体育祭から2日後。身体の疲れも取れてたこの日は雨だった。いつものように登校すれば、いつものように皆そこに居て「おはよ〜」とこれまたいつものように声をかけてくれる。


「超声かけられたよ 来る途中!!」


いつものHR前、声を上げたのは芦戸ちゃん。そう、確かに私たちはいつものように登校した。いつもと同じ朝の筈だった。でもその登校の途中はいつもと違ったのだ。


「私もジロジロ見られて何か恥ずかしかった!」

「うんうん!めっちゃ見られた!」

「俺も!」


透ちゃんを筆頭に私と切島くんも芦戸ちゃんの言葉に肯定する。どうして私たち高校生が登校中に凄い視線を集めたのか。原因は決まってる。雄英体育祭だ。何せ、テレビ中継もされていた毎年恒例の特番だ。不特定多数の大勢が見てるに決まってる。


「俺なんか小学生にいきなりドンマイコールされたぜ」

「「ドンマイ」」


瀬呂くんの言葉に思わず零した言葉が梅雨ちゃんと重なる。ほら、小さい子から大人まで幅広い世間の人たちが私たちに注目しているのだ。…未来のヒーローの活躍を少しでも知っておきたい。言い方が良いか悪いかは分からないが、きっとこれから活躍していくであろうヒーローの卵たちを品定めしているのだ。


「たった一日で一気に注目の的になっちまったよ」

「やっぱ雄英すげえな…」


実感したのは、雄英の影響力。と、私たちヒーローの卵たちに向けられた期待と同じぐらいのプレッシャー。日頃から見られている事を改めて実感したような気がした。…に、してもあのバトルが大勢の人に見られていたことを思い出すだけでかなり恥ずかしい。否、勝ち負けとかじゃなくて、熱くなってしまった自分をさらけ出してしまったというか、なんていうか…。


キーン コーン カーン…


「おはよう」


HR開始の鐘が鳴った瞬間、つい先ほどまでワイワイガヤガヤしていた室内が一斉に静まり返る。鐘と共に教室に入ってきた何とも気の抜けた相澤先生の声だけが響いた。


「相澤先生包帯取れたのね 良かったわ」

「婆さんの処置が大ゲサなんだよ。んなもんより今日の"ヒーロー情報学"、ちょっと特別だぞ」


体育祭のときにはミイラ男かというぐらい包帯ぐるぐる巻きになっていた先生だが、今日は顔に少し傷が残っているものの、顔の包帯はほぼ取れている。その様子に梅雨ちゃんが明るく声をかければ、けだるそうに答える相澤先生。
にしても、ヒーロー情報学が特別とはどういうことだろうか。まさか小テストか?と少しだけドキドキしているのが伝わる室内。しかし相澤先生の口から出た言葉は、全く別物で。


「"コードネーム" ヒーロー名の考案だ」

胸ふくらむヤツきたあああああああああ!!


その一言にワッと一気に沸き立つ教室中。みんな両手を上げたり、中には立ち上がったり飛び上がったりして歓喜・興奮している。高校生ながらのノリと言えばいいのか、勿論私も「よしッ!」とガッツポーズを決めた。


「というのも先日話した"プロからのドラフト指名"に関係してくる」


しかし次の瞬間には相澤先生の見開かれたその目力と無言の圧力に、その場に居た誰もが一瞬にして察して一瞬にして静まり返る。


「指名が本格化するのは経験を積み即戦力として判断される2、3年から…つまり今回来た"指名"は将来性に対する"興味"に近い。卒業までにその興味が削がれたら一方的にキャンセルなんてことはよくある」

「大人は勝手だ!」


ガンっと机を小さく叩く峰田くん。大人はいつだって勝手だ。でもその勝手な興味をどう自分に向けるかという小さな戦いは1年生のうちから始まっているのは事実だ。
何事も第一印象が大事だが、もう第一印象として世間に自分の存在を示したのはあの体育祭という訳だ。いかに自分をアピールできるか、いかに自分の個性の無限性を相手に示すか。今日の登校中の声をかけられることもきっと大人たちの興味の一種だ。


「頂いた指名がそんまま自身へのハードルになるんですね!」

「 そ。 で、その指名の集計結果がこうだ」


と黒板に書きだされたのは、圧倒的な差が示しだされた指名結果。グラフがグラフの意味をしてない。もう数字だけで良い気がするぐらい、その差は歴然だった。


「例年はもっとバラけるんだが2人に注目が偏った」

「だ―――白黒ついた!」

「見る目ないよね プロ」


圧倒的A組の指名件数を勝ち取ったのは轟くんと爆…勝己だ。明らかに偏り過ぎの結果に半ば投げやり気味に叫ぶ上鳴くんと、少しご立腹の青山くん。ちなみに2人の名前は書きだされていない。


「1位2位逆転してんじゃん」

「表彰台で拘束された奴とかビビるもんな…」

ビビってんじゃねーよプロが!!

