数メートル先を走る彼の背を見失わないよう必死についていく。もう少し。携帯の画面に表示された場所まで残り僅か。足を進めるごとに高まる鼓動と不安に息をつく間もなく、角を曲がったその時だった。


ちくしょう!!やめろ!!


聞き覚えのある声が飛び込んでくる。ハッと息をのんだと同時に前を走る彼が動く。「させるか」小さな声と共に飛んでいく炎と氷に視線の先で何かが動いたのを捉える。間に合ったかと彼の背にピッタリ張り付くようにして現場に駆け込めば、そこに広がる光景はやはり想像していた通りの人物たちが揃っていた。


「次から次へと…今日はよく邪魔が入る…」


グッと地面をしっかりと踏みしめて手を翳しながら体制を整え、いつでも援護できるように彼の隣に並ぶ。とりあえず最悪の最悪な事態にはなっておらず、間一髪間に合ったようだ。そして隣にいる彼と共に此処の位置情報を飛ばしてきたであろう本人を見た。


「緑谷、こういうのはもっと詳しく書くべきだ」

「遅くなっちゃったでしょうが」


地面に張り付けられたように動かない…いや、動けなくなっているのだろう出久が驚いた様子でこちらを見ている。無表情の隣の彼とは逆にこの状況下でもと少し笑いかけながら出久を横目に状況をより細かく理解しようと目を凝らす。


「次から次へと……ハァ……」


聞き覚えのない声と見慣れない姿。面倒くさそうにこちらを睨み付けて吐き捨てる。そしてあからさまに放たれている殺気。その存在の正体を一瞬で悟る。ここ最近巷を騒がせているヒーロー殺し…つまり、敵だ。


「轟くんに眞壁くんまで…」


出久同様、敵から近い位置で地面に張り付けられている飯田くんが苦しそうな声を上げる。なんで君たちが―…なんて口を開く出久に何を言ってるんだか、と私と隣に立つ彼―…轟くんは明らかに臨戦態勢を取っていた。


「数秒"意味"を考えたよ、出久。一括送信で位置情報だけ送ってきたから」

「意味もなくそういうことする奴じゃねぇからな。おまえは」


私と同様、突如送られてきた出久からのメールの意味を察した轟くんも職場体験を投げ出して此処に向かっていた途中、必死に街中を駆けていた私の姿を見つけて合流。そして今に至るというわけだ。


「"ピンチだから応援呼べ"って事だろ」

「大丈夫。数分もすればプロも駆けつけてくれるっ!」


言葉と同時に放たれる轟くんの氷が出久たちの足元を掬い、覆う。とっさに飛び上がり避けたヒーロー殺しが反撃してこないよう、轟くんが炎で追い払い少し距離を稼いだ瞬間に私自身も狙いを定めてヒーロー殺しの目の前にバリアを張る。驚いたヒーロー殺しがスッと何度か切りつけたがバリアなので問題ない。とにかく今は自分たちに近づけさせないように距離を保つ。
そして、轟くんの放った炎が地面を這った氷を溶かし出久たちがツルツルと滑りだす。角度をつけて氷が張られていたため、出久たちはスーッと勢いよく私と轟くんの目の前まで移動してきた。なるほど、これで動けない人たちを一気に集められたというわけだ。


「情報通りのナリだな」


あとは此処に到着する前に昨日我煙さんから聞いておいた事務所関係者の連絡先に一応連絡もしておいてあるし、轟くんも轟くんで応援を呼んでくれていたようだし心配はいらないだろう。…まァ、問題は私たちがそのプロたちの応援が駆けつけてくれるまで時間を稼がなければならない、ということだが。


「こいつらは殺させねえぞ、ヒーロー殺し」

「………」


ジッとこちらを見つめているヒーロー殺しから私と轟くんは、出久とどうやらヒーロー殺しに巻き込まれてしまったらしいもう一人のプロヒーロー、そして飯田くんを庇うように立ちながら相手を睨み返す。これで相手側から仲間を遠ざけることが出来たし、とりあえずは一安心だ。


「轟くん、帷ちゃん そいつに血ィ見せちゃ駄目だ!多分血の経口摂取で相手の自由を奪う!皆やられた!」

「なるほど。それで刃物ね」

「俺たちなら距離を保ったまま…」


声を張り上げる出久に身構えた瞬間、目にも止まらぬ速さで轟くんの左頬を何かが掠めていった。刃物だ。慌てて視線を移せば、今にも目前にまで迫る勢いでまた別の刃物を取り出し距離を詰めてくるヒーロー殺しの姿。


