バチバチと閃光を纏った右腕を振りかざし、轟くんに迫るソイツに向かって一気に距離を詰める。少し驚いたように相手が僅かに「なっ?!」と目を見開いたのが見えた。そりゃぁそうだろう。防御であるバリアの個性を見せつけていた自分がまさかの攻撃に切り替えるなんて予想もしなかっただろうし、何より轟くんの陰から仕掛けてきた私の姿を捉えた時には既にその距離はかなり詰まっていて、お互いに退くことのできないタイミングだったから。ならば後は突き進むだけ。思いきり自身の個性で強化した拳を相手の顔面目掛けて振るった。


「……チッ!」

「甘い!!」


もう少しでクリーンヒットが決まるというところで相手が態勢を変えた。確かに当たった感触はあるが、それほど手応えがない。受け身を取られたというか上手くダメージを軽減するように受け流されたらしい。
腕に纏っていた閃光が消え、フラリと数歩退いた私に向かってグルンと空中で身を翻してその得物を振り下ろす。マズい。地面を蹴って距離を取ろうとするが間に合わない。と、


「眞壁退け!」


その声に合わせて帷が少し体制をズラすとそこからタイミングを計ったかのように勢いよくゴオォォォと背後に立っていた轟くんから放たれた炎がステインに向かって飛んでいく。不意を突いた攻撃にこれは避けられないだろうと射線上から慌てて距離をとった帷が視線をステインに向ける。しかし、


「氷に 炎」


静かに声が響く。轟くんの放った炎をステインは目にも止まらぬ速さで避けるとそのままの勢いで轟くんに迫る。なんでこれが避けられるのか。レベルが…桁が違い過ぎる。ふら付いた体をどうにか持ち直し、地面を蹴ろうと足に力を籠めるが轟くんと刀を構えたステインの距離はほぼ無いに等しい。


「言われたことはないか?"個性"にかまけ挙動が大雑把だと」

「化けモンが…」


このままでは轟くんの体が真っ二つにされてしまう。余裕はなかった。思い通りに動かない体を必死に動かしながら彼に向けて手を伸ばす。バリアを張るにもこれでは間に合わな―…。


レシプロ…


不意に耳に届いた小さな声。微かなエンジン音。ジリッと地面を踏みしめる音。視線の先でステインが「チィ…」と僅かに顔を曇らせたのが見えた。奴の視線の先は私ではない。更に後方だ。


「バースト!!」


ブワッと音の後にやってくる風。視線の先で飯田くんが轟くんに迫るステインの得物の刃を蹴り折る。バキイインと鈍い音と共に飛んでいく刃を横目に飯田くんが空中でグルンっと勢いをつけて一回転し、態勢を立て直すとそのままの勢いでステインに重い一蹴りをお見舞いする。とっさに受け身を取ったステインだが、その飯田くんの蹴りの速さに避けきれず吹っ飛ばされていった。


「飯田くん!」

「解けたんだ!」

「意外と大したことねぇ"個性"だな」


未だ個性の効果が切れていない出久を含め、私も轟くんも思わず表情が明るくなる。動けるようになればこちらのものだ。力んでいた体を解き、轟くんと飯田くんの傍らに並ぶ。微かにDRRRR…と飯田くんの個性のエンジン音が響いている。


「轟くんも緑谷くんも、そして眞壁くんも関係ないことで…申し訳ない……」

「またそんな事を……」

「だからもう、3人にこれ以上血を流させるわけにはいかない」


カツッと地面に刺さる、飯田くんが見事に蹴り折ったステインの得物の刃。どうやら彼の中で何かが吹っ切れたようだ。先ほどまで、自分たちに戦うことをやめてくれと懇願していた彼とは打って変わって、その表情はいつにも増して真っ直ぐで真面目だ。


「感化されとりつくろおうとも無駄だ。人間の本質はそう易々と変わらない」


しかし、こちらから距離をとったステインが怒りを含んだ声色で飯田くんを睨みつけている。思わず身構えるこちらを射抜くようなその視線にゾワリと背筋に嫌な感覚が走る。余程飯田くんのことが気に食わないようだ。


