控え室から通路を抜け、会場に出る。大丈夫、大丈夫、大丈夫と深呼吸を繰り返しつつ自分に言い聞かせながらまた一歩、一歩とそのステージへと続く階段を上がる。


「≪一回戦最後の組だな…≫」


プレゼントマイクの声に混じってこの組み合わせに不穏な雰囲気を感じている声もちらほら聞こえた気がしたけれど、そんな事は気にしない。相手が誰であろうと立ち向かうだけ。それがどんなに強敵であろうと、逃げるなんて選択肢はないのだから。
一段ずつ踏みしめるようにしてステージへの階段を上ると、反対側から同じように階段を上ってきた自分の対戦相手がその姿を現した。相変わらず、仏頂面というか気の張った怖い顔のままの彼と自然と目が合う。


「≪中学からちょっとした有名人!!堅気の顔じゃねえ!ヒーロー科 爆豪勝己!!≫」


プレゼントマイクの実況に少しだけイラッとしたように眉尻が微かに動いた気がしたがこれと言って何かを怒鳴り散らす訳でも無く、相変わらずジッと此方を睨みつけている。いつにもまして不機嫌そうだなぁ、なんて何処か遠くで思った。


「≪果たしてその壁(バリア)は爆豪を止められるのか?!ヒーロー科 眞壁帷!!≫」


2人の紹介実況が高らかに会場中に響き渡るとそれを合図にオオオオオオ…と会場から歓声が上がるけれどそれすらまともに耳に入ってこない。真っ向に向き合った彼の瞳から視線を外すことなく、私も彼を見つめていた。
こんなにマジマジと彼を見たのはいつ振りだったろう。記憶にある昔の彼と重なる部分もあれば、少し変わったかなぁと思う所もある。けれどきっと性格は変わっていない。雄英に入学してから今まで一緒に授業を受けてそれは分かっていたし、疑似訓練の時もUSJの時も彼の戦闘スキルの高さは嫌というほど感じたし、理解した。それを覚悟したうえで私は今、彼と向き合っている。なのに、


「退くなら今退けよ、泣き虫」


ほら。こういう事を真剣な顔で平然と言う。私の不安を掻き立てる事を知っているとしか思えないぐらい、的確なタイミングで。しかし今の私にその言葉を投げた事によって、余計に私の心に火が点いた事を彼は知らない。退く?何を今更、冗談じゃない。二度と、そんな呼び方で呼ばせるものか。
そんな事を脳裏で思いながら自然と出来た拳をギュッと握り締めていると、何も言い返してこない私に彼はまた不機嫌そうに表情を微かに歪めた。


「…痛ぇじゃすまねえぞ」

『何?脅してるつもり?』


私をビビらせて少しでも戦力を削ろうとしているのか。本当の忠告なのか。否、彼の事だ。恐らく後者だろう。小賢しい手を使うのは彼のやり方じゃない。だから私も真っ向からぶつかってやる。


『言っておくけど、私 負けるつもりないから』

「…ハッ、言ってろ」


強がりにしか聞こえなかったかもしれない。けれど微かに彼は鼻で笑った。否、馬鹿にするようにも見えたが微かに笑ったのだ。それがどうしてだか少し嬉しくて、緊張で遠のいていたステージを踏みしめる感覚がしっかりと戻ってくる。嗚呼、もう後戻りなんてできない。


「≪ START!! ≫」


高らかに宣言される試合開始の合図。会場のボルテージもかなり高まった。が、ステージ上は至って静かだった。普通なら、どちらかが相手の個性を使わせないために開始と共に速攻を仕掛けるところだろうが、私たちの場合は違った。互いの出方を待って居る、そんな感じだった。


「…んだよ。来ねえのか?」

『私の個性、知ってるくせに』

「ハッ、そういやぁそうだった」


嘲笑った彼に私は淡々と言い返した。あくまで私の個性はバリア。相手からの攻撃を防いだり、跳ね返したりする能力だ。攻撃型ではない。それを知ったうえで挑発してくるのだからまた性質が悪い。それほど力んでいない彼に対し、私は微かに足に力を込めて彼の動きに警戒する。と、彼は徐に片手を動かし、「じゃぁ…」と口を開いた。


「こっちから行くぞ」


言うや否や、彼が動いた。一気に距離を詰めてくる彼が大きく腕を振りかざした。来る。これは、出久も予想していたあの動き。やはり癖というのはすぐには抜けないらしい。タイミングを逃す訳にもいかず、私も一気に手を前に翳し、自身を守るためにバリアを張った、瞬間。