「いい友人を持ったじゃないか インゲニウム」


先程飛んできた刃物を避けようとして体勢を崩しかけている轟くんの元に一気に刃物を構えたまま迫るヒーロー殺し。このままでは避けきれない、直感的にそう思って大きく腕を真横に振って轟くんに向ける。


「させない!!」


轟に向けて振りかぶった刃物が帷のバリアによって弾かれる。しかし依然として彼とヒーロー殺しの距離は狭まったままだ。加勢に向かおうと轟くんの元へと駆け寄る帷の耳にヒーロー殺しがチッと小さく舌打ちしたのが聞こえたと同時にヒーロー殺しの視線が上を見た。
それに釣られて上を見れば、そこにはいつの間に放っていたのか宙を舞う刀。先ほど投げた刃物と同時に投げていたらしい。徐々に重力に従って轟くんの元へと落ちてくる刀に帷がバリアを張ろうと腕を翳したその時、


「!」


グッとヒーロー殺しが轟くんの胸倉を掴んで引き寄せる。ヌルリと伸びたヒーロー殺しの舌が轟くんの左頬に伸びるのが見えた。投げられた刃物を掠めた頬から出た轟くんの血を舐め取ろうとしているのだ。マズイ。出久の警告が正しいことを今、目の前で証明されてしまう。
空中の刀に向けて張りかけていたバリアを慌てて解除し、轟くんの方へ向けようとするがほんの数秒遅れを取ってしまったのを自覚できるぐらい相手が、早い。が、


「っぶねえ」

「轟くん大丈―ッ?!!」


間一髪、轟くんが自身の炎で相手を引き剥がすことに成功し、ヒーロー殺しが一気に後ろに飛びのいて距離をとった。慌てて彼の元に駆け寄り彼の安否を確認しようとした矢先、ヒーロー殺しが地面を蹴って空中の刀を捕まえるとそのまま流れるように刀を振りかぶって迫ってくる。慌てて足を止め、斬撃を防ぐためにバリアを張って受け流す。


「眞壁!」

「帷ちゃん!」

「ッ…平気!」


間近に迫ったヒーロー殺しの顔が歪んだのを睨みつけながら無理やりバリアで弾き返せば、相手は再び距離を取った。心配してくれた轟くんと出久の声に返事を返すが、内心は心臓バクバクだ。少しでも反応が遅れていれば奴の思う壺だった…嗚呼、なんて奴だ。一つ一つの動きが2択3択を迫ってくる。分かってはいたがコイツは本当に、強い。


「何故…3人とも…何故だ…やめてくれよ…」


弱弱しい声が聞こえて少しだけ振り返る。相手の個性によって未だに地面から起き上がれない状態の飯田くんから聞こえた声だった。


「兄さんの名を継いだんだ…僕がやらなきゃ。そいつは僕が…」

「継いだのか。おかしいな…」


また、ヒーロー殺しが迫る。そんな状態になりながらも未だその感情を捨てきれない飯田くんにふと轟くんが巨大な氷の壁を発動させながら静かに口を開く。


「俺が見たことあるインゲニウムはそんな顔じゃなかったけどな。おまえん家も裏じゃ色々あるんだな」

「轟くん…」


体育祭前の彼では考えられないような口調で飯田くんを振り返ることなく言葉を続ける轟くんに、思わず彼を見る。彼自身、どこか飯田くんと自分自身を重ねているのかもしれない。それは帷自身も同じだった。飯田くんに昔の自分を重ねている。だから、此処まで来た。
臨戦態勢を崩すことなくヒーロー殺しと向かい合う。ジリリと地面を踏みしめる。いつも真面目で驚くぐらい真っ直ぐな飯田くんを此処まで憎しみで染め上げた相手を許すわけにはいかない。何よりも奴の行動そのものが許せるものではない。二度と、もう二度と目の前で敵に憎しみや怒りに身を任せてでも突っ込んでいく勇気ある人を失いたくなんてないのだ。だから私は腕を翳す。
そして次の瞬間、地面に伏したままの飯田くんを後ろにして轟くんが作った大きな氷の壁が幾つもの斬撃によって粉々に砕かれる。その氷の向こうにいるのは言うまでもない。大きく得物を振りかざし、こちらをジッと見つめている奴が砕かれた氷の隙間から覗く。


