「さすがごみ置き場、あるもんだな」


本当にそう思う。とりあえず得物という得物をすべて取り上げ、ごみ置き場に放置されていたロープで気を失ったままのヒーロー殺しをグルグルに巻き上げるとそのまま引きずるようにして大通りに出る。大通りに出れば一安心だ。


「轟くん、やはり俺が引く」

「おまえ腕グチャグチャだろう」


ヒーロー殺しを引き摺る轟くんに声を掛ける飯田くんだが、確かに飯田くんの方が重傷だ。引きずるにも彼の腕は人ひとりを引きずっていけるほど力が残っているとは思えないほどに傷が深そうだ。無理しない方が良いよと声をかければ眞壁くんこそ、と言われてしまった。確かに。そう言われてしまえばそこまでだ。


「こっちは良いから眞壁に肩貸してやってくれ」

「え、私はいいよ。大丈夫だよ」

「足やられてんのに何言ってんだ」

「う、」

「遠慮するな、眞壁くん。俺の肩を使ってくれ」

「め…面目ない」


実はヒーロー殺しに刺された足が痛くて本当は引き摺って歩きたいところを隠して歩いていたはずなのにどうやら轟くんには見抜かれてしまったらしい。お互い怪我人なのに誰かに頼るなんて出来る訳ないと思っていた分、轟くんも飯田くんも優しくて助かった。


「悪かった…プロの俺が完全に足手まといだった」

「いえ…1対1でヒーロー殺しの"個性"だともう仕方ないと思います…強過ぎる…」


路地裏で飯田くんと同じくヒーロー殺しに狙われていたプロヒーローの男性…ネイティブさんがすっかり動けなくなってしまった出久を背負いながら謝罪した。しかし出久の言う通り、あの個性に対して1対1ではあまりにも分が悪すぎる。


「4対1の上にこいつ自身の"ミス"があってギリギリ勝てた。多分焦って緑谷の復活時間が頭から抜けてたんじゃねえかな」

「だから飯田くんの動きはともかく、出久の動きに対応してなかったんだ」


轟くんの言葉に成程、と納得する。飯田くんに執着するあまり、動きを封じた出久のことがすっかり頭から抜け落ちていたのだろう。それに加え、まさかあのタイミングで2人同時に仕掛けられれば幾らヒーロー殺しと言えども避けるのは難しかっただろう。
でも、そのヒーロー殺しのミスがなければ今頃私たちもどうなっていたか正直分からない。轟くんの言う通り、4人で"ギリギリ"勝てたのだ。恐ろしい相手だった、と今更ながらに痛感する。飯田くんの肩に支えられながらチラリと轟くんが引くヒーロー殺しに視線を落とした、その時だ。


「む!?んなっ…何故おまえがここに!!!」

「グラントリノ!!!」

「座ってろっつったろ!!!」

「グラントリノ!!」


え、と声を零す間もなく、突如視線の先に現れた小さな老人が声を張り上げたかと思えば一瞬の内にネガティブさんに背負われた出久の顔面に蹴りを喰らわせていた。老人はヒーロースーツであろう衣服を身に纏っている上、出久の反応からするに恐らく出久の職場体験先のヒーロー…少なくとも知り合いであることは確かだ。


「まァ…よう分からんが、とりあえず無事ならよかった」

「グラントリノ…」


ごめんなさいと謝る出久に未だ怒りは収まっては居ないものの落ち着きを取り戻した老人ヒーローがふうと息を吐く。とりあえず1人でも大人と合流できるとこんなに安心するものなのかとそのやり取りを見ていると、


「細道…ここか!?」

「あれ?」


ちらほらと集まってきた大人たちの姿。轟くんの言っていた応援要請を受けたプロヒーローたちが今到着したのだ。ホッと小さく息を吐きながらも内心ちょっと遅かったな…とか思っていた。


「エンデヴァーさんから応援要請承った。んだが…」

「こども…!?」

「酷い怪我だ救急車呼べ!!」

「おいこいつ…ヒーロー殺し!!?」


手負いの子供4人とプロヒーロー1人。そして縛り上げられているヒーロー殺しの姿にプロヒーローたちは困惑した様子だった。そりゃぁ、応援要請を受けてきてみれば、ヒーローの卵と言えど子供がヒーロー殺しを縛り上げて立っているのだ。びっくりしない方が可笑しい。大人たちよりも自分たちの方が酷く落ち着いていて、何だか変な光景だった。


「あいつ…エンデヴァーがいないのはまだ向こうは交戦中ということですか?」

「ああそうだ脳無の兄弟が…!」

「ああ!あの敵(ヴィラン)に有効でない"個性(やつ)"らがこっちの応援に来たんだ」


ネイティブさんの背中から乗り出すようにして言う出久の言葉に帷は「やはり」と思った。やはりあれはUSJ襲撃事件時に脳無…もしくはそれに近いものと断定して良いようだ。
この路地裏に集まる前、出久のところでも出現したとなれば複数が多カ所に存在したことになる。それも同時刻に、様々な脳無が暴れまわっていると考えただけで恐ろしいが、もっと恐ろしいのはヒーロー殺しの背景に見えた影―…敵(ヴィラン)連合との繋がりだ。最初から考えるとタイミングが良すぎるのだ。脳無による混乱、それに乗じたヒーロー殺しの出現もすべてに置いて、良すぎたのだ。


