「はい、終わったよ」

『有難うございます』

「あの出久って子もかなり無茶する子だけど、アンタも随分無理する子だねェ」

『はは、反論できないです』


頬に貼られたガーゼ。地面に転がった時に擦ってしまったらしく、擦り傷になってしまっていた。他にも腕や足にも擦り傷が出来ていたがリカバリーガールの治療のお陰で歩けるまで回復してくれた時に一緒に消えた。まだ完全ではないが。
はは、やっぱり出久も保健室に通い詰めか、なんてリカバリーガールの言葉に苦笑しながら右手に巻かれたテーピングをチラリと見る。その下にはあの爆豪くんが目の前まで迫った時に砕けた自分のバリアの端で切った切り傷。それなりに深く切れてしまったようだったが、彼の…爆豪くんの振るった手の爆発の熱によって火傷を負ったことによって傷口が塞がっていた。果たして良かったのか、悪かったのか…。とりあえず出血も無く、済んだから良かったんじゃないかい?とリカバリーガールが言ったから良しとしておこう。…痕は残りそうだが。


「体力削らないようにほどほどにしといたから、残りは放課後ね。帰りに寄りな」

『はい、わかりました』


素直にリカバリーガールの言葉に頷き、腰かけていたベッドから立ち上がるとスンナリと体が持ち上がる。嗚呼、なんて体が軽いのだろう。運び込まれた時は起き上がれないぐらいだったのに。流石リカバリーガールである。ありがとうございましたと頭を下げながらリカバリーガール出張所を後にする。


『(…一応、連絡してみよっかな)』


通路に出て扉を閉めた所で不意に思った。治療中に医療ロボが控室から持って来てくれた私物の携帯をポケットから取り出し、電源を入れる。普段なら決してその欄を選択しないのだが、今日は特別。もしかしたら仕事の合間に見てくれていたかもしれない。否、見てくれていなくてもこちらから報告したい。私の初めての体育祭の結果を。
ピッピ、とアドレス帳からその欄を選択し、思い切って通話ボタンを押す。携帯を耳に当てれば、呼び出し音が鳴り始める。数回呼び出し音が鳴ったが…出ない。やはり仕事中みたいだ。というか何でこんなことをしようと思ってしまったのか。きっと迷惑に違いない。そう思い、すぐに通話終了ボタンを押した。仕事の、邪魔をしちゃいけない。そう思って、携帯をしまうと、不意にこちらに向かってくる足音がしてそちらに顔を上げる。


『あ、』


通路を曲がって現れたのは轟くんだった。向こうも此方に気付いて足を止める。そういえば、あの瀬呂くんとの試合を見てから姿を見ていなかった。控室にでも居たのだろうか、久々に見た気がした轟くんはあの会場で感じたような恐怖に似た感情は感じないぐらい、静かというか冷静に見えた。本当に瀬呂くんの時は機嫌が悪かったようだ。


『い、一回戦突破おめでとう』

「…ああ」


あの時の轟くんの雰囲気を思い出しながら、今はすっかりおとなしい雰囲気を纏っている彼に思わず口籠りながらもどうにかお祝いの言葉を述べると彼はいつもよりもかなり落ち着いたトーンで返事を返してくれた。…まだ、少し不機嫌なのかもしれない。と何故だかそう思った。


「…怪我、大丈夫か」

『へ?あ、うん?』

「かなりボロボロにされたろ?だから、平気か?」


急に轟くんから口を開いたものだから驚いて、変な声を出してしまった上に上手く理解できずに首をかしげると轟くんは相変わらず落ち着いた表情のまま言葉を続ける。どうやら先ほどの私と爆豪くんの試合の事を言っているらしい。ボロボロにされたって言い方はちょっと傷つくけれど、心配してくれた彼の言葉は本当に温かい。


『ん、大丈夫。ちょっと髪の端が焦げたけ、ど…』


そう言いながら近距離で爆破されそうになった時に焦げた髪の先を摘まみながら苦笑した。その時不意に轟くんの手がスッとこちらに伸びてくる。焦げた髪の下、まぁ額に近いところをちょっと確認するように指先で触れてきた彼の行動に思わずキョトンとしてしまった。


「ったく、少しは手加減しろよな。爆豪の奴」


吐息しながら本当に微かに笑った轟くんの手が離れていく。火傷してるんじゃないか、とか思って確認してくれたのか良く分からないがそんな大怪我はしてないし、もうリカバリーガールのところで治療してもらったから大丈夫。それに手加減なんてされてたまるもんですか、という意味を込めて口を開く。


『ううん。寧ろ全力でぶつかってきてくれたから私は嬉しかったよ。だから―…』


そこまで言葉を続けて不意に止まる。今、私はなんて言おうとしていた?だから轟くんも全力で頑張って?なんで?さっきの瀬呂くんとの試合を見れば、彼の力は最初から全力の筈だ。なのに、なのになんで私は彼に全力で頑張れなんて言おうとしているのだろう。そう思って口を止めた瞬間、


