あれからしばらく。気づけば少し日が沈み始めていた。実際、どれぐらい時間が経っただろう。時計を確認することなく帷は事務所の裏手にある開けた場所で手合わせを繰り返していた。そして、


「ここまで、だな」

「っ…」


目の前に迫る鉄パイプの先端に息を飲んで固まっていた私。ふうと息を吐いた音と共に飛んでくる万治の声に、安堵の息を小さく漏らしながら目の前の鉄パイプから距離を取るように背後に腰を落とした。

何も、できなかった。

視線の先で仁王立ちしている万治は手合わせを始めてから一歩も動いていないように見える。いや、実際動いていないのだ。私だけが翻弄され、反撃の暇も与えられないまま兎に角飛んでくる"鉄"を防ぐのに精一杯だった。いや、防げてすらいないのだ。
ザリ、とようやく自分以外の人間が動く音を聞き視線を上げる。視線の先で腕を組んでいる金床万治ことプロヒーロー"黒鉄(くろがね)"は自身の触れたことのある鉄を操る(主に変形する)ことが出来る個性の持ち主。今こそ活動を抑えてしまっているが、全盛期はそれなりに有名でプロヒーローたちの中でも最前線を突っ走っていたと聞いている。
その存在に手合わせを申し込まれて浮かれていたわけでも、油断していた訳でもない。自分の力を見せなければと見てもらわなければと思った。だから全力で向かっていった。そのはずなのに。何も、何も…。


「1つ、反応速度は悪くねぇが…のわりに判断力が遅い。"とにかく今は"の一時しのぎが多くて次の動きに繋げようとして無理に動かすから発動にズレが生じてる」


ゆっくりと目の前まで近づいてきた万治が片手で地面に突き刺さっている鉄パイプを引き抜き、もう片方の手の人差し指を立てながら言う。え、と聞き返す間もなくもう1本今度は中指が追加された。


「2つ、同時展開出来ない分、速さでカバーしようとしてるみてぇだが…お粗末だ。殆どできてねぇよ」


呆気に取られている私の顔はなんと間抜けだっただろうか。あの全く応戦できなかった手合わせの中で私の短所をグサリと突いてくる。何なんだ。この人。私の癖も何もかも見抜いている様子の万治はさらにもう一本、薬指を追加した。


「3つ、柔軟性に欠ける。頭を使え、頭を。あの体育祭の時の攻撃は何だったんだ?」

「くっ…」


何も言い返せない。全く持ってその通りだったからだ。相手の攻撃を避けたり防ぐことで精一杯で次の動きに繋げられていないし、私自身最大の短所だと考えている2ヶ所同時にバリアを展開出来ない事をどうにか"張る・消す"の動作を速さで補っていたつもりだったが…見抜かれている。全て、この人には見抜かれているのだ。


「ま、バリア=壁の考えは捨てろってこった。お前さんがその固定概念を捨てられなくてどうする」

「固定…概念…ですか」


肉体的にも精神的にも疲れ切っているのが丸分かりで少しみっともないが、どうにかヨロヨロと立ち上がる。そんな私を見下ろしながら万治さんはまた「はあ」と小さく吐息しながら胸の前で組んでいた腕を腰に当て、やれやれといった様子でそう言うや否やクルリと身を翻し建物の方へと歩き出していく。


「うし、今日は此処まで。風呂入ってこい。今日は終いだ」


分かっている。分かっていたつもりでいた。自分の短所も、それを補おうとして無茶な動きをしていることも。今一番私の胸を突き刺しているのは、それで通用すると思っていた自分がいたという事。そんな私を真正面からあの人は捻じ曲げて、あえてその事だけ伏せて問題点を挙げたのだ。恥ずかしい。
プロヒーローの前で、自分の弱さをさらけ出したようなものだ。嗚呼、悔しい。悔しい。届かないことはわかっていたにしてもこれほどまでに痛いところを突かれるとは。まだまだ私自身も未熟でもっともっと考えなければ。今までは通用してもこれからはきっともっと通用しなくなる。そうなるまえに、問題点を補わなければ。それも、あり合わせじゃなく完璧に。
そんなことを考えながら、遠のいていく「あー、お前らも散れ散れ!」と辺りで見学していた他のクロガネ事務所のヒーローたちを追い払うかのようにしっしっと手を振る万治さんの背を私はただ眺めることしかできなかった。