「己より素早い相手に対し自ら視界を遮る………愚策だ

「そりゃ どうかな」


氷の隙間から見え隠れしはっきりと姿をとらえることが出来ないヒーロー殺しの声に轟くんが半歩下がって左手を構える。それに合わせて自分たちの前方に帷がふっと息を吸い込んでそれなりに大きめのバリアを張り攻撃に備える。隣でゴウッと燃え盛る炎が轟くんの腕を包み込むのが見えたその瞬間、


「?!」

「轟くん!!!」


トトッと何とも軽い音を立てて轟くんの腕にナイフが2本突き刺さった。燃え盛る炎が消え、思わずバリアを張る手を緩めて彼を振り返る。そして突如頭上から感じる気配とその殺気に轟くんと私が目線を上げたのはほぼ同時だった。


「お前も良い…

「上………」


轟くん目掛けてその得物を突き立てようと大きく飛び上がった空中から急降下を始めているヒーロー殺しに誰もが目を見開いた。痛みとその相手の機敏な動きにフラリと微かに揺らめいた轟くんを庇うようにとっさに足を踏み出す。今しかない。そう脳裏で叫んだ。「眞壁」と轟くんの声が聞こえた気がしたけれど振り返る余裕はない。腕を頭上に翳し、イメージを強くする。上手くいくかどうかは賭けに近い。それでもやらなければ。一瞬でもいい、私が何かをしなければ。そう強く思った。


「ふッ!!!!」

「な…」


動いている相手…況してや止まっている相手にも試したことなどない。昨夜遅くまで紙面上で練っていたそれが出来るだなんて、自分でも驚いた。空中のヒーロー殺しを包み込むように張られるバリア。そう、自分を護るのではなく相手(対象)を包み込んでしまうことで動きを制限、攻撃を防ぐ使い方。バリアを壁や弾くものとしてではなく相手を抑え込むことと味方や周りの被害を抑える方法として考え出したもの。金床万治…"黒鉄(クロガネ)"というプロヒーローから貰った私自身の個性の可能性の1つ。


「バリアの個性…」

「帷ちゃん凄い!」


バリアに包まれたままゆっくりと降下するヒーロー殺しに、その場の誰もが安堵と驚きの声を上げていた。しかし帷自身は苦い顔をしていた。
「…くっ」と思わず息が漏れる。初めて使った技に徐々に安定を保てなくなる。このまま相手を地面に下ろして応援を待てばいい話だが、それすらも難しそうだ。というのも、この技、やってみて分かるがかなり体に負荷がかかるらしい。今まで使ってきた個性とは用途もバリアを張る意味ですら変わってくる。ビリビリと走る腕の痛みと荒くなっていく一方の呼吸。集中が切れればそこまでだろう。第一、衝撃を与えられたらもう―…


「確かに面倒な個性だ…だが、甘いな」

「ぁっ!」


気づかれた。そう思った矢先、手に持っていた得物でバリアを斬りつけられる。ドンっと重い衝撃を受けたように体が重くなり指先から肘辺りまでの感覚が一気に持っていかれるような痛みに思わず声にならない悲鳴が上げた。
パリンとガラスのように音を立てて割れたバリアからヒーロー殺しが飛び出す。轟くん目掛けて突き立てられようとしていた得物はいつの間にか私の方に向けられていて、ハア…と笑った奴の顔が目視できるところまでお互いの距離が縮まっている。慌てて今度はいつものバリアを張って1撃目を防ぐが、すぐに割れて消えてしまう。2撃目、3撃目と得物を振り下ろされるたびにバリアを張って、壊されてを繰り返す。ずっと張っていることが出来ない。思った以上に先ほどの技で普段からあまりない体力を更に持っていかれたらしい。
それでも皆を護るためには耐えなくては、と思いながら何度も何度もバリアで凌ぐのだが体は言うことを聞かなくなってくる。と、不意に踏ん張ろうとして思わずふら付いた体に、そっと轟くんに手を引かれると同時にヒーロー殺しに向かって炎が飛んでいく。ようやく私からヒーロー殺しが再び距離をとった。


