―第1種目:50m走


ドッという音と共に微かに舞い上がる砂煙。彼がゴールラインを切ると"3秒04"と測定機が結果を表示した。


『飯田くん、速いなぁ…』


ゴールラインを越えた飯田くんの足の構造と微かに舞い上がる白煙に恐らく彼は足の個性によるスピード型なのだろう。脚力が増量するタイプなのか…否、あの構造的に足にエンジンのようなものが付いていると見て良いだろう。成程。他人の個性をマジマジと見れる機会なんて今までに無かったからこれはこれで勉強になる。


「あーもう私の番だぁ」

『頑張れ、お茶子ちゃん』

「うん!」


横に居たお茶子がスタートラインに向かい始める。その背中に向かって小さくエールを送ればグッと親指を立てて振り返って笑い返してくれた。スタートラインに立った彼女はポン、ポンと靴や服に触れてから合図で走り出して行く。何か個性を使ったようだが、その結果は他の飛びぬけている個性の持ち主に比べれば、全然普通の部類に入ってしまう。

皆やはり得意不得意で差が出ている。しかしまだ第一種目の50m走だけではこれからどこで誰が記録を伸ばすかなんて予想できない。みんな出来るだけ一種目一種目の記録を大きく取りたい為に皆、最初から全力だ。


「次、眞壁 帷」


あちこちで記録伸びたーとか何とか話しているクラスメイトを眺めていた時、名前を呼ばれて慌ててスタートラインに着く。隣に並ぶ人影は無く、どうやら人数的な問題で私は1人で走る事になっているようだ。それはそれで寂しいが、何より皆の視線が痛い。
皆この機会にクラスの個性を出来る限り把握したいというのは同じらしい。見ただけで確実に当てるという事は無理だろうが、大凡のアイツの個性はこんな感じという意識があるだけでも今後の役に立つだろう。


『…はぁ、』


出来るだけ個性をこんな皆の目の間で堂々とお披露目したくなんて無いのだけれど、今はそんな事言ってられない。有利だろうと有利でなかろうと使える分は使った方がマシだ。走り終わったお茶子ちゃんがグッとまた親指を立てて「頑張れ」と言ってくれているのが見えた。スタートラインに立ち、手をラインに置き腰を高く持ち上げる。普通のスタートの姿勢。

START!


『ッ!』


その合図に足元に意識を集中させる。普通の走りに私の個性を合わせて走る。きっと傍から見れば、普通に走っているようで特に変わった点は見えないだろう。気づくとすれば少し一歩一歩の着地地点が広い…つまり、少しばかり飛んでいるように見えているかもしれない。

"5秒23"

ゴールラインを越え、記録が告げられる。個性無しの時は確か8秒台だった筈。なら、個性を使ったお陰でそれなりに記録が伸びたという事だ。フウ…と思わず息を吐き、日頃あまり使っていない個性を上手く制御出来ている事に安堵しながら顔を上げれば、次の種目へと移動を始める皆の中にポツリとどこか暗い顔をしている出久が見えた。



―第2種目:握力測定


皆あちこちで握力測定の機械を持ってふぬっ!と力んでいる。一般のものよりもそれなりに強度も増しているであろうその握力計には次々と普段なら見る事の無い数字が並んでいる。男子なんて3ケタ台が見慣れるぐらい多い。


「なぁなぁ!お前どんな個性持ってんだ?」

『!?』

「あ!それ私も気になる〜!」


男子の記録を何となく観察していた私の横から飛んできた声に思わずバッと物凄い勢いで振り返り構えると、急に声かけんなよビックリしてるだろうなんて声を零しながらクラスの男子と女子が数人興味津々の笑みでこちらを見ていた。確か、


『えっと…切島くんに、芦戸さんに尾白くん…耳郎さんに八百万さんだね』

「おっ!当ったり〜!!」

「スゲエ!出席確認もガイダンスもしてねぇのに!!」

『これでも人の名前覚えるのが得意でして』


1人1人に視線を向けながら名前を呼べばみんな少し驚いていたようだが、顔を明るくしてくれた。記録を取る際に先生に呼ばれているのを聞いて何となく顔と名前を一致させるように意識を向けていれば自然と覚える。昔から人の名前を覚えるのは得意だったし、好きだった。
皆名前でも何でも好きに呼んでくれて良いよなんて言ってくれたから涙が出そうになる。最初はこのクラスどうなるかと思ったけど、何とかやっていけそうな気がしてきた。これから長い付き合いになるかもしれないクラスメイトだし、友達は多い方が断然嬉しい。


「んで!お前の個性についてだけどさ!!」

『え…私の個性って…別に、そんな大したものじゃないよ』

「まぁまぁ、そう言わずに」

「是非とも教えて欲しいですわ」


お、おう…皆の食いつきが半端じゃない。その代わり皆の個性も後で教えてくれるとの事で自分の個性について出来るだけ簡潔に説明をする事にした。


『私の個性は、簡単に言うと"コレ"』


ヴゥンと鼓膜を微かに揺らす音を立てて目の前に広がる四角い透明の壁。良く目を凝らさなければ見えないと言う訳ではないが、それなりに透明度があるソレを大体自分の身長ぐらいに調節して展開したそれに切島くんが何の戸惑いも無く触れたからちょっとびっくりした。