「おらああああっ!!」

『(ッ速い…!)』


BOOOM!!と私の個性と彼の個性がぶつかって爆発する。かなり間近で爆発したがなんとか防げた。爆風と共に舞い上がる煙幕。予想出来ていた筈なのに彼の反応速度とその威力に思わず気圧される。しかし此処で怖気づいては居られない。この間にも相手は次の動きへと移っているか、私の動きを見ようと構えている筈だ。
爆風に乗って数歩後退し、彼と距離を取る。視界が悪いのを利用するしかない。煙の向こうでぼんやりと見える相手の影を見据えながら息を潜める。相手も此方を探している筈だ。静かに右手を翳し、自分のすぐ横にバリアをゆっくりと下から上に向けて張る。と、


「ナメっ―!!」


案の定、バリアを私だと思って思いきり飛び込んできた彼の姿。相変わらず素早い。だが、罠にはまったのはそっちだ。自分が抑え付けたと同時にヴヴンと消えたバリアに彼も気付いたのだろう。すぐ傍らにいた私は自分の攻撃範囲に飛び込んできた彼に向け、右手を振りかざす。このまま彼にトランポリンの原理で柔らかく張ったバリアをぶつけて跳ね飛ばす。場外に出せば此方の勝ちだ。


『うらぁあああ!!』


態々囮のバリアを張ったのは真正面から飛び込んできた彼を上手く跳ね除けられるかどうか自信が無かったからだ。彼なら全力で叩き潰しに来るかもしれない。なら、真横からバリアをぶつけた方が彼の一瞬の隙を付いて一気に跳ね飛ばせる確率が上がる。そう思って、とっさに動いてみたのだが、


「っクソが!!」


やはり彼はそう甘くない。視界が悪い中で彼は本物の私の姿を捕えるや否や身を翻し、私のバリアをもの速さで上空へと飛んで避けた。あ、と息を漏らす間もなく続けて彼は再び私目がけて真上から腕を振り下ろそうと腕を高く振り上げた。
私もここでやられる訳にはいかず、とっさに自分の前に翳していたバリアをそのままに自ら勢いよく飛び込むとその反動で後方にものすごい勢いで彼から距離を取る為に後退する。刹那、

BOOOM!!

試合中2度目の爆発。ステージ上に叩きつけられた彼の拳によって地面が少し凹んでいるのが見えた。あれに当たっていたらと考えるとゾッとするが、今はそんな事を言っている場合ではない。とっさに白線から出ない位置…自分の後方に再びバリアを張ると同時にそこに身を捩るようにして体制を整え、バリアに足を着く。


『ふ…っ!!』

「≪おおっと?!眞壁、バリアの弾力を生かしてかなりのスピードで突進―!!≫」


弾力性のあるバリアをバネに再び一気に彼の下へと距離を詰める。一度駄目でも諦めるもんか。地面を抉ったままの彼に一気に突進する。最悪、2人一緒に場外に持って行く勢いじゃなきゃダメだ。先に彼を押し出してしまえば―…。


「だああああ!!ちょこまかと…!!」

『(来る…!)』

「ウゼェんだよ!!」


また、右の大振りが私のバリアとぶつかって爆発。煙幕が上がる。ぶつかった衝撃を吸収して私のバリアを解く。そのまま後ろ手に飛んでまた距離を取る。やはりそう簡単に近づけさせてはくれないか。それに何度も何度も同じ手ばかりではさすがに彼も私がしようとしている事を見抜いているだろう。
遠距離攻撃も接近戦も彼にとってみれば好都合、となれば迂闊に近づけない。どうにか隙を見つけて一気に私の間合いまで近づくしかない。一番は懐に飛び込めればいいのだろうが、そう簡単にいく相手でもない。さて、どうしたものか。策も無いまま煙幕が徐々に晴れつつある視界の中で、トンっと地面を蹴って後退した、その瞬間。


BBBBB…


ヒヤリ。一瞬にして体が凍りつくような感覚。その何かに点火したような音と共に自分の真横から姿を現した彼はフッと息を吸って思いきり大きく腕を振りかぶっていた。対して不意打ちもいいところで彼と対面した私の体は地面を蹴って宙に浮いた状態。まともに避けられる訳も無く、反射的に目の前に迫る彼の腕と自分の間にバリアを張った。

BOOOM!!