「≪あーーーーおォ!!今 切島と鉄哲の進出結果が!!―…引き分けの末トップを勝ち取ったのは切島!!≫」


引き分けに終わった切島くんとB組の人との勝負…確か決着は腕相撲対決をすると言っていたが、どうやらもう終わってしまったらしい。見逃したが、どうにか無事に切島君は次の試合に駒を進めたらしい。プレゼントマイクの実況が放送用のスピーカーを通って通路にも響いている。


「≪これで二回戦目進出者が揃った!つーわけで…そろそろ始めようかぁ!≫」


切島くんの試合の決着が着いた所で次は2回戦。1回戦で勝った生徒たちが決勝選へと進むために必ず通らなければならない道。勿論、1回戦で瀬呂くんに勝った目の前にいる轟くんも続いての2回戦に出場する。そこまで思い出して、ハッとする。


『そういえば次の試合、出久と…』

「ああ」


忘れもしないトーナメント表の組み合わせ。初戦を勝ちあがった出久の先に待ち受けていたのは間違いなく轟くん。先ほどの瀬呂くんとの試合と言い、少し怖い。出久が、一瞬で氷漬けにされてしまう光景が一瞬脳裏を過ぎる。が、フルフルと頭を振ってそんなこと無いと一瞬でも心配してしまった自分の考えを振り払う。出久はそんな簡単にやられない。負けない。そう自分に言い聞かせるように息を吐くと、不意に轟くんが微かに拳を握るのが見えて顔を上げる。


「緑谷を倒して、俺は親父(アイツ)を超える。親父(アイツ)の個性なしに」


息が止まった。先ほどまでの轟くんじゃない、反射的にそう思うほどに彼の表情は一変していた。私から逸らされた視線の先は会場へと向かう道。彼から吐き出されたその一言で、私は休憩時間に聞いてしまった彼の家庭事情が走馬灯のように過ぎる。そして、すべてを悟った。それほどまでに憎い、というのか。


『とどろき、く』

「行ってくる」


震える声をどうにか隠しながら彼の名を呼んだけれど、彼は私なんか見向きもせずに歩き出そうと会場へと向かうべくその一歩を踏み出そうとしている。彼のその姿を、私は何かと重ねていた。知っている。その顔を、その視線の先に見ているものも。


『ッ轟くん!!』


このままではいけない。そう思った。だからとっさに声を張り上げて、歩き出そうとしていた彼の腕を掴む。突然の私の行動に驚いたように慌ててこちらを振り返る彼の顔を見て、私は瞬時に言葉を投げた。


『貴方、どこ見てるの?』


眼をパチクリさせてこちらを見ている轟くんは何を言ってんだ、お前とでも言いたそうな顔をしていたけれど私は退かなかった。否、此処で退いてはいけないと思った。このまま彼を出久と戦わせてはいけないと思った。


「どこを、って…」

『貴方の相手は出久だよ?貴方のお父さんじゃない』

「…んなの、分かって―…」

『分かってない!』


貴方が見ているのは出久でも、体育祭の優勝でも、今後のスカウトの事とかでもなんでもない。今日、会場に足を運んでいるであろう彼の父。他でもない"エンデヴァー"その人だ。彼は自分の実の父が憎くて憎くてたまらないのだ。そんな…そんな憎しみで、見返すために戦うなんて、おかしい。
負けた私が言うのもなんだろうけど、自分の対戦相手を、これからの試合の一戦一戦を大事にしてほしい。誰かを見返すための踏み台なんかで相手を一つに括らないで。家の事情も、自身の心境も、そこに実際に存在している事だし仕方のないことかもしれない。他人に言われる筋合いも無いかもしれない。でも、私はそれで後悔してほしくない。そして何より、


『出久をしっかり見て。一番になる為の踏み台なんかじゃなく、対戦相手として。でないと…本当に痛い目みるよ』


私の大切な友人を、1つの踏み台としてとらえている事が何よりも許せなかったからかもしれない。確かに轟くんは強いし、1位候補に挙がっているほどの実力者だ。でも、でもね。出久だって予選は1位で通過したし、騎馬戦でもトーナメント戦でも活躍してきたのをもう忘れたのか。否、忘れたとは言わせない。


『出久を、嘗めないで』


自分でも驚くぐらい、冷静を保ったまま零れたその言葉に、轟くんは驚いた表情のまましばらく私を見ていた。彼…今までに誰にもこんな真剣に言葉を吐き出したことなどなかったのに。どうしてだか、それだけは言っておかなければならないと思い込んだ私は驚いて言葉を失っている轟くんにそう言い残し、掴んでいた彼の腕を離しながらクルリと踵を返すとそのまま応援席の方へと逃げるように駆け出した。嗚呼、なんて酷い言い逃げだろうと思いながらもその足を止めることは無かった。



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