「…んだこれ?バリアー?」

『うん、正解』

「へぇ〜!すごーい!」

「眞壁さんのバリアは万能ですの?」

『ううん、残念ながら万能ではないんだ』


ペタペタと触る切島くんに芦戸さん。そしてコンコンと軽く叩いた八百万さんが此方を振り返って問いかけてくる。きっとどんなものも防ぐのかとかずっと維持できるのかとか、大きさ・変形などを含めた疑問だと思うが大雑把に否定して置いた。詳しくは言えないが、万能でないのは確かだ。
残念だけど、これ以上自分の弱点は教えられないよ。と笑うと「え〜」と芦戸さんと次郎さんが頬を膨らませていたけど、まぁそりゃそうだよねと納得してくれた。自分の弱点を態々教える場面ではないし、何しろ自分自身で弱点を語ると哀しくなってくる。否、自分自身を知っているというのはとても大事かもしれないけど。


「…凄いな」

『どうも』


控えめに触っている尾白くんも凄い興味を持ってくれているようで、思わず笑みが零れる。今まで人に個性を披露して此処まで食いつかれた事があっただろうか…否、無いな。流石雄英。流石ヒーロー科。


「けどよ、50m走でこのバリアをどうやって使うんだよ」

「そうそう!私もそれが気になってた!」

『フフ、何か…教えるのも恥ずかしいんだけど』


これと言って大したことはしていないつもりだけれど、明らかにこちらの個性を知った上でどんな方法でそれを利用したのか興味津々な切島くんたちに「実はね…」と思わず小声になる。


『走ってる時の足の下に、軽く張ってた』

「…え、それだけ?」


随分とあっさりとした返答に耳郎さんが拍子抜けしたように問い返してきたから、うんと頷くとカクッと耳郎の体が崩れる。逆に、どんな返答を待っていたんだろう。そんなみんなが思うほど私は凄い技とか持ってないよ。


「でもよ、足の下にバリア張っただけで速くなるか?」


そうそう。その一言を待ってました!と切島くんの疑問につい笑顔になってしまう。そのままバリア触っててね、と言うと素直に切島くんはバリアに手を当てたまま静かに待ち、他のメンバーもそっとバリアに触れる。
それを見計らって目の前に展開したバリアに意識を集中させ、フウッと感覚だけで調節すると形はそのままでも硬質だったそれが弾力性のあるものに変わり、ぐにゃりと歪んだバリアに切島くんの手が減り込んだ。


「うおっ、」

『ふふー。弾力性増してみましたー』

「成程!これをバネ代わりにしたって訳ですわね!」

『そういうこと!』


簡単に言えば、踏み切る足の下にこの弾力性のあるバリアを張って小さな踏切台を幾つも作ってバネにしていたという事だ。ボヨンボヨンと跳ね返る感触を楽しそうに触る皆。


「へぇ〜、今時のバリアって何でも出来んのなぁ…」

『否、他のバリアは知らないけど』


バリアとは何も通さず、堅いイメージがあるが私の場合はこうして柔らかいゴムのようにもなるので色々と便利だ。しかしそれはあくまでも私の個性であり、他のバリア系の個性を持っている人もそうとは限らない。そこは勘違いしないでね、と切島くんに言い聞かせる。


『それにさっきも言った通り私、何でもできる訳じゃないよ。現に今の握力測定だって―…』

「すげぇ!!」


不意に私の言葉を遮る言葉に皆が一斉にそちらを振り返る。視線の先にはノースリーブの体育着を着た大きい少年が握った握力計を見た周りの男子が声を上げていた。


「540kgて!!あんたゴリラ?!タコか!!」

『………』


細くてひょろりとしている男子が発した「タコ」という言葉に、傍に居た小人のような青年が「タコってエロいよね…」とか何とか言っているのが聞こえた気がしたが、540という記録を叩き出した大柄の少年は無言のままだ。
そんなあちこちで計っていた握力計が徐々に徐々にクラス中に回って行く。そして私の番が来ると周りの切島くんとか、個性をどうやって使うんだろうと私をまた興味津々に見てくるものだから苦笑しながら「んんっ!」と握力計を握った。


『…流石に握力測定じゃぁこの個性の使い方、思いつかない』


右手、左手ともに40kg台。まぁ、至って普通ぐらいだ。バリアでどう握力増やせっていうのよーと砕けて零すとだよなーなんて切島くんたちも妙に納得してくれたから面白い。逆にその使い方考えるのも楽しいよね、なんて尾白くんとか耳郎ちゃんとか八百万ちゃんとか芦尾ちゃんが言ってくれたから「うんうん」と何度もうなずいてしまった。
その後もクラスメイトたちと色々と会話を交わしながら第3種目の立ち幅跳び、第4種目の反復横跳びをバリアを弾力性のあるものに変え、飛ぶ瞬間にクッション代わりのバネにする事で記録を伸ばす事に成功した。



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