そこからの試合は流れるように勝敗が決まっていった。

轟くんと瀬呂くんの2回戦終了後、会場を乾かすために少しだけ間が空いて3回戦は我がA組の上鳴とB組の塩崎さんの試合。上鳴が油断したのか、そもそも塩崎さんの方が実力が上だったのか…塩崎さんの個性であるツルによって上鳴の個性は完封された。

お茶子ちゃんの試合もB組の人との組み合わせ。かなり最後まで奮闘したけれど、相手は遠距離系の個性でお茶子ちゃんの触れなければ発動しない個性が裏目に出てしまった。相手に触れられれば確実に勝てたであろうが、相手の連続的な遠距離攻撃に翻弄され、結局場外へと追いやられてしまった。しばらくして飯田くんと入れ替わるようにリカバリーガールの元から「負けてしまった」と照れくさそうに、そして悔しそうに笑いながらベンチに戻ってきたお茶子ちゃんの顔を私は忘れない。

そして、その次は飯田くんとサポート科の発目さんの試合。まず驚いたことに、サポートアイテムフル装備の発目さんに合わせたかのように飯田くんも発目さんのサポートアイテムを装備していた。何でも対等に戦いたいとか色々と飯田くんに発目さん自らアイテムを渡してきたとのこと。優しい飯田くんのことだ、その話を快く受けてしまったのだろう。
何だこの試合展開とか思っている間に開始の合図が聞こえて、飯田くんが速攻で仕掛けていった。だが、結局発目さんは最後まで一切戦う素振りを見せることはなかった。試合中はずっと発目さん自身が開発したアイテムの解説をしながら飯田くんから逃げ続けるという鬼ごっこが約10分もの間繰り広げられただけ。終いにはアイテムの解説に満足した発目さんが場外に一歩踏み出して負け。飯田くんが自動的に勝利するという結果に終わった。

まァ言い方は悪いだろうけれど、そんなざっくりとした言葉で説明するぐらいしか私の頭の中には試合風景が入ってこなかった。自分でも信じられないくらい、緊張していたらしい。


『…そろそろ、控室行ってくる』

「え…あ、うん。そうだね」


次の試合は芦戸ちゃんと青山くん。それが終われば今度は確か常闇くんと八百万ちゃん。そしてその次が切島くんとB組の人の試合。―…で、それが終われば次は―。いつになく逸る鼓動にずっと座っているのが辛くなってきた。可笑しいな、さっき切島くんと話してた時には覚悟決めてどっしり構えてるつもりだったのに。同じA組としてほかの皆を応援したい気持ちは確かにあるのだが、集中して試合を見ることが出来ない。それぐらい、私は今までにないぐらいいっぱいいっぱいになっている。
だから半ばごめん、頑張ってと心の奥で応援しながら応援席を後にした。



―――…



選手控え室2と書かれた部屋の中、私の頭の中は正直ぐちゃぐちゃだった。皆自分の個性をしっかりとだしている。勝つ負けるの前に自身でしっかり対策を立てている。それが相手を上回るか、相手が自分を上回るか。自分にそんな立派な作戦なんてありはしない。否、寧ろ作戦を立てた所で私の相手はそれを乗り越えてくる。ぶっつけ本番に強いタイプの筈だ。
私も正直本番で立ち回るタイプだと思うのだが、周りを見ているとなんだか作戦の1つや2つ立てておかないといけないのではないかと変な焦りが募るから落着けない。結局、応援席を離れ暫らく経っても外の試合の声が微かに聞こえてくるこの空間の中でただただ深呼吸を繰り返すことしかできなかった。

そんな時、ガチャリと不意に控室のドアが開き見慣れた顔が見えた。先ほど発目さんのサポートアイテムに付き合わされていた飯田くんだ。いつも見てい飯田くんよりもかなり疲れの色が見える彼に、上手く笑えているかわからないけれど微笑みながら声をかける。


『あ〜…飯田くん、お疲れ様』

「お、眞壁くん……」


私の存在に気付いた飯田くんがこちらを見た瞬間ピタリと固まった。目を何度もパチクリしている。え?何?何かついてる?飯田くんは私を見て固まっているんだよね?と思いつつ首をかしげる。


「………」

『?…どうかした?』

「いや、かなり顔が強張っているように見えるんだが」

『…そんなに?』


どうやらやはり上手く笑えていなかったらしい。頬の筋肉の感覚が無い。ムニムニと頬をマッサージしながら再び首をかしげる。険しい顔はしていなかったようだがそんなに顔に出てしまったかと少し恥ずかしくなる。