「3人とも…僕のせいで傷を負わせた。本当に済まなかった…」

「飯田くん」


私の横でポツリ、ポツリと飯田くんが声を発しながら頭を下げた。その微かに震えたような声に私も轟くんも出久も彼を見る。


「何も…見えなく…なってしまっていた……!」


言葉を発すると同時にポタリ、ポタリとアスファルトに雫が落ちる。それが飯田くんの瞳から零れ落ちた涙だと理解するのにそう時間は掛からなかった。お兄さんが襲われた時もきっと辛かったはずなのに皆の前では弱音一つ吐かずにいつも通りにしていたあの飯田くんが、泣いている。


「僕もごめんね。君がそこまで思いつめてたのに全然見えていなかったんだ。友達なのに…」


出久の言葉に私も轟くんも小さく頷きながら彼を見ていた。いつも通りに振る舞う君は辛い感情を隠すのが上手すぎて。誰かに助けを求めることもできたはずなのに、あえてそれをしないもっと辛い道を選んでしまった。いや、助けを求めていた彼の心を私たちは見逃していたのかもしれない。もっと彼の事気にかけてあげれば良かったのに、自身の職場体験の事でいっぱいいっぱいになり過ぎていただけなのかもしれない。だから、泣かないでほしい。友達として。


「…もう、しっかりしてよ」

「委員長だろ」

「………うん…」


照れ隠しを含んだ笑みを浮かべながら帷はもう泣かないで、と彼の肩に置いていた手を背中に下ろしトントンと軽く叩いてあげる。大丈夫。もう大丈夫だからと子供をあやすように少し背中を撫でて上げると彼はボロボロの腕で涙をぬぐった。

何とかプロヒーローたちとも無事合流出来たことだし、あとはヒーロー殺しを警察に引き渡せば一件落着だ。スマホの時刻を見てハッとする。あれだけ長く感じた戦いが時間にすると5〜10分程度の出来事だったのだ。それだけ戦いに集中していたのだろ――…


「伏せろ!!」

「え?」


出久にグラントリノと呼ばれていた老人が突如声を張り上げ、みんながそちらを振り返る。と、そこには翼のついた脳無が風を切って飛んでいる。目を凝らすと少し手負いの様子。誰かと応戦していたが逃げてきたのかと思っていた横でプロヒーローの一人が「敵!!エンデヴァーさんは何を……」と焦った様子で真っ直ぐこちらに向かってくる脳無に向けて声を張り上げていた。

ビュオっと風を切り上空を滑空していく脳無に誰もが身構え、体制を低くする。帷自身も身をかがめる飯田くんの横で頭を下げながら視線を落とす。と不意にガシリと何かが何かを掴んだような音が風を切ると共に聞こえた気がして顔を上げる。ドサリと目の前で倒れるネイティブさんの背中に居たはずの彼の姿がない。


出久!!!


気が付いた時にはかなり上空へと向かって飛び去る脳無に拘束され、出久が声を上げる間もなく攫われていた。行かなければ、と思い足を動かした途端に走る激痛で態勢を崩しアスファルトに思わず膝をつく。


「やられて逃げてきたのか!」


パタパタと手負いの空飛ぶ脳無から落ちる赤い雫がアスファルトを汚す。顔を上げた帷の視線の先で個性を発動させようとしているのか構えているグラントリノと轟くんが氷を発動させようと手を伸ばして背中が見えた。


「わあああ!!」


出久の声が遠のいていく。待って、待って。なんで、こんな。こんな展開になるなんて―…這ってでも動こうとする私の傍らで飯田くんも動かねばと思ったのだろう、立ち上がろうとしているのが視界に入る。すべての人のすべての動きがスローモーションのように思えた。それぐらい、体が酷く重く感じた。

その場の誰もが"マズイ"と思った刹那、脳無の動きが不自然に止まる。飛行力を失い、フラッと地面に吸い込まれていくように高度を下げていく脳無に誰もが理解不能に陥る。一体何が起こったのか、どうしたというのか誰にも分からない。…次の瞬間、目の前で起こった光景を見るまでは。


「偽物が蔓延るこの社会も。徒に"力"を振りまく犯罪者も」


脳無の背に現れる影。振り下ろされたナイフが脳無の頭に突き刺さる。ゾワリと背筋を駆け上るこの感覚。チラリと周囲を見渡すと先ほどまで縛られていたはずのヒーロー殺しの姿が無い。いや、いつの間にロープを解いて移動したのか、ヒーロー殺しは脳無にナイフを突き立てていた。