――その日の夜。


研修中はこの部屋を使っていいと案内された1室。どうやらこの事務所のサイドキックたちの数人は此処に住み込みでヒーロー活動しているらしく、一応客室として確保して置いた部屋とのことだ。それなりに狭くないし、寝泊りする分にはまったくもって問題ない。


「(固定概念を捨てろ、か…)」


風呂と食事を終え、残るは就寝のみとなったが手合わせの時に言われたことが気になってしまい、眠れずにいた。一度はベッドに横たわってみたものの思考が邪魔して寝付けず、その部屋に置かれた机の上に広げた自身のノート。メモと殴り書きでいっぱいのその紙面の中に答えはないものかと色々と考えを巡らせているのだが、全く持って閃かない。閃くどころかさらに迷宮入りしていくようで出口が見えない。


「相手の2ヶ所以上の攻撃を防ぐためには…いや、防ぐだけじゃだめだ。ダメージを与えないと…ううん、少なくとも私が足止めしておいて他のヒーローに攻撃をお願いできるようにしないと…」


自身の個性の限界を何で補うか、どういう対策が得策か、何ができるのか。欠点と理想と問題点が、生まれては消え、消えは生まれを繰り返しながらノートのページを埋め尽くす。止まった思考に合わせるようにシャーペンの動きが止まる。


「攻撃を防ぎ、尚且つ相手を逃がさず周りに危害を与えさせないように…うう〜ん…」


自分だけじゃない。一般市民や他のヒーローたちを救うためにはどうしたらいい?相手の攻撃を防いだって、一度に相手にするのが1人とは限らない。雄英が敵に襲撃された時のように複数人を相手にしない場合だとしたら?私ひとりじゃきっと抑えきれない。なら、せめて時間稼ぎを―…。


「バリア=壁の考えは捨てろってこった」


手合わせの去り際に言われた万治の声が木霊する。確かにバリア=壁は固定概念に近い。防ぐもの=盾と同じぐらいに。いや、でも似たようなものだ。バリアで壁を作ることで攻撃を防げる。いわば壁という盾を作っているのだ。その考えを捨てろ…捨てる…。


「バリアは壁…いや、私は攻撃にも応用できた。そのことをあの人は言いたかったんじゃ…?んん?壁以外の使い道……壁……バリア…壁以外…強化……ああっ!頭痛くなってきた!!」


四肢の強化…体育祭の時は右腕だけを覆うようにしてバリアを張ることで防御力を上げ、+攻撃性を生むことが出来た。それはバリア=壁の概念を崩したといっていいだろう。それ以外に使い道がもっとあるということ。それを万治が伝えたいのであろうとは思っているのだが、如何せん何も思い浮かばないのだ。
シャーペンを投げ出し、椅子の背もたれに寄りかかりながら伸びをする。延々と脳内をグルグルする抜け出せない問題を全て投げ出して今日はもう大人しくベッドに潜り込もうかと机から離れベッドにゆっくりと腰を下ろし、自分の両手をマジマジと見た。


「へぇ〜、今時のバリアって何でも出来んのなぁ…」

「否、他のバリアは知らないけど」



あれ?と思った。不意に思い出したのは雄英に入学して間もなくの体力テストの時、切島くんたちに初めて私の個性を見せた時に交わした会話だ。すげえな、と褒めてくれた皆の顔を思い出す。そうだ。そうだよ、私、体力テストの時もバリアをバリアとして使ってなかったじゃないか。


「…あ」


思わず、声が出た。慌てて就寝モードに切り替えかけていた体と脳を呼び起こし、ノートに飛びつきページをめくる。新しいページに向かって、今は実践出来ないにしろ考えられる事をとにかく書き込んだ。



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