『お隣空いてますか?』

「あ!帷ちゃん!!空いてる!全然空いてる!!」


リカバリーガールの治療を受けて応援席に戻るとそこにはお茶子ちゃんと飯田くん、そして他のA組の皆も居てこちらを振り返るなり「おかえり〜!」と声をかけてくれた。ありがとうなどと声を返しながらお茶子ちゃんの隣の開いている席に腰掛ける。…そんなみんなの一番前の席にドカリと腰を下ろしている私と戦った当の本人はチラリと此方を見たけどすぐに前に視線を戻した。まぁ、戦った者同士でなんと声を掛ければいいのか私も分からなかったから別にいいのだが。


「もう動いて大丈夫なのか?」

『ん、お陰さまでこの通り。常闇くんも2回戦出場おめでとう』

「ああ」


飯田くんの隣に腰掛けていた常闇くんが静かに聞いてくれたので、グッと力瘤を作るような動作を見せながらこちらも2回戦進出を祝う。


「それにしても悔しかったな」

『まぁ、私の未熟さ故の結果だからねェ』


飯田くんがまるで自分の事のように優しくそう言ってくれるからとても嬉しかった。傍から見れば結果は分かりきった試合だったかもしれない。でも私は少しでも彼にこの拳が届くのではないかと内心諦めきれずにいたのだ。けれど事実、私の実力が彼に届かなかった。これはその結果だ。
そう思いながら自分の掌に巻かれた包帯を見る。彼に追いつくには、否みんなに追いつくにはまだまだ私は強くならなければならないと現実を突き付けられた気がした。だから、決して無駄な試合なんかじゃない。とても、とても大事な試合だったのだと今になって思う。


「今は悔恨よりこの戦いを己の糧とすべきだ」

「タシカニ」

「うん、あの氷結、デクくんどうするんだ…?」

『出久の事だから何か策はあるとは思うけど…』


そう、悔やんでいる暇なんて私たちにはない。今は色々と吸収しなくては。相手の技も、戦術も、一つ一つの動き全てを参考に、自分を伸ばして行かなければこの先はきっと生き残れない。隣にいるお茶子ちゃんと飯田くんと共に常闇くんの言葉に深く頷いて会場を見た。


「≪今回の体育祭 両者トップクラスの成績!!まさしく両雄並び立ち今!!≫」


するとワアアアアア!と湧き起こる歓声の中、姿を現す出久とその向かい側から現れた轟くんが視える。お互い決して穏やかな顔つきではない。…轟くんは私の言ったことをどう捉えてくれているのだろう。…もしかしたら、何とも思ってないのかもしれないけど。


「≪ 緑谷 対 轟!! ≫」


この試合の一番の問題点は出久が瞬殺の轟くんをどう抑えるか、だ。大方出久も対策を練ってきてはいるだろうが、それでもあの瀬呂くんの時の轟くんの攻撃力を思い出すと気が気じゃない。そしてその恐ろしい試合の開始を知らせる合図が今まさに迫る。


『(恐らく互いに相手の力を押さえようとする筈。…なら、開始の瞬間その力は―…)』

「≪ START!! ≫」

『(激しくぶつかる!!)』


開始の合図とともにブワァッと巻き起こる冷気の風。「うわ寒っ!」と思わず観客席から声が聞こえるほどその空気は冷たく、突風のように吹いたかと思えば一瞬にして消えた。やはり、お互いそう来るか。


「≪おオオオオ!!破ったあああ!!≫」


一瞬の出来事で上手く視界に捉えられなかったが、スタートの合図とともに轟くんが放った氷の刃を出久が打ち消すために個性を使ったのだ。その証拠に冷気の去ったその先の会場に立つ出久の指は痛々しいほど損傷していた。自損覚悟で轟くんの技を打消した証拠だ。