彼の拳を受け止める目の前のバリア。爆発の衝撃に耐え、どうにかこのまま体制を立て直そうとするがそれを彼が許さない。更に体重をかけるかのように力を籠めてくる彼の拳にピシリと目の前のバリアに亀裂が入るのが見え、直感的に危険を察知した。瞬間、パリンッとガラスのように割れて砕け散るバリア。


『(ヤバ、)』


砕け散った壁の向こうで先ほど振り下ろしてきた拳とは逆の片腕を私の目の前に翳してきた彼の歪んだ笑顔が視界の隅に写る。目の前に彼の片手が近づいてきて、翳していた手が微かにヒリリと熱さを含んだ痛みが走った。


「貰ったァァァ!!!」

『っ――!!』


目の前でチリリと微かに薫る焦げる匂い。視界いっぱいに広げられた彼の大きな掌は確実に私の顔を捕えに来ている。そして捕えられた瞬間、爆発して終いだ。そうはさせまいと動物的本能にも似た感覚というか、自分でも驚くぐらいの反射神経で思いきり体を捩り、彼の手から逃れて距離を取った、と当時に彼の手から爆発した音がした。


「チッ」

『はァ…はァ…ッ』

「≪おおおおおお!!眞壁間一髪!爆豪の爆発を避けたあああ!!≫」


ズサササ…と地面を僅かに滑るようにしてどうにか着地し、踏ん張って立つ。今のは本当に危なかった。肩で息をする私とは対照的に、逃がしたかとばかりに少しまた不機嫌そうに顔を歪ませている彼が舌打ちする。ヒリリと軽い火傷のような痛みが右の掌…先ほどバリアを張っていた手に走ると同時に、頬にも似たような痛みと視界の端に映る微かに焦げた毛先。本当に顔面に向けて爆破してきやがった。
荒い息を整えようと呼吸していれば、微かに会場から「うわあモロ…!!」「女の子相手にマジか……」というような苦い声が聞こえてくる。嗚呼、まだ世間にはこの戦いがどういったものなのか理解していない者がいるらしい。そんな声は無視して私は静かに息を飲みこむと、再び地面を蹴った。


「≪眞壁、諦めず更に再突進!!≫」


近づく度、バリアを張る度に彼の爆破で遮られる。自分でも、何度やっても適わない。彼に届かないと分かっていて、半ば自棄になってると気付いていた。それでも隙がないかとまだ諦めきれない自分もいて突進を続ける。


「おっせえ!」


その度にまた吹き飛ばされて、その度に起き上がって突進を繰り返す。あの技を決めるにも彼に隙がないと恐らく決まらない。突破口は無いか。自分が考える時間を稼ぐためにも、彼にも変に反撃されない為にも突進を繰り返す。


『ッ!こんのっ!!』


しかし徐々に体力が奪われているのも事実。昔からの付き合いだ。彼も、私の弱点が体力ということを知っている。そう、私は消耗戦に弱い。だからこそ、吹き飛ばして態と私の体力を削っているのかもしれない。私が勝手に倒れるのを待って居るのか、それとも弱ったところに止めを刺そうとしているのか。彼の意図は分からないけれど、私の突進に気を抜かず迎撃しているところを見ると何故だか安心した。…吹き飛ばされて地面に転がされているのに、変な話だが。
そんな事を思いながらもまた吹き飛ばされて地面に転がる。自分を受け止めるためにばらを張る体力さえ惜しい。出来る限り受け身をとってその爆破に耐えながら「まだまだ」と再び態勢を立て直そうと上体を起こし、彼を見たその時だった。


「おい!!それでもヒーロー志望かよ!そんだけ実力差あるなら早く場外にでも放り出せよ!!」


ピタ、と不意に会場の応援席から飛んできたその声に思わず動きを止めてしまう。この隙に爆撃されたら終わりだと思ったけれど、彼は飛び込んでこなかった。舞い上がった煙幕の向こうで此方を探すようにジッと見据えている彼の姿が見えただけだった。


「女の子いたぶって遊んでんじゃねーよ!!」

「そーだそーだ」


BOOOBOOOBOOOと一人の観客の言葉を発端に、会場の一部からブーイングの声が飛び交う。確かに、傍から見れば一方的に力のある方が弱い方を甚振って遊んでいるようにしか見えないのかもしれない。でも、そのブーイングの嵐に私の心の奥では怒りが沸々と湧き起こる。同時に、そう周りに見られるような試合をしていたのかと思うと、自分自身にも腹が立った。


「≪一部から…ブーイングが!―…しかし正直俺もそう思…わあ肘っ≫」


ゆっくりと起き上がり、膝に手を付いたまま息を整える。体力の限界が近い。肩が激しく上下するのが中々収まらない中で、フと会場に便乗して話そうとしていたプレゼントマイクの実況がバッサリと遮られる。