「眞壁、無茶すんな。ここは一旦退け」

「!ごめ、」


炎を繰り出した彼の腕からは出血が見られた。先ほどまで腕に刺さっていたあのナイフを無理やり抜いたらしい。痛くない筈ないのに轟くんはそのまま私を後方に受け流すようにして再び素早い動きで距離を詰めて、大きく飛び上がったヒーロー殺しを睨み上げる。と、
何かが私たちのすぐ横を緑色の影が物凄い勢いで飛んで行った。何だと思い目を凝らせば、緑色の影はあっという間にヒーロー殺しの所まで近づくと奴の襟巻を掴んでそのままの勢いで壁にぶつけながら引きずっていく。出久だった。


「緑谷!」

「なんか普通に動けるようになった!!」

「…もしかして時間制限?」

「いや、あの子が一番後にやられたハズ!」


帷の言葉に「俺はまだ動けねえ…」と一番最初に奴の餌食になったであろうプロヒーローが出久を見つめながら苦しそうに口を開く。そうか、時間制限ならば最初にやられたこのヒーローと飯田くんが動けるようにならなければ可笑しい。だとすると、出久が動けるようになった原因は他にある。


「下がれ緑谷!」

「ひえ!」


空中でヒーロー殺しを引きずっていた出久が奴に振り払われ、地面に転がる。それをカバーするように私が出久の服を少し引っ張って軌道線上から急いで彼を避難させるとすかさず轟くんが氷を張って相手が近づいてこないように距離を保つ。


「血を取り入れて動きを奪う。僕だけ先に解けたってことは、考えられるのは3パターン。人数が多くなるほど効果が薄くなるか、摂取量か…血液型によって効果に差異が生じるか…」

「血液型…俺はBだ」

「僕はA…」

「出久はOだよね…」


出久の推測にプロヒーロー、飯田くん、私の順で口々に血液型を述べる。なるほど。皆見事にバラバラで、出久の推測を証明しているのは明らかだ。


「血液型…ハァ 正解だ」


此処までくれば隠しても仕方ないとでも思ったのかヒーロー殺しはニヤリと笑った。相手の血液を摂取することで動きを奪う個性…血液型によって時間制限はあるものの、相手の力量を見れば一度個性を発動されてしまえばこれほど強い個性はない。いや、個性に合わせた戦闘スタイル…己の個性の利点も欠点も知り尽くしている者の戦い方だ。


「分かったとこでどうにもなんないけど…」

「さっさと2人担いで撤退してえとこだが…」

「ちょっとしんどいね…」


出久と轟くんの言う通り。個性を知ったところで現状打開策は血液を摂取させないことしかないし、ほぼ動けないに等しいプロヒーローの男の人と飯田くんを背負って逃げるにしろ相手がそう易々と逃がしてなんてくれない。誰かが2人を担いで逃げるのをカバーして応戦するにしても1人でヒーロー殺しを相手するのは無理に等しい。
かといって1人で2人を担いで逃げるなんてのも無理だし、ほぼ動けないに等しい男の人を急いで運ぶのは至難の業だ。そんな余裕も時間もない。結局私たちは奴と睨み合うしか出来なくて、此処から離脱するのも出来ない状況なのだ。そう、正直しんどい。


「氷も炎も避けられる程の反応速度だ。そんな隙見せらんねえ。プロが来るまで近接を避けつつ粘るのが最善だと思う」


大通りに出ればきっとプロヒーローとか誰か気づいてくれるだろう。でもその出口に見える路地裏から大通りに抜ける道も酷く遠く感じる。一歩後退するのさえ危険なこの状況下では轟くんの言う通り、粘るしかない。轟くんの言葉に自然と力強く頷く。


「轟くんは血を流し過ぎてる。僕が奴の気を引きつけるから帷ちゃんと後方支援を!」

「相当危ねえ橋だが…そだな」

「手段は選んでられないってね」


上手く立ち回れればいいのだが、生憎私の個性は難点が多すぎる。体育祭で見せたあの攻撃モーションもきっとこのヒーロー殺しには届く前に避けられてしまうだろうし、先ほど出来た相手を丸ごと包んでしまうバリアも再び張ることが出来るかどうか。もし張れたとしてもきっと長時間は無理だ。出久の言葉通り、出久と轟くんをカバーする形で後方支援に回るのが最善策だろう。