「粛清対象だ…」


ヒーロー殺しは脳無にナイフを突き立てたまま、これまた器用に出久を抱えて地面に着地する。ハア、ハアと苦しげに息をしながら地面に伏した脳無に止めとばかりに更に深くナイフを突き立てると脳無は動かなくなった。


「全ては 正しき 社会の為に」


そのヒーロ殺しの言動に気付くと私たちは固まっていた。どうして彼が脳無を殺したのか理解できなかった。先ほどまで敵連合と繋がっていると思っていたのに、どうして仲間…協力関係にあるはずのそれを躊躇なく殺したのか全くもって分からなかった。


「助けた…!?」

「バカ人質とったんだ」

「躊躇なく人殺しやがったぜ」

「いいから戦闘態勢とれ!とりあえず!」


態勢を整え、構えに入るプロヒーローたちの声にハッとする。そうだ。脳無から助かったとはいえ、依然出久はヒーロー殺しの手の中。危険な状況に変わりはない。固まっていた体を動かし、いつでも個性を発動できるよう手を伸ばした。


「何故一カタマリでつっ立っている!!?」


新たに路地から響く大きな声。聞き覚えのあるその声に一斉にみんなが振り返る。


「そっちに1人逃げたハズだが!!?」

「エンデヴァーさん!!」

「あちらはもう!?」

「多少手荒になってしまったがな!」


路地を抜け、現れたのはオールマイトに次ぐNo.2のフレイムヒーロー・エンデヴァー。そして、轟くんのお父さんだ。どうやら敵を撃退し、逃げた脳無を追って来たらしい。


「して…あの男はまさかの…」


身構えるプロヒーローたちからエンデヴァーの視線が動く。彼が捉えたのは誰でもない、脳無を殺し、未だに出久を地面に押さえつけているヒーロー殺しの姿。ゴオッとエンデヴァーの纏う炎が強く燃え上がる。


「ヒーロー殺し―――!!!」

「待て 轟!!」


激しく燃え上がった炎を纏い、今にもヒーロー殺しに向かって個性をぶつけようとしているエンデヴァーをグラントリノが制する。何か、様子が、変だ。せりあがってくるその感情に帷も動きを止めた。


「贋物…」


出久から手を離し、ゆっくりと立ち上がったヒーロー殺しの眼が真っ直ぐにエンデヴァーとその背後に居る自分たちを射抜く。狂気と怒りの入り混じったようなその殺気に思わず息が詰まる。その殺気を向けられているのはエンデヴァーのはずなのに、その場の誰もがヒーロー殺しの尋常ではない殺気に気圧されていた。


「正さねば――…誰かが…血に染まらねば…!」

「―――…!!」

「"英雄(ヒーロー)"を取り戻さねば!!」


体が、動かない。声が、出ない。震えが、止まらない。膝をついたまま座り込むような形の私は立ち上がることも出来ずにただただこちらに向けられるそのヒーロー殺しのドストレートな感情に恐怖を抱いていた。怒りだけじゃない。憤りでもない。何だ、これは。今までに感じたことのある恐怖とはまた違った、味わったことのない恐怖に脳内が染められていく。


「来い 来てみろ贋物ども」


重い一歩をこちらに踏み出し、声を張り上げるヒーロー殺しに誰も立ち向かえない。動きは遅いがその重い一歩を更に踏み出しこちらに近づこうとしてくるヒーロー殺しから放たれるそれはもはや執念を超えている。怖い。ただひたすらに恐ろしい。それしか感情を持ち合わせていなかったかのように脳は考えることを止め、自分自身へ恐怖を抱かせている対象に対して拒否反応を示すように警鐘を鳴らしている。


「俺を殺していいのは 本物の英雄(オールマイト)だけだ!!


ビリビリと空気を伝って感じるほどの気迫とその魂の籠った叫びに、ドッと音を立ててプロヒーローの1人がついに尻餅をつく。ヒーロー殺しの向こうで恐怖で顔が引きつっている出久の顔が見えた瞬間、フッと先ほどまでこちらに向けられていた空気が変わったのを感じた。


「……!気を 失ってる…」


初めに気づいたのはグラントリノだった。動きを止め、気迫も感情も消えた空気の中でポツリと呟かれたグラントリノの声に飯田くんと轟くんが糸が切れたように崩れ落ちる。


「ハッ…ハアッ……ハアッ…」


帷自身も今まで息をするのを忘れていたかのようにゆっくりと息を整える。それほどまでに緊迫していた事実に更に恐怖を覚えた。今までに味わった事のない感情に未だ震えが止まらない。周りのプロヒーローたちも動けなくなるほど、奴の気迫は本物だった。向けられた敵意も殺意も執念も全てに誰もが対抗できなかったのだ。

そして…後から聞いた話、この時ヒーロー殺しは折れた肋骨が肺に刺さっていたそうだ。誰も血を舐められてなんかいなかったはずなのに。奴の個性なんて発動していなかったはずなのに、あの場で一瞬 ヒーロー殺しだけが確かに相手に立ち向かっていた。



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