「≪何SOON…≫」

「≪今 遊んでるっつったのプロか?何年目だ?≫」


プレゼントマイクの声をかき消すように聞こえてきたのは相澤先生の声。会場のブーイングしている一部の観客たちに向けられたその声はいつにも増して静かで、少し怒りを含んでいるように聞こえた。


「≪シラフで言ってんならもう見る意味ねぇから帰れ。帰って転職サイトでも見てろ≫」


静かな怒りは会場中に響き渡る。プレゼントマイクから実況を奪い、会場のブーイングに対していつになく真面目に話す相澤先生にA組の皆は口をあんぐりと開けている事だろう。バッサリとブーイングする人たちを切り捨てるその言葉は何だかとても気持ちがいい。私たちの戦いを邪魔するその一部の人の声を全て真っ向から跳ね除けてくれている、そんな気がした。


「≪ここまで上がってきた相手の力を認めてるから警戒してんだろう。本気で勝とうとしてるからこそ手加減も油断も出来ねえんだろが≫」


その言葉に一瞬、息が止まる。此処まで勝ち残ってきたのは運かもしれない。けれど勝利を目指しているのは確かだ。相手も本気、私も本気。お互いに幼馴染でも離れていた時期がある。お互い、見ていないウチに成長したし色々経験した。
私が彼の性格や癖を知っていたとしても、彼が私の性格や癖を知らないかもしれない。私だって彼の性格、癖を全て本当に知っているかと言われれば自信は無い。だからこそ彼も私に何か秘策があるんじゃないかとずっと警戒してくれているのかも知れない。


『そう、そうだ、よ』

「あ?」

『手加減なんか、されちゃ、困る、っての』


嗚呼、その通り。加減しないで向かってきてくれているのに、こっちはまだ完全に自分のものになっていないからって全力でぶつかる術をずっと隠しているなんて、失礼にもほどがあったね。今の、私の全力を、此処で出さずしていつ出すというのだ。


『…いつだって私は守られる側。いつだって私は置いて行かれる側…もう、そんなの嫌…』


平気で危険に飛び込んでいくヒーローの背中を、私が助ける筈だったのにいじめっ子たちから私を守ろうとしてくれた出久の背中を、高みを目指して振り返りもせずに一人で勝手に駆け出して行ってしまう彼の背中を、自分達の力で何とか道を切り開こうとする皆の背中を何度私は見送ってきただろう。立ち止まったままだったんだろう。


『だから、2人に…皆に追いつく為に―…』


この大会で、私は自分の力を試す。そして、皆と一緒に並んで走ることが出来るように、私も皆を守れるようになりたい。皆の背中を守れるほどの力を、これから身につけていく為にも今日ここで一歩を踏み出さなければ。壁を、乗り越えなければ。


「≪おお?!なんだなんだなんだあああ?!≫」


ふうっと深く息を吐き、右手に意識を集中する。右手を包むように張られるバリア。そして、バチバチと微かに走る閃光と微かに巻き起こる風。バリアという防御タイプの自分に出来る、相手にダメージを与えるため、私が訓練してきたのは、"四肢の強化"。今回は右手のみに集中する。バチバチとその力を蓄え始めた右手に彼も少し驚いているようだった。


『真っ向勝負で行くよ。"勝己"』


体力ももう限界に近い。笑うのもやっとだった。けれど、自然と笑みが零れた。こんなボロボロの私にまだ力が残っているなんて、攻撃型の技があるなんて思いもしなかったでしょ。しかも貴方の大好きな真っ向勝負。正面からのぶつかり合い。姑息な手は使わない。逃げも隠れもしない。力の差で勝負が決まる。
笑う私に、少し驚いた表情だった彼も私の右手を見てニヤリと笑った。嗚呼、その顔。どんなに危険な場面でも上等だとでも言うように口の端を思いきり吊り上げて笑う貴方の癖。嗚呼、今気づいたけれどその表情が、私は好きなのかもしれない。


『うらああああああああああッ!!』


意を決して地面を蹴る。今までバリアを張ることはあっても、こんな堂々と真正面から人を殴る動作なんて、殴り合うなんて場面…今まで想像したことも無かった。況してや入試一位通過したあの爆豪勝己と、なんて。
互いに笑みを浮かべたまま距離を詰める。振りかぶった腕を思いきり突き出せば、目の前に迫った彼の拳にも微かに見える炎の色。さぁ、根競べだ。この拳に全力を注ぐ。勝って、勝って、勝って、私も成長している事を証明してみせる。皆に追いついてみせる。その一心を込め、息を飲み、互いの拳がぶつかりあう。そして―…。


BOOOOOOOOOM!!!


