制しながら立ちふさがる。まだ話に続きがあるという言い回しに私も他のみんなも面構さんを改めて見つめた。


「以上が――…警察としての意見。で、処分云々はあくまで"公表すれば"の話だワン」


え、と思わず声が出そうになる。それってどういう…いや、分かっている。理解したのだ。掴んでいる轟くんの腕に籠っていた微かな力も少しずつ抜けていく感覚がある。彼も察したのだろう。面構さんが考えているその結果の話を。だから静かに彼の腕を離した。


「公表すれば世論は君らを褒め称えるだろうが処罰はまぬがれない。一方で汚い話、公表しない場合 ヒーロー殺しの火傷跡からエンデヴァーを功労者として擁立してしまえるワン」

「それって…」

「幸い目撃者は極めて限られている。この違反は此処で握りつぶせるんだワン。だが君たちの英断と功績も誰にも知られることはない」


その声色に先ほどまで正論を並べ、規則を破った私たちを責めている雰囲気はまるでない。目撃者が少なく口止めも簡単で、倒したのはプロヒーローという話を立ち上げるのも造作もない状況。静かに、冷静に、最善の結果を述べている面構さんに私たちは開いた口がふさがらない。


「どっちがいい!?一人の人間としては…前途ある若者の"偉大なる過ち"にケチをつけさせたくないんだワン!?」


世間で褒め称えられてもその罰はきっと一生付き纏う。幾ら行った行為が仕方なかったからと言って感情論をぶつけても結果は結果。規則は規則だ。それでもこの目の前の大人たちは私たちを出来るだけ護ろうとしている。私たちの行動を若者にある"過ち"という名目で隠蔽できる道を示してくれている。嗚呼、とても、護られている。


「まァどの道 監督不行届で俺らは責任取らないとだしな」

「申し訳ございません…」

「…私が勝手に動いたばかりに…すみません」

「ハハ、こればかりは本当のことだし仕方ないネ」

「よし!他人に迷惑かかる!わかったら2度とするなよ!」


涙目になりながら呟くマニュアルさんに深々と頭を下げる飯田くん。思わず私もにこやかな笑顔のままの我煙さんに頭を下げる。避難誘導を任されたのに、勝手に現場を離れて戦闘になったのは自分のせいなのに我煙さんはまるで気にしないとばかりにまた笑う。その横でマニュアルさんが言い聞かせるように飯田くんの頭に軽く手刀を落とす。
出久、飯田くん、轟くんとお互い視線を合わせて一度小さく頷く。みんな答えは出ているし、どうやらその答えはすべて同じようだ。ゆっくりと深々と面構さんに頭を下げる。


「……よろしく…お願いします」


称賛の声も功績も、認められれば嬉しいだろう。でも、それ以上に私たちが雄英生で居られて、これからもヒーローを目指して突っ走っていける。それだけで十分だ。子供という立場をに甘んじてその提案を受け入れる。まだまだ私たちは弱く、守られる側なのだと改めて思う。


「大人のズルで君たちが受けていたであろう称賛の声はなくなってしまうが…せめて、共に平和を守る人間として…ありがとう!


今度は面構さんが深々と私たちに頭を下げてお礼の言葉を述べる。他の警察官や関係者からこのことが世間に漏れることを恐れて署長直々に会いに来て、話してくれたのだろう。本当、人が悪いんだから。私たちの秘密を知ってくれている人が1人でもいれば良い。称賛なんて、要らない。今回の件は本当にありがたい話だが、今後同じことを起こさないようにと念を押されてしっかりと返事をする。この件を胸に、今後の活動もしっかり考えることが大事だと思う。

思わぬ形で始まった路地裏の戦いは こうして人知れず終わりを迎えた。

ただ―…その影響もまた人知れず 僕らを蝕んでいた。



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