「3人で守るぞ」


轟くんの凛とした声にバリバリと出久の体に電流のようなものが走る出久の横に並ぶ私。ふうっと息を深く吸って、手のひらを軽く握っては開くを繰り返す。一瞬の油断が命取りだ。1人の動き一つ一つに気を掛けていなければ仲間への危険が高まる。


「3対1か………甘くはないな」


スウっとヒーロー殺しの表情が一瞬冷めたように見えた。子供といえど、ヒーローの卵。そんな存在が3人立ち向かおうというのだ、相手も油断などしないだろうし前にも増して本気でかかってくるつもりだろう。
まず始めに動いたのは出久だった。あの時みたいに一瞬の内に敵に向かって地面を蹴って飛び出していった彼の背を見つめる横で左腕を構えた轟くんと片手を翳す私の髪をフワリと風が弄んだ刹那、轟くんの腕から放たれた炎が出久を追い、私もヒーロー殺しに今にも殴り掛かろうとしている出久を援護しようと少し動きながらバリアを張った、が。


「ぎゃ!」

「いず―…ッ?!!」

「眞壁!」


それよりも速く、出久との間合いを詰めたヒーロー殺しが一気に出久の足を斬りつける。その光景に声を上げるとほぼ同時に目の前に飛んできたそれを避けきれず、次に襲ってくるであろう痛みと衝撃に耐えようと声も上げられぬまま一瞬息を止める。
トスッとこれまた軽い音と共に右肩に刺さるナイフ。あの出久を斬りつけてから一瞬の内に投げ飛ばしてきたというのか。さっきまでと動きがまるで違う。とっさに避けようと身を捩ったが駄目だった。痛みに顔を歪め、慌てて数歩後退する。驚いた轟くんの声にこちらを振り返った出久と目が合った気がした。


「止めてくれ……もう……僕は……」


途切れ途切れの飯田くんの声に、ふら付きながらもその場に踏ん張る。今、彼の心の中はきっと滅茶苦茶だろう。すべてが分かるわけじゃないけれど、きっと今憎しみという個人的な衝動に駆られて無茶をして、誰かを巻き込んで、巻き込んだ人たちが傷ついているのを見て、悔しいのかよくわからない感情に押しつぶされそうなんだろう。そう、私はその気持ちを知っている。私もきっと、彼と、同じだ。


「止めてほしい?なら、やるべきことは分かってんでしょうが」


自然と笑みが零れた。どうしてこんな逆境の中で笑えるのか、きっと傍から見れば可笑しいことこの上ないのだろうが、笑みが零れ落ちた。すっかり上がったままの息を整えることもなく、右肩に刺さったそれに手を掛ける。


やめて欲しけりゃ 立て!!!


炎から氷へと轟くんが切り替える。ヒーロー殺しの動きは止まらない。レエエエと長い舌で得物に付いた血を舐め取れば、斬りつけられた出久が動きを封じられて地面に倒れる。


「ごめんっ轟くん…!」


焦りに満ちた出久の声と共に真っ直ぐにヒーロー殺しが轟くんを捉えた。ザシュリと嫌な音を近くで聞きながらその痛みを引き抜いたナイフと共に投げ出して一気に駆け出す。
パキパキと張られる轟くんの氷の壁に、傷みを堪えながら腕を翳しひたすらに足を動かす。体力も限界に近い自分にとってみればバリアを張るタイミングがズレればそれは命取りだ。見極めろ、見極めろ。今の私に奴を倒すことも捕らえることも出来ない。ならば出来る限り無駄なく、的確な動きをしなければ―…、


「轟くん…!!!」


息を思いきり吐く。再び轟くんの張った氷の壁がヒーロー殺しによって斬り砕かれる。しかし、目の前に迫るヒーロー殺しの姿に臆することなく轟くんは立ち向かう。


なりてえもんちゃんと見ろ!!


轟くんのお腹の底から吐き出されたような飯田くんに向けたその言葉についこちらまで胸が熱くなる。カランとナイフが地面に落ちる音を遠くに聞きながら、大きく息を吸い込んで、兎に角駆ける。避けられる可能性の方が大きい。でもここで轟くんを助けるためにも一か八か、接近戦にはこれで応戦するしかない。バチバチと小さく閃光を放つ右手を大きく振りかぶって地面を蹴った。



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