「いや、ビビるわ」

「ああん?!」


指名件数の結果は体育祭で1位だった勝己よりも2位の轟くんの方が多い。切島くんや瀬呂くんの言う通り、個性の使い方のセンスは抜群だったとしても最後の最後にあれでは…。同じクラスのみんなでさえ言葉を失うほどの表彰式だったのだ。無理も無い。熱くなる勝己に冷静にツッコめば勢いよくこちらを振り向いて声を上げてきたから、ふいっとそっぽ向いてやった。


「これを踏まえ…指名の有無関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう」

「!!」

「おまえらは一足先に経験してしまったが、プロの活動を実際に体験して より実りある訓練をしようってこった」

「それでヒーロー名か!」

「俄然楽しみになってきたァ!」


職場体験で実際にヒーロー活動をするのに本名を使う訳にはいかない。実際に世間でも本名の知られている幻影器ヒーローは一握りの有名ヒーローだけだ。そこで今日のこの授業の時間を使って自分のヒーロー名を決める、という事らしい。


「まァ仮ではあるが適当なもんは…」

付けたら地獄を見ちゃうよ!!


相澤先生の台詞を横取りする形でカツカツと響くヒールの音と共に1年A組の教室に現れた1人のヒーローに誰もが呆然と見とれていた。


「この時の名が!世に認知されそのままプロ名になってる人多いからね!!」

「ミッドナイト!!」

「まァ そういうことだ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう」


教室に現れたのは、普段は近代ヒーロー美術史の担当教師をしているミッドナイト先生だ。体育祭のときには1年生の主審を務めた女性ヒーロー。
本来であれば彼女の科目ではないが、「俺はそういうのできん」と早速教卓の下から寝袋を用意しつつほぼ丸投げしている相澤先生を見る限り此処からはミッドナイト先生にバトンタッチされるようだ。


「将来自分がどうなるのか、名を付けることでイメージが固まりそこに近づいてく。それが"名は体を表す"ってことだ。"オールマイト"とかな」


将来の自分、か…。今までヒーロー名を考えてこなかった訳じゃないけど、ある程度ふざけ半分というかまだ自分には早いかなぁとか思いつつ真剣に考えていなかったな…。
前の席から手渡されるフリップを受け取り、自分の分以外の残りを後ろに回す。真っ白なフリップを見つめる。周りの人たちがペンのキャップを取り、書き始める音を聞きながら皆自分の事を考えてるんだなぁなんてどこか他人事に思いつつ、自分も意を決してペンを手に取った。


――15分後。


キュッキュッとフリップの上でペンが動く音や、うーんと唸ったり小さなため息が微かに聞こえていた教室内で、時計を確認したミッドナイトがゆっくりと口を開く。


「じゃ そろそろ、出来た人から発表してね!」

「!!!」


まさかの発表形式?!と一瞬ザワつく教室だが、全く動じていない青山くんが挙手し席を立つ。先生と1対1のやり取りとか相談とか思ってた以上、皆の前で発表すると言うのはこれはかなり度胸が居る…というか、センスがバレる。


「輝きヒーロー "Ican not stop twinkling."(キラキラが止められないよ☆)」

短文!!!


初めから凄いの来た。いや、もはや名前じゃなくて文章じゃないかと心の中で皆が突っ込みを入れる中、ミッドナイトと青山くんは「そこはIを取ってCan'tに省略した方が呼びやすい」「それねマドモアゼル☆」なんてやり取りを交わしている。いや、問題はそこじゃないんじゃ…。


「じゃあ次アタシね!"エイリアンクイーン"!!」

「 2 !!血が強酸性のアレ目指してるの!?やめときな!!」

「ちぇー」


自信満々で青山くんの次に席を立った芦戸ちゃんの名前に誰もが脳内であの映画シリーズを思い出しただろう。ヒーローのイメージとは遠いように感じるその脳裏を過ぎった存在にミッドナイトが必死に止める。芦戸ちゃんが残念そうに席に戻るのを横目に、皆きっとこう思っているだろう。最初に変なの来たせいで大喜利っぽい雰囲気になってしまった…と。
そんな手を上げるにもかなりの勇気のいる雰囲気の中、ケロッと鳴きながら「じゃあ次 私いいかしら」と挙手したのは梅雨ちゃん。教卓の上に置かれた彼女のフリップには何とも愛らしい文字。


