皆と駅で分かれてから電車を乗り継いで1時間近く。ヒーロースーツの入った専用のスーツケースと1週間分の荷物を背負いながら、先生たちに詳しく教えてもらった住所と資料を確認しながら道を進む。静かな住宅街と並んでそれなりの商店などが並ぶ街中。
「(確かこの辺りの筈…)」
道路というには狭く、路地と呼ぶには整備されている通りをメモを頼りに歩みを進める。そろそろ看板が見えてくるはずだとメモから顔を上げたその瞬間。
バンッ!!!
思わず立ち止まる。視線の先の建物のドアが物凄い勢いで開き、転がるようにして1人の男性が飛び出してきたのだ。痛タタタと小さく声を零しながら通りに転がるその人が飛び出してきた建物を見てまた思わず絶句した。
「(……え、)」
手に持ったメモと同じ名前が書かれている廃れた看板が軒先に置かれているのが目に入り、思わずまた固まる。嗚呼、まさか、そんな…。
「に、2度と来るかこんなトコ!!」
「おうおう、こっちとらテメエみたいな腰抜けは願い下げだバーローが」
「くっ!!!」
通りに転がっていた人が開いたままのドアの向こうに居るのであろう誰かに向かって吐き捨てながら、まるで正義に負けたアニメの悪役が逃げる時のように「覚えてろよ」とばかりに走り去っていった。
その後ろ姿をあらあらとばかりに整った横顔が一つ、ドアの陰から姿を表す。スッとしたその横顔は呆れたように目を細めながら走り去って行った男の後ろ姿を遠目に見つめる。
「あ〜ぁ、また新人追い出して〜。また人員減っちゃうネ。この事務所の終わりも近いネ」
「黙ってドア閉めときゃいいんだよ」
「あいあい……っと?」
開け放たれたドアに手を掛けたその何とものんびりとした口調の男と目が合う。パチパチと数度瞬きを繰り返した後、何か言わなければとようやく固まっていた自身の体から解き放たれる。
「こっこんにちは!」
「ん、こんにちは。いい天気ネ〜」
「は、はい」
此方を見つめたままのその整った顔の男は自身の挨拶に対してニコリと笑みを浮かべて返事を返してくれた。案外普通の返事を返してきたので拍子抜けしてしまう。だって、男の人が飛び出してきた建物の中から出てきた人だし、思わず身構えてしまっても仕方ないだろう。
「あ、あの…私、雄英高校から来ました眞壁 帷ですが…」
「…………ああ!」
案外普通の人なのだろうか。内心ドキドキしながら兎に角この現状から抜け出さなければと自分の本来の目的を告げようと口を開くと、男は思い出したかのように声を漏らして外にはみ出していた体を半分建物の中に引っ込めた。
「親方ぁ〜!お客さんネ〜!雄英から〜」
「…んあ?今日だったか?明日だろ?…いや、今日か?」
「だから今玄関に来てるって言ってるネ。話聞ケ」
「煩え。こちとら昨日からまともに寝て―…嗚呼、まあ、とりあえず通せ」
「あいヨ〜」
そんな会話が遠巻きに聞こえてきて、身体を建物の中に引っ込めた男がまたひょっこりと顔をドアの陰から出すとこっちに向かって「おいで〜」と言いながら手招きしてくる。やはりこの建物が自分が探していた目的地に間違いないらしい。
「汚いトコだけど上がって〜」
「あ、ありがとうございます…」
数段の階段を上がって入口の中に入ればガチャリと後ろでドアが閉まる音が響く。部屋の奥へと案内され、ゆっくりとその奥へと足を踏み入れる。サイドキックであろう数名のプロヒーローたちの視線を感じながら帷はその人物と向かい合うようにして立ち止まった。
「ゴタゴタしてて悪りィな。こっちも色々あるんだわーこれが」
「言い訳ネ」
「テメエは黙ってろ」
砕けた喋り口調で言い放つ、視線の先でソファーに座り込んだ1人の男。藍染の手ぬぐいを頭に巻き、その出で立ちは何処かの頭が職人のような雰囲気を醸し出している。先ほどから私の対応をしてくれた整った顔の男となれたように会話を交わすと、改めて私の方を向き直った。反射した眼鏡のレンズの奥の瞳が微かに細められたのが見えた気がして思わず息を飲む。そして男は一息つくと口に咥えていた自身のタバコを目の前のテーブルに置かれた灰皿で静かに消す。
「改めて、クロガネ事務所の鉄床 万治(かなどこ ばんじ)。一応此処のトップだ」
「…初めまして、雄英高校から来ました。眞壁 帷です。よろしくお願いします」
深々と頭を下げる帷に対して嬢ちゃんなどと馴れ馴れしく声を上げる男、鉄床 万治。噂はそれとなく聞いていたが…どうやら噂通りの男らしい。新人を雇う事はまずなく、彼自身のサイドキックもほんの僅か。そもそもヒーロー活動もここ最近はあまり行っていないとまで言われているぐらいだ。
「……正直、こんなドマイナーな事務所の指名受けるとは思わなかったよ。嬢ちゃん」
ソファにふんぞり返りながら言う万治が薄く笑う。どうして活動もしていないと言われているよう事務所なのに、なぜ私がここを職場体験と選んだのか。切島くんにはそこそこ嘘を言ってしまったが、私自身がこの事務所を選んだ理由は別にある。自然と握られる拳を抑えながら意を決して口を開きかける。
「………、」
「まぁ、待て。アンタが来た理由含め、色々と俺らに聞きたい事があると思うがまずは―…」
息を吐き出すより前、制止をかけられ言葉を止める。万治の方も帷がどうしてこの事務所を選んだのか、その理由を知っている様子で帷の言葉を遮った。
そうだ。私には貴方達に聞きたい事がある。それもたくさん。しかし制止されてしまえばこちらから口を開くことは許されない。先ほどの一件を見ていれば、下手をすれば追い出されかねないという考えが頭を過ぎる。が、
「スーツに着がえな。先に力を見たい」
「…へ?」
「あ、帷ちゃんの部屋こっちネ〜」
予想外の言葉に思わず間抜けな声が出た。「着替えたら裏に来い」と短く言い捨てながらちょいちょいと裏口らしき扉を指差す万治。と、いつの間にやら私のヒーロースーツの入ったケースを手に持って、こっちこっちと手招きしながらあの整った顔の男性が優しげな笑みを浮かべて笑っていた。