「お前は私欲を優先させる偽物にしかならない!"英雄(ヒーロー)"を歪ませる社会のガンだ。誰かが正さねばならないんだ」

「時代錯誤の原理主義だ」

「飯田くん、人殺しの言葉なんて聞かなくていいよ」

「いや」


自分の主張を声を張り上げて言うステインに轟くんも私も冷静に否定した。人殺しを正当化させたいただの言い訳だ。奴の言っていることもやっていることも滅茶苦茶だ。そんなヤツに飯田くんのことをとやかく言われるのが許せなかった。しかし、


「言う通りさ。僕にヒーローを名乗る資格など…ない」


飯田くんは奴の言葉を静かに受け入れていた。そんなことない。飯田くんは本当に真面目で優しくて自分よりも他人のことを考えられる素晴らしい人なんだ、と。だから彼の言葉を否定しようと口を開こうとした。だが、その必要はなかった。


「それでも…折れるわけにはいかない…」


嗚呼、やっぱり。


「俺が折れればインゲニウムは死んでしまう」

「論外」


飯田くんは、飯田くんだ。安心した。だから、飯田くんの言い切った言葉に対しただ一言。あからさまな殺意を向けてきたステインに向け、轟くんが再び炎を放つ。


「馬鹿っ…!!ヒーロー殺しの狙いは俺と白アーマーだろ!応戦するより逃げた方がいいって!!」

「それができれば…どれだけ良いか…っ!」

「そんな隙を与えてくれそうにないんですよ」


そして帷は炎の陰から飛んできた数本のナイフを捉え、瞬時にバリアを張って弾く。未だ奴の個性で動けないプロヒーローの人が声を荒げているが、逃げられる訳がない。此処で一気に畳みかけなければこちらがやられる。そうお互い直感した。


「さっきから明らかに様相が変わった」

「うん…焦ってる」


個性の効果も暴いた。多対一なんて奴にとってみれば最も苦手なパターンだろうし、このまま私たちが時間を稼いでプロが現着すれば奴に勝ち目はない。プロが来る前に、最低でもこのプロヒーローの人と飯田くんを殺そうと躍起になってるのは明らかだ。轟くんは物怖じしてくれればと伝えたのであろう情報が逆に奴を本気にさせてしまったようだ。


「イカレてる…」


まさにイカレた執着。逃がさんとばかりに獲物である2人をそのギラついた瞳で捉え続けている。不意に飛んでくるナイフが体力も限界に近い自分を追い詰めていく。バリアも上手く張り続けることが出来ない。
それでも尚、攻撃を続ける轟くんと脚を凍らせてほしいと何か話している飯田くんを護ろうと必死に意識を集中させる。しかしそれを見逃す相手ではない。飯田くんに加担している轟くん目掛けて空中からナイフが飛んでくる。


「邪魔だ」

「ぐぅ…!!」

「飯田く―!!!」

「お前も止まれ」

「いっ…!!!!」


バリアを張るタイミングが遅れ、轟くんを庇いナイフを腕に受け地面に倒れ込む飯田くん。思わずそちらに意識を向けた瞬間ヒュッと風を切る音が聞こえ、慌てて地面を蹴って後方に飛んだ刹那、左足に広がる鈍い痛み。避けることもバリアを張ることも出来ずに刺さったナイフの痛みに思わず後退する。肩の次は脚か。本当に速い。速すぎる。


「眞壁!」

「だい、じょ、ぶッ!それよりも飯田くんを!!!」


こちらを気にかけてくれる轟くんに声を荒げ飯田くんの援護を頼みながら思わず膝をついて痛みに耐える。幸い個性の効果はかけられていないもののこれでは動き回ることはおろか、避けることも難しい。はっきり言って足手まといにしかならないかもしれない。でも、それでもここで何もせずに居る訳にはいかない。痛みに表情を歪めながら足を動かそうとしたその時、フワッと後ろから現れたその気配にハッと顔を上げる。


