―――…
「≪―繰り返します。ステージ大崩壊の為、しばらく補修作業に入ります。次の試合開始まで各自休息を取ってください―…≫」
リカバリーガールの元へと運ばれていく出久の姿を私は呆然と見ていた。その後会場中に流れる放送もどこか遠くに見ていて、周りの観客たちがおもむろに席を立っていくのをなんとなく視界の隅に収めたまま、ただただ座っていた。
「私、デクくんの様子見てくるね!」
「ああ、心配だ。僕も行こう」
「あ!オイラも!!」
「待ってお茶子ちゃん、私も行くわ」
徐に立ち上がってそう宣言するなり一気に駆け出していくお茶子ちゃん。それに続く飯田くんと峰田くんと梅雨ちゃん。その後ろ姿を何故だか今日は追う気にもならなくて、ただ呆然と見つめていた。出久が心配じゃないのかと聞かれれば、心配じゃない。今すぐにでも出久の元に駆けて行って大丈夫?!って声をかけたい。でも、今日の私はその場でじっと座っている。
「いかねーの?」
そんな私を不審に思ったのか下の座席から階段伝いに上ってきた切島くんが足を止めて、こちらを見て不思議そうに声をかけてくる。今にも駆け出してしまいそうな体を誰にも気づかれないように押さえつけながら切島くんを見つめ返す。
『うん』
「へぇ、意外だな。眞壁なら真っ先に緑谷ンとこ飛んでいきそうなのに」
あ、やっぱり周りにもそう思われてるんだ。と我ながらどれだけ出久とセットで考えられているんだろうとか思ってしまう。でも、実際はそうなのだ。いつもならきっとさっき飛び出して行ったお茶子ちゃんの役を買って出るのは私の筈なのに、今日に関しては微動だにせずにこうして座っているのだから。
『だって今、出久凄くカッコ悪いだろうから」
「…は?」
『ふふ。言い方が悪かったかな』
「?」
『カッコ悪いトコなんて、人に見られたくないでしょ?』
小さく笑いながら言えば、切島くんは少し首をかしげていた。ボロボロの姿を皆に見られたって仕方ない。負傷しながらも何か成し遂げた人のことを名誉の勲章とかいう人も少なくはないけれど、当の怪我をした本人にしてみればそんな間抜けな姿を見られたくないだろう。特に中の良い友達には…。
「んー…良く分かんねえけど、そうなのか」
『うん。良くわかんねーけどそうなの』
お見舞いに行ってもスグにリカバリーガールに追い出されるのは目に見えている。きっとお茶子ちゃんたちも、スグに戻ってくるだろう。けど、きっとお茶子ちゃんたちは出久に元気を置いてきてくれるだろう。友達に心配される事は恥ずかしい反面、嬉しいのだ。だから、お茶子ちゃんたちに任せておけば大丈夫。…そう、出久にとって、もう私なんて―…。
『切島くんも、これから試合出るんでしょ?ほらさっさと準備準備』
「お、おう!」
『頑張ってね。私は此処で応援してる』
「おう!眞壁の分も勝ってくっから!」
『頼んだ!』
「任せとけ!」
そこまで考えて止めた。休憩に誘っていたらしい上鳴くんと瀬呂くんが遠くで切島くんを呼んでいる。このまま引き留めても仕方ないし、試合も控えている切島くんの休息を奪ってしまっては申し訳ない。いつもの笑顔で切島くんを送り出す。
グッと親指を立てて任せとけ!と眩しいぐらいの笑顔を置いてかけていく切島くんをヒラヒラと手を振って見送る。本当、その笑顔も口調も全部頼もしく思えてしまうから困ったものだ。
「何が今カッコ悪いだろうから、だ」
ふう、と息を吐き席に座り直そうとした時に飛んできたぶっきらぼうな声。見ればいつも通り…いや、いつも以上に不機嫌そうな爆豪くんがこっちを見下ろしていた。嫌味を含んだその言葉にキョトンとして彼を見上げていれば彼はケッと小さく吐き出して視線を逸らした。
「デクはいつもカッコ悪いだろうが。バーカ」
『……ぷふっ』
何を言うかと思えば。思わず小さく噴き出して笑う。そう、そうでした。デクはいつもカッコ悪くて、ドジで、お人よしで…でも結局カッコよくて、優しくて。それに対して彼は、
『本っ当、相変わらず負けず嫌いだよね。爆豪様は』
「オイ、喧嘩売ってんのか」
『もう売って負けたんだよ、私は』
息を吐くようにして笑う。さっきの試合で勝負は決した。最後の力を振り絞って今持っている自分の持ってる力を使っても彼には敵わなかった。勝負を仕掛けた結果、私はもう負けたのだ。まぁ普段から彼には身体的にも頭脳的な点でも全然敵わないのだけれども。
「……普通、自分が戦った相手を応援するもんじゃねーのかよ」
ボリボリと後頭部の方を掻きながら、小さく吐き捨てるかのようにそういった彼を思わずバット顔を上げて見つめる。相変わらず視線は遠くを見たままで表情も不機嫌そうだ。
『…何?応援してほしかったの?』
「アア?!ンな訳ねえだろうが」
キョトン、とした表情のまま爆豪くんを見つめながら問いかけると彼は驚いた表情でこちらを勢いよく振り返ったと同時に凄い形相になって大声で吐き捨てる。周りの人がきっと不振がってるからやめてと言いたくなるが、そんな周りのことなどお構いなしの彼にとってみればそんなの関係ないのだろうが。
「テメエの応援なんかなくたって俺が1位だ、バーカ」
次はどんな暴言を吐くのかと思えば、それだけ吐き捨てて彼はズカズカと階段を上っていく。何なんだ一体。まるで意地を張る子供のように言うだけ言って遠のいていく彼の背を眺めながら呆然としていると、不意に私の席の傍に座って居た常闇くんの声が飛んでくる。
「…お前たち本当は仲がいいだろう?」
その声にまるで油の切れた機械のようにギリギリと振り返ると、腕を組んですわってこちらを見ている常闇くんの傍に座っていた障子くんも「俺もそう思うぞ」なんて言うから思わず言い返してしまう。
『冗談じゃない』
これのどこが仲良く見えるというのだ。