試合が始まってから一番大きな爆発音が鳴り響くと同時に、凄まじい爆風に襲われる。重い。何もかもが。重い。兎に角重い。風圧で息が出来なくなりそう。それぐらい、拳から伝わる衝撃が凄まじい。最早、気を抜いたら負けてしまうぐらいの力のぶつかり合いだった。…と、不意に眩い閃光の走る視界の向こうで、仏頂面の彼の口が微かに動いた。


「――――」

『………え?』


そう声を零した刹那、ピキッと右手の方から音がした。瞬間、眩しいほどの閃光に包まれ一瞬2人の姿が会場から見えなくなった。応援席で試合を見守っていた誰もが息を飲み、その結果が見えるのを静かに見守っていた。
すると爆心地から舞い上がる煙の陰からドッ、ドッと1つの影が投げ出されるようにして会場に転がる。会場の視線が一気にそちらに集中した。


『…いっ、』


煙の中から飛び出し、会場に転がった体の上体を起こしたのは帷だった。押し負けた。パリンと音を立てて右手にまとったバリアが砕け散った瞬間、体が爆風に乗って吹っ飛んだ。受け身を取ったが間に合わず、痛みに顔を微かに歪めながらどうにか体を起こし、片膝を着いたまま息を整える。


「…危ねぇな」


煙の向こうでぽつりと呟くように聞こえた声に視線を上げる。そこに立っていたのは私の全身全霊を込めたあの拳さえも跳ね除けて、己の掌を見つめながらも平然と立っている彼の姿。はは、マジかよ。って言いたくなるほど荒い息を整える間もなく、彼の余裕の色が消えないその姿にもう乾いた笑みしか出てこない。


「≪逆転を狙った眞壁の隠し玉も、爆豪…堂々と正面突破!!!≫」


プレゼントマイクの実況に会場中がオオオオオ…!と歓声を上げる。フウと息を吐く彼の姿にきっと敵(ヴィラン)だったら最早戦う気力も投げ出すだろう。今、私に出来る限りの力が通じなかった。はは、打つ手なし。けれど、此処で退く気が無いのはどうしてなのだろう。


「いいぜ…こっから本番だ、"帷"」


ギンッと輝いた彼の視線が、嬉しそうな楽しそうな表情が私を捉える。嗚呼、彼の変なリミッターを解除してしまったらしい。こちらは満身創痍だというのに、あっちにとってみれば"これから"なのが流石というか、腹が立つというか…。もう、体力も底をついている。でもその表情に応えなければと自然と体が動こうとした。


『はっ…ははっ…望むとこ、…ろ?』


カクン。片膝を立てていた状態から立ち上がろうとした途端、膝から崩れる感覚。ズレる視界の先で驚いたような顔をした彼が見えたと思った次の瞬間には、私の体は地面に横たわっていた。


『…あ、れ?可笑しい、な…体、動かな―…』


腕に力を込め、上体を起こそうとするけれど力が入らない。足を動かそうとするけれど、足の感覚が無い。動かない。体が、腕が、足が。体いう事きかない。嗚呼、折角彼と本気でぶつかりあえたのに。これからだ、と言ってもらえたのに。どうして、どうしてこの体は。
ズリズリと傍から見ればなんとみっともない姿だっただろう。どうにか這いずるようにして地面に横たわったまま微かに動く私の傍らに、ふと影が差す。その影を見上げるとそこに居たのは真剣な顔をしたまま此方を見つめているミッドナイトの姿。この体育祭の審判である彼女の姿を見て私は直感した。


『あ、ま、まだ、私、戦い…ま…』

「………」


自分でも驚くぐらい、縋るような声が出た。まだ私戦える。まだ、決着はついていない。まだ、まだ、まだ―…。そんな私の声を聴いて、ミッドナイトはそっと私の肩に手を置いて小さく首を振った。そのミッドナイトの身振りを見た瞬間、私はその場で一気に脱力し大きく息を吐くとそのまま地面に突っ伏した。


「眞壁さん…行動不能。二回戦新出 爆豪くん―――!」


高らかに宣言されるミッドナイトの判定結果。その声をどこか遠くに聞きながら、私は動かない自分の体に怒りを覚え、同時に酷く安心したような気持ちが渦巻いていた。私のすべてを出し切った、これが結果。まだまだ私には学ぶべき多くの事があるという事。そして何より、自分の体もコントロールできないのに、彼に挑んだ私の未熟さも痛いほど理解した。


こうして、私の雄英1年目の体育祭は此処で幕を閉じたのだ。




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