「小学生の時から決めてたの。"フロッピー"」

「カワイイ!!親しみやすくて良いわ!」


梅雨入りヒーロー"FROPPY"と書かれたフリップ。お手本のようなネーミングね!とミッドナイトにも高評価を貰い、彼女のお陰で先ほどまでの空気が一気に変わったこともあって皆も気軽にフロッピー!とお礼をこめて彼女の名を呼ぶ。
そこからは実に早い。みんなこの流れを逃すなとばかりに次々と自分のもう一つの名前を発表していく。みんな、憧れのヒーローから名前の1部を貰ったり、自分の個性の特徴をしっかりと捉えた良いセンスをしている。
…まぁ勝己の"爆殺王"は流石に無いだろう。明らかに助ける側の名前じゃない。どちらかというと敵側の…これ以上は言うまい。戦闘に関してはかなりのセンスを持ってる筈なのに、此処でその力を発揮しないでどうするのだ。ミッドナイトに再考を宣告され、不満げな勝己が席に戻るのを私は当たり前だろうと心の奥底で冷静にツッコミをいれていた。
ただ、轟くんに関してはそもそもヒーロー名なんて必要ないのか自分の名前をそのままヒーロー名として書き出していたりと皆やはり考え方もセンスも十人十色だ。


「…はい」

「ん、じゃあ次 眞壁さんね」


クラスの半数以上が終わった頃、兎に角発表してしまわない限り終わらないなと意を決して挙手すればミッドナイトが私を指名する。席を立ち、フリップを皆に見えるように教卓の上に置きながらその名を改めて口に出す。


「えっと、私はこれ。"シャットパージ"」

「うんうん!"締め出す"という意味ね!バリアの個性を持つ貴方にはぴったりで良いじゃない!」


教室の所々でおお〜と小さく声が漏れ、パチパチとみんな拍手してくれた。ギュッと握ったフリップに書いたそのヒーロー名は、ずっと昔に考えていたその名前を改めてフリップに書きながら私は思わず微笑んでいた。その瞬間、やっぱり私はこのヒーロー名が好きだと実感したのだ。一部だとしてもこの名を受け継ぐ事が私にとって素敵な事なんだと思った。


「いい名前だね」

「ありがと」


席に戻ると近くの席の出久と目が合った。彼は気付いてくれたのだろう。私のヒーロー名が私にとって永遠の憧れのヒーローの名前と一部分が同じことを。優しく微笑んでくれた出久の顔を見て脳裏にそのヒーローの背中がチラつく。ふふ、この名前、本当好きなんだ。
不意に視線を前に戻すと、今度はこちらをずっと見ていたらしい勝己と目が合う。何か言いたい事でも?と首を傾げれば彼は小さく「ケッ」と零しながら前に向き直ってしまった。きっと彼も出久と同じく気付いていたのだろう。幼い頃から良くも悪くも交流がある私たちにとって、私が付けたヒーロー名は印象深いものだから。


「思ったよりずっとスムーズ!残ってるのは再考の爆豪くんと…飯田くん、そして緑谷くんね」


まだヒーロー名を発表していない2人(+1人)の名が挙げられ、飯田くんが教卓に立つ。彼の持つフリップに書かれていたのは漢字で2文字。至ってシンプル…というよりも。


「あなたも名前ね」


天哉。轟くんと同じく、自身の名前の書かれたフリップを持つ彼の顔はとても深刻そうだった。ミッドナイトの声に小さく頷いたあと、すぐに席に戻ってしまった彼と入れ替わるようにして出久が席を立つ。そして教卓の上に置かれたフリップに書かれていたそのヒーロー名に教室中が驚いた。


「!?」

「えぇ緑谷いいのかそれェ!?」

「うん。今まで好きじゃなかった。けど ある人に"意味"を変えられて…僕にはけっこうな衝撃で…嬉しかったんだ」


たった2文字、" デク "と書かれたフリップを持った彼の両手は相変わらず包帯ぐるぐる巻きで、そのフリップに描かれた出久らしい文字に彼の優しさと意思の強さと、本当にその名前を背負う事を決めている事を感じ取る。


「これが僕のヒーロー名です」


何より、彼自身がその名で呼ばれていた過去を振り返っても決して後悔の念とかそんなの感じさせないぐらい真っ直ぐに前を向いて胸を張っているものだから、私は何も言えずにただ気付いたらうんうんと小さく頷きながら微笑んでいた。



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