『(やっぱり出久なら打ち消しにかかるよね。それも相手の威力が想像できないから出来る限りの力いっぱいで)』


瀬呂くんの時の威力を警戒してという事もあるだろうが、出来る限りの力いっぱいで技を放つのもかなり辛い筈。況してや出久の個性は自分を滅ぼすような使い方しか見ていないからこっちはこっちで気が気ではない。でもきっと出久はこの間にも突破口を探している。細かく相手を分析することが得意な彼が小さな油断を見逃す筈ない。


『(考えろ、出久。きっと轟くんにも隙は出来る。出久ならその小さな隙を見つけられる!)』


と、轟くんの容赦ない破壊力の攻撃を耐える出久を祈る思いで見つめているとそう間を空けずに轟くんが2発目を放つが、それも出久はなんとか打ち消す。また傷つく出久の指。嗚呼、痛い。痛々しい。でもそんなボロボロの中でも突っ込んでいくのが出久なんだ。きっと、出久は負けない。


「ゲッ、始まってんじゃん」

「お!切島 2回戦進出やったな!」

「そうよ!次 おめーとだ爆豪!」

「ぶっ殺す」

「ハッハッハ やってみな!」


不意に飛んできたその声にバッと振り返る。そこに居たのはB組の人と試合を行ったが引き分けで終わってしまった為に結局腕相撲で決着をつけた切島くんだった。少し擦り傷みたいな傷が見えるが、爆豪くんとも絡んでいるし本人はいたって元気そうだ。


「おう!眞壁じゃん!もう大丈夫なんか?」

『ん、大丈夫。ごめんね2回戦行けなかったよ』

「気にスンナって!お前の分まで俺が爆豪倒してやっから」

『うん!応援してるよ切島くん!』

「おい、本当に殺すぞお前ら」


任せとけ、とドンッと胸を叩く切島くんの頼もしい事といったら。そんなやり取りを快く思わなかったのだろう、拳を作りながらこちらを振り返った彼の顔はそれはもう本当人を殺しそうな勢いだ。まったく冗談も分からないのか。


「…とかいっておめーも轟も強烈な範囲攻撃ポンポン出してくるからなー…」

「ポンポンじゃねぇよ。ナメんな」

「ん?」


ポンポン強い攻撃出してくる爆豪くんに切島くんが参ったもんだぜとばかりに言葉を零すと、傍にいた瀬呂くんも「それな」と納得していたが、そのすべてを否定するように爆豪くんがぶっきらぼうに口を紡ぐ。


「筋肉酷使すりゃ筋繊維が切れるし、走り続けりゃ息切れる。"個性"だって身体機能だ、奴にも何らかの"限度"はあるハズだろ」


私の個性も使えば使うほど体力が削られていく。幾ら持久力をつけたとしても個性を一定時間酷使すれば自身も動けないほどに体が限界を迎える。そうすれば敵前で殺してくださいと言わんばかりの無防備状態。下手をすれば味方のお荷物になりかねない。
そう、幾ら個性が強くとも持久力が無ければ相手によってはかなり不利になる場合もあるという事だ。長引かせたら終わりのタイプと、長引かせれば勝ちのタイプ…選択肢を間違えると命取りだ。


「考えりゃそりゃそっか…じゃあ緑谷は瞬殺マンの轟に…」

『― 耐久戦、だね』


瞬殺で勝ち進んできた轟くんに対してとる出久の対策、それはきっと持久戦だ。出来ればきっと出久自身もその個性を見ると瞬殺で決めたいようではあるけれど相手との差を見れば歴然。自分が勝つ方法を見い出すとすれば相手が苦手とする耐久戦で相手を見るしかないのだ。