「いず、」

「帷ちゃん」


奴の個性が切れた出久がそこに立っていた。名前を呼ぶよりも先に、静かに、冷静に、自分の名前を呼ばれて思わず口を閉じる。


「僕を、上に」


彼は私を見ていない。真っ直ぐに見つめる先には、彼が向かわなければならないその場所がある。その一言で彼が私にどうして欲しいのかすぐに理解できた。


「分かった」


それは幼馴染だからとか仲がいいからとかそれだけじゃない。彼の中にあるヒーローが私の中に呼びかけてくるのだ。私の力を貸してほしいと。それがとても嬉しくて。だから、命一杯私は彼に力を貸すのだ。彼にしかできないことを成し遂げてもらうために。

ザシュリと鈍い音を立てながら脚に刺さったナイフを引き抜き、手を翳し、構える。それは自分たちを護るための壁を張るためじゃない。傍らでヒュッと風を切って飛び上がった彼の足の踏み込むタイミングを図ってバリアを張る位置を調整する。


「行け」


少し離れたところでは、空中から真っ直ぐに轟くんと飯田くんに狙いを定めているステインに向かって個性を駆使し大きく地面を蹴って飛び上がった飯田くんの姿とそれを見上げて小さく口角を上げながら声を吐く轟くんの見えた。大きく振りかぶった飯田くんの足がステインを捉える。そして、


「いっけえええええ!」


奴の元へ向かって自分の張ったバリアを足場に飛んで行く出久の背中に向かって腹の底から叫ぶ。出久の大きく振りかぶった拳がステインの顔面を捉える。飯田くんに気を取られていたのか一瞬、出久への反応が遅れたように見えたステインの顔面と横腹に出久の拳と飯田くんの蹴りがモロに入った。
動きが止まり、このまま気絶するかと思った、が。ステインは思いきり腕を振るい飯田くんに向けて得物を振り下ろしてきた。恐ろしい執念。まだ倒れないかと奥歯を噛みしめながらその光景を見上げる。


「お前を倒そう!今度は…!犯罪者として―――…」


飯田くんはその得物の動きにすぐさま反応し、空中で獲物を避けるとそのまま態勢を立て直す。それに合わせて「たたみかけろ!!」と轟くんが構える。


「ヒーローとして!!」


獲物を避け、態勢を立て直した飯田くんが空中で動きが止まったままのステインの脇腹に再び蹴りを入れ、轟くんがそれに合わせて奴の顔面に向けて炎を放つ。脇腹に蹴りを喰らい、動きが止まったままのステインに轟くんの炎が直撃した。
反応が無くなり、滞空時間も限界を迎えて落ちてくる出久と飯田くんを着地させるためにパキパキと轟くんが氷を張る。張られた氷が滑り台のようになって、「おおおおおお」と滑りながら2人は轟くんの元へと帰ってくる。そのままの勢いでどこまでも滑って行ってしまわないように慌てて氷の終わりにバリアを張って2人を受け止めた。


「立て!!まだ奴は…」


2人が立ち上がるのを援護するかのように一歩踏み出しながら声を張り上げる轟くんだったが、視線を上げて不意に言葉を止める。痛む足を少し引きずるようにして3人の元に歩み寄りながら轟くんの視線の先を追う。


「さ…流石に気絶して、る…?」


そこには轟くんの張った氷の上でぐったりと伸びているステインの姿。動く気配はない。一応警戒を解くことなく恐る恐る口を開く。


「じゃあ拘束して通りに出よう。なにか縛れるもんは…」

「念のため武器は全部外しておこう」

「お、おっけー。慎重にね」

「……………」


先ほどまでの戦闘の面影は何一つない。正常な静けさに徐々に解けていく緊張がこの戦いが終わりを迎えたことを実感する。氷結で拘束すると起きた時に割られてしまうかもしれないと何か縛れるものを、とあたりを探し出す轟くん。少し収まったとはいえ未だ鼓動が高まったままの私と言葉を失ったままの飯田くんに比べ、意外と落ち着いた様子の出久が淡々と動き出していた。



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