―― 職場体験当日。


都市部の駅構内。平日でもガヤガヤと賑わい、かなりの人達が己の目的地に向かって行きかう。時折遠くから「雄英の子だ〜」なんて体育祭のときの印象もあってか、ちらほら此方を気にしている声も聞こえる。そんな駅の一角で、私たちA組と担任の相澤先生は居た。


「コスチューム持ったな。本来なら公共の場で着用厳禁の身だ。落としたりするなよ」


明らかに眠そうな相澤先生が挨拶もそこそこに全員そろったのを確認、そして皆がそれぞれ特注で作ってもらった自身のヒーロースーツの入ったスーツケースを確認する。


「はーい!」

「伸ばすな "はい" だ芦戸。くれぐれも失礼のないように!じゃあ行け」


元気ではあるが何とも気が抜けそうな返事を返す芦戸ちゃんに厳しく注意する相澤先生。そして、そのまますぐに解散を言い渡すと皆がそれぞれの目的地に向かって動き出す。今から約1っ週間の間。皆全国に散らばることになるのだ。


「元気でね!帷っち!」

「そっちこそ気を付けてね!三奈ちゃん!!」

「眞壁さんもくれぐれも無茶をなさらないように」

「分かってるよ。百ちゃん」


あちこち離れ離れになってしまうクラスメイトに、バイバーイ!またねー!と手を振って解散していくA組の皆。出発の時間もある。のんびり語り合ってる暇もない。チラリと勝己を見ればとっくに1人で目的の交通機関の乗り場に向かってツカツカと歩き出していた。
離れていく皆を遠目に、切島くんや上鳴くんがちらりと此方を振り返ってグッと親指を立てたのでこちらも満面の笑みでグッと親指を立てて返す。
じゃあまたな、と小さく挨拶を交わしてくれた常闇くんや轟くんとも「うん」と小さく返して手を振る。嗚呼、なんか本当に新たな旅立ちみたいだなぁ…短い期間だけど、なんか寂しいというか…いや、私もそんな弱気になっている場合じゃない。それに、まだ、声をかけるべき人が―…。


「飯田くん」


私が振り返ると同時に聞こえた出久の声。私の横にすっと立つお茶子ちゃんも同じ心境の筈。何も言わず、何も交わさずに目的地に向かって歩き出している彼の背を一瞬呼び止めると、彼は―…飯田くんは素直にこちらを振り返った。


「……本当にどうしようもなくなったら言ってね?」

「LINEもメールも有るし、いざとなったら電話でも良いから」


体育最後に知った、飯田くんのお兄さん(インゲニウム)の事件。逃走中の犯人。神出鬼没。過去17名のヒーローを殺害し、23名ものヒーローを再起不能に陥れたヒーロー殺し―…敵名"ステイン"。
きっと彼の心情は、穏やかではないはずだ。その心情を私は痛いほど知っている。でも彼は優しいし強いから泣きわめいたり、失望したりなんてしない。きっと表情にもその心情を映し出すことは無い。いつも以上に冷静で、静かで…。だから余計に心配なんだ。


「友達だろ」


出久と私の言葉に刻々と横で頷くお茶子ちゃん。私の向かう所なんて飯田くんの向かう事務所とそう遠くないところだから、いざとなれば駆け付ける覚悟でいた。連絡先もここに居る4人は既に交換済み。誰にでもいい、本当に必要となれば呼んでほしい。話しかけてくれるだけでもいい。私も出久もそう、念を押したつもりだった。


「ああ」


優しくそう返事を返して、彼は再び歩き出した。その背中を見送りながら、少し不安を残しつつも私たちも「あとでLINEするね〜」とかいろいろ言葉を交わしながら自分の目的地に向かって解散した。

――…この時、もっと強く声をかけるべきだった。私たちはこの日の事をやがて後悔する事になる。



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