「≪轟、緑谷のパワーにひるむことなく近接へ!!≫」


と、氷の刃を放ち出久に打ち消されたその瞬間、一気に間合いを詰める為に駆け出す轟くん。出久の右手はもはや全滅状態だ。しかしそんなのお構いなしに轟くんが氷を放ち、それを打ち消そうと出久が左手を翳すとそれを見計らったかのように轟くんが自身の張った氷を足場に大きく飛びあがり、出久に向けて襲いかかる。
出久はとっさに飛び退いて避けたが、轟くんは逃がさないとばかりにそのまま地面に腕を振り下ろした体制のまま出久の方へと氷の刃を伸ばす。その氷は確実に宙に避けた出久の足を捕えていた。


『あ、』


近すぎる。そう思った次の瞬間、巻き起こる突風。先ほどまでよりもかなりの威力。捕えられそうになった出久がとっさに体を捩って攻撃を放ったのだ。まるで、近づくなと言わんばかりに。砕け散る氷の刃の合間から轟くんが出久の姿を捉える。


『(これはもう彼の"個性"だけじゃない…。判断力、応用力に機動力、全ての能力が―…)』


強い。何をとっても轟くんの強さは本物だ。対面している出久でなくともその実力はヒシヒシと伝わってくる。それに、出久の左腕は先ほどの攻撃で一気に壊滅状態だ。とっさの判断で仕方なくと言えど、これからの試合にかなりこれは痛手である事は確かである。
傍の観客からは「もうそこらのプロ以上だよ、アレ…」「さすがはNo.2の息子って感じだ」なんて轟くんの実力に唸っている声が多数聞こえてくる。そんなざわめきを遠くに聞きながら私の視線の先で会場に立っている轟くんが一瞬観客席の方に視線を向けたのが視えた。途端、ドクリと心臓が跳ねる。別に彼と目があったわけじゃない。ただただショックだった。彼は、まだ、出久を―…。


「≪圧倒的に攻め続けた轟!!とどめの氷結を――…≫」


もはや満身創痍の姿に近い出久に向け、ピキピキと自身の足元に氷を張り始める轟くん。その鋭さは今まで以上。ピキピキピキ…と肩で息を繰り返す出久にまっすぐ向かって行く無数の氷の刃。待って、轟くん。違う、それじゃ駄目―…。


どこ見てるんだ…!


その声がやけに脳天に響いて、一瞬時が止まった気がした。刹那、出久に向かって伸びていた氷の刃たちがいきなり放たれた攻撃による突風と共に音を立てて弾け飛ぶ。その威力は経っていた轟くんを場外へと押し出すぐらいの勢いだったが、轟くんも間一髪氷を張って自身の体を受けとめた。
衝撃を放ったその先に立っている出久の指は壊れきっている。その壊れきった指で先ほどの攻撃を放ったのだ。まだそんな力が残っていたのかとばかりに体を起こす轟くんに出久は静かに言い放った。


「震えてるよ、轟くん」


そう、出久は気づいたのだ。試合終盤に差し掛かった今、轟くんの変化に。相手の僅かな隙を出久は見つけたのだ。そしてその綻びの原因も。知っている。出久の冷静でいてとても静かな声が響く。


「個性だって身体機能の一つだ。君自身、冷気に耐えられる限度があるんだろう…!?で、それって左側の熱を使えば解決できるもんなんじゃないのか………?」


何故彼が自身の左側を使わないのか、出久と私と爆豪くんは知ってしまった。あの、彼の事情を。彼の抱えているものを。でも、それがなんだ。なんなんだ。きっと出久は私と同じで腹を立てている。


「……っ!!皆…本気でやってる。勝って、目標に近づくために…っ一番になる為に! "半分"の力で勝つ!?まだ僕は君に傷一つつけられちゃいないぞ!」」


みんな自分の力を限界まで振り絞って頂点を目指しているのに、彼はその全力を出さないまま頂点になろうとしている。そんなバカげた話があるものか。否、彼はこの体育祭の頂点など見ていない。その先に立っている大きな存在をまだ、見ている。だから目の前で大声を張り上げる出久を驚いた眼で見つめている。嗚呼、ほら。だから言ったのに。


全力でかかってこい!!


出久を嘗めないでって。



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