轟くんの顔が険しくなるのが視える。あんな苛立ったような表情は初めて見た。出久に言われたことがよほど彼の気に触れたのか、ダッと勢いよく駆け出す轟くん。が、それに負けじと即座に反応する出久。一気に彼との間合いを詰めて、そして。


「≪モロだぁ―――生々しいの入ったあ!!≫」


轟くんの体を宙を舞い、後方に吹っ飛ぶ。出久の振りかぶった拳がモロに轟くんの腹に決まった。会場中が「轟に…一発入れやがった」「どう見ても緑谷の方がボロボロなのに…」とザワつく。それはそうだろう、もはや勝負は決していたように見えた場面でこんな、


「ここで攻勢に出るなんて…!」


どんでん返しにも似た展開になるなんて誰が予想出来ていただろう。否、私自身出久を信じていなかった訳じゃないが、まさかここまで大きく出るとは思ってもみなかったのが正直なところだ。
でも、もう出久の方がとっくに限界を迎えているのも目に見えていた。会場の隅でセメントス先生とミッドナイトがこっそり通信しているのが視える。きっとこのまま試合を続けさせるか連絡を取り合っているのだろう。何せ、出久の状態は傍から見ても異常な負傷具合だったし、例え試合に勝ってリカバリーガールのもとへ運んでも次の試合に間に合うかどうか…。


「何でそこまで…」


轟くんの呟きが聞こえた。どうしてそこまでボロボロになっても戦い続けるのか、という問いかけなのか。それとも、どうしてそんなに俺に構うのかという意味なのかは良く分からない。多分だけれど、私には目の前の出久という存在自体にその疑問を投げかけているように聞こえた。


「期待に応えたいんだ…!」


そんな轟くんの疑問に答えるように、どうにか自分の体をそのふらつく足で支えながら一気に地面を踏みしめて駆け出す出久。再び詰まる2人の距離。


「笑って応えられるような…カッコいい人に…なりたいんだ


その目に曇りは一切ない。顔が死んでない。意思が、心がまだ負けていない。出久は一気に間合いを詰めるとそのまま立ち尽くしていた轟くんの額に頭突きを繰り出す。ゴッと痛々しい音が響く。これもモロに入った。轟くんがよろめく。


「だから全力で!やってんだ皆!」


よろめく轟くんがどうにか倒れまいと数歩後ずさりし、間合いを広げる。流石の轟くんも連続で氷を繰り出していたからか動きが鈍くなっているのが目に見えて分かる。それに出久の言葉にも少し押されているように見えた。


「君の境遇も、君の決心も僕なんかに計り知れるもんじゃない……でも」


よろめく両者がどうにか踏ん張ってその場に立つ。


「全力も出さないで一番になって、完全否定なんて、フザけるなって今は思ってる!」


出久も全力、私も他の皆も全力を出し切って此処にいる。たとえその結果が敗北だとして、悔しい思いをしたとしても、それを糧として前に進もうとしている。なのに、なのに貴方は、轟くんは全力を出さないで頂点に立って、あの人を見返して―…今は満足かもしれないけれど、きっと、きっといつか後悔する。きっと。きっと。


「うるせえ…」


どれだけあの人を憎いと思ったって、どれだけ今まで辛い経験をしてきたって、それだけは。それだけはダメ。あの時の、私と同じになってしまう。それがどれだけ空しくて、どれだけ悲しいか。そんな思い、したらダメだ。


「だから……僕が勝つ!!君を超えてっ!!」


出久も、きっと轟くんのその心の内を見抜いているに違いない。だから、出久だから此処で退かない。決して。退いてはいけないのだ。再び出久の拳が轟くんを吹っ飛ばす。宙を舞い、地面に倒れた轟くんだがすぐ立ち上がろうと体を起こす。


「親父を――…」

君の!力じゃないか!!


まだ言うかとばかりに出久が叱りつけるかのように声を張り上げる。瞬間、轟くんの表情が先ほどまでの険しいものから悲しそうな、何とも言えない表情へと変わったのを私は見逃さなかった。刹那―…

ゴオ

出久の目の前に音を立てて広がるのは激しく燃え上がる炎。一気に広がるその光景に思わず誰もが息を飲んだ。


「≪これは――…!?≫」


実況中継のプレゼントマイクの声も驚きに変わり、観客席にも熱風が襲いかかる。先ほどまでの冷気が嘘のように一気に熱くなる会場。燃え盛る炎の向こうに居るであろう彼を見据えながらいつか彼が「戦闘に於いて熱(ひだり)は使わねえ」と言っていたのを思い出した。


『使っ…た…!』


アチチッと炎の熱に後ずさる出久。これは、彼の、熱(ひだり)。ここに来てそれを使うか、と内心出久を心配しながらもその会場に燃え上がった一つの炎を見て、何故だか分からないけれど喜んでいる自分もいた。


「勝ちてえくせに………ちくしょう…敵に塩送るなんて、どっちがフザけてるって話だ…」

『(…だって、それが)』


凍る右、燃える左。そう、それが君自身。2つの能力があって、1つの個性になる。なんて素敵な個性だろうか。それを否定するなんて、憎しみですべてを投げ出してしまうなんて、そんなひどい話は無い。


「俺だって、ヒーローに…!!」


それでいい。出久も轟くんもお互いの顔を見つめ合って笑いあう。敵に塩を送るふざけたヤツ?お節介焼きなヤツ?そうでしょう?いつになったってそれが、


『(だってそれが出久だもの)』


自分自身の損得なんて考えてない。ただ目先にあるものの事に集中するとそれ以外に視線が向かなくなる、真面目なヤツ。それが出久。勿論、良い意味で。友人としてとても素敵な人だと思えるのは出久の根本的なその部分が変わらないから。


「焦凍ォオオオオ!!」


会場中に轟く、独特の声。雄叫びにも似ていたその声に会場中が振り返る。そこに居たのは観客席の上方から試合を見守っていたあの人―…エンデヴァーその人だ。


「やっと己を受け入れたか!!そうだ!!良いぞ!!ここからがお前の始まり!!俺の血を持って俺を超えて行き…俺の野望をお前が果たせ!!」


轟くんが熱(ひだり)を使うのを心待ちにしていたであろう張本人は、興奮のあまり高らかに声を張り上げながら観客席を下りてくる。


「≪エンデヴァ―さん急に"激励"…か?親バカなのね≫」


他の観客の視線など眼もくれずに観客席の一番下まで下りると柵の手すりに体を預けるかのように身を乗り出し、轟くんに向かって言葉を放ったが、当の声を掛けられた轟くんはエンデヴァーを振り返る事も無くただただ楽しそうに出久を見ている。


『(残念だけど、もう轟くんは貴方を見ていない。今、彼が見ているものは―…向き合っているものは、)』

「凄……」

「何笑ってんだよ。その怪我で…この状況でお前……イカレてるよ」


試合相手としての出久、ただ一人。それでこそトーナメント戦だ。目の前にいる敵を倒すことに集中しないで勝てる訳が無い。轟くんの体から燃え上がる炎に思わず感嘆の声を漏らしながら笑って居る出久に対し、轟くん自身も先ほどとは打って変わってとても楽しそうに笑って居た。


「どうなっても知らねえぞ」


その言葉を合図に勢いを増す轟くんの炎に氷、そして出久の体中に走る閃光。お互い、これが最後の一撃になる事は分かり切っていた。だからこそ、全力でぶつかり合うのだろう。そう直感した。だが、それをマズいと判断したのか試合を見守っていたセメントス先生とミッドナイトが慌てて動きだすのが視界の隅で見えたがそれよりも早く、両者が動いた。


WHAKOOOOM


互いがぶつかり合い、凄まじい音と共に巻き起こるもの凄い衝撃波と爆風。会場の地面が抉れ、砂煙が舞う。一瞬にして視界を奪われる。


『ふぐっ…!』

「何コレエエエエ!!!」


息が出来ないほどの爆風に、体の小さい峰田くんが飛ばされそうになっているのを障子くんが捕まえている。ふぐぐぐぐぐ…と息苦しさのあまりに声が漏れる。隣のお茶子ちゃんと腕を掴み合ってその爆風に耐えると、視界に広がるのは砂煙に包まれた会場だった。


「≪何今の…おまえのクラスなんなの……≫」

「≪散々冷やされた空気が瞬間的に熱され膨張したんだ≫」

「≪それでこの爆風て、どんだけ高熱だよ!ったく何も見えねー。オイこれ勝負じゃどうなって…≫」


実況のプレゼントマイクもさすがにこれでは勝負の結果が見えないとばかりに文句を漏らしていた矢先、煙の中から微かにザリ、と砂を踏む音が聞こえてあの赤い靴が視えた。


『…いず、』


思わず声が出た。煙が晴れた先に居たのは会場の壁に体を打ち付けたのであろう痕を残しながらズルズルと壁伝いに倒れ込む出久の姿と、酷く荒れた会場の中に立つ体操着の左側が燃えてしまった轟くんの姿。勝負あり、だ。


「緑谷くん……場外」


爆風の勢いで倒れ込んだ様子のミッドナイトが静かに判定を下す。


「轟くん――…3回戦進出!!」


ワアアアアアと湧き起こる歓声。誰がここまで熱い試合になると予想できたであろう。始まりは轟くんのストレート勝ちと思われていたこの試合で、轟くんの左側を覚醒させ、轟くんを満身創痍とさせた出久の試合っぷりは今まで見てきた出久の中でもかなり無茶をしたのは言わずもがなだ。


「緑谷の奴、煽っといてやられちまったよ…」

「策があったわけでもなくただ挑発しただけ?」

「轟に勝ちたかったのか負けたかったのか…」

「何にせよ恐ろしいパワーだぜありゃ…」

「気迫は買う」

「騎馬戦までは面白い奴だと思ったんだがなァ」


リカバリーガールの元に運ばれていく出久の姿を見つめる私の耳に届く観客たちの声は、まるで出久の事を理解していなくて正直残念だが、もうそれはどうでもいい。試合が終わり、控室へと向かう轟くんを見送りながらフといつの間にか握っていた掌にうっすらと汗をかいているのに気付く。それほどまで集中して試合を見ていたのだろう。

フと視線を移せば、彼も少し複雑な顔でずっと会場を見つめていたのが視えた。



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