『はは。緊張のせいかなぁ』


上手く笑えていない事は分かっているけれど、笑ってごまかす。そんなの柄じゃないのにポリポリとワザとらしく後頭部を掻くふりをして視線を流す。と、飯田くんは思い出したかのようにハッと顔を上げた。


「そうか、君の相手―…」

「帷ちゃん!」


私の対戦相手を思い出したらしい。声を上げた飯田くんの言葉を遮るようにして控室の扉が開く。控室に飛び込んできたのは出久とお茶子ちゃん。2人とも真剣な面持ちだ。思わず先ほどの飯田くんみたいに目をぱちくりしながら2人を見る。


『出久…?に、お茶子ちゃん?え?あれ?皆の試合見なくていいの?』

「だいたい短期決戦ですぐ終わってて…」

「今、切島くんとB組の人がやるとこ!」


第五試合は芦戸さんが青山くんのベルトを壊し慌てた隙にアゴを一発失神K・O。第六試合は常闇くんの先手必勝で百ちゃんは準備したものを使うことが出来ないまま負けてしまった。と出久とお茶子ちゃんが試合の説明をしてくれる。そして今、切島くんとB組の人の試合。という事は、


『じゃぁ…もう、すぐだね』


控室で何もしないままこの時を迎えてしまった。休憩時間、決勝で会おうなんて約束した相手の切島くんが今まさに戦っている。きっと、きっと彼は勝って次の試合に挑むのだろう。なら、私は…?ぼんやりとそう思った。


「しかしまァさすがに爆豪くんも女性相手に全力で爆発は…」

『「するね」』


飯田くんの読みに私と出久の声が重なる。幾ら中学の3年間離れていたとはいえ、彼とは幼馴染だ。昔から根は変わらない。女だからって手加減なんてしないだろうし。そもそも彼は自分が1位になると宣言した男だ。言ったからには実行する、そして相手を徹底的に叩き潰す。そういう性格であることを私も出久も良く知っている。


「皆 夢の為にここで一番になろうとしてる。かっちゃんでなくとも手加減なんて考えないよ…」


そうだ。出久の言う通り。仮に爆豪くんじゃなく別の誰かであろうと相手になった以上全力で戦う事に変わりない。私だってそうだ。どれだけ仲がいい友達と対戦相手になってしまってもそれは試合、割り切ってお互いに全力でぶつかりあう。それが当たり前。でなければ、相手に失礼だ。


「…僕は帷ちゃんにたくさん助けられたし、支えられてきた。だから、少しでも力になればって―…」


ポツリポツリと言葉を紡ぐ出久に私は直感した。そして言葉を紡ぎながらスッと取り出したそのノートを見て確信する。そして、嬉しさと共に怒りに似た悔しさが一気に込み上げる。


『やめて』

「え…」


これ、と言ってノートを差出しかけていた出久の手がピタリと止まる。思わず出てきた声に自分でも「あ、マズい」と思った。心の内ではとてつもなく嬉しい。嬉しいのに、でもそれはいけない。悔しい。嬉しい。悲しい。巡り巡る感情の波。そのノートをありがとうと言って素直に受け取れればどれだけ楽だろう。どれだけ助かるだろう。


『…ごめん。酷い言い方した。でも、いい。いいの出久』


でも、受け取れない。きっと出久は3年間彼から離れた生活をしていた私に、爆豪くんに対抗する策をノートにまとめてきてくれたのだろう。どういう癖があるとか、こうすると勝ち目があるとか。まぁ、ヒーローマニアを語る出久の分析はかなり的確だろう。でも、それを受け取った時点で私は負けのような気がして悲しかった。それを読んだ事によって負けの理由を作ってしまうかもしれない。逃げ道を作ってしまうかもしれない。そんな不安もあった。


『怖くないって言ったら嘘になる。良い策があるのか、って聞かれたらあるって自信持って答えられない。でも、皆そんな不安の中でも将来に向かって頑張ってる。だから、皆ライバルなんだって意識を持たないといけないんだって、思ったから』


きっと出久にそんな気はないのだろうけれど、私は出久の考えた策が無ければ勝てない。実戦で役に立たないと思われたくない。私は、私の実力で上を目指さなければならない。だって、皆も相手が自分に有意な相手とは限らないという立場は同じはずなのだから。ヒーローになる夢は同じだとしても、その目的にも色々な思いがあり未来がある。それを掴むためにはどんな壁も乗り越える力が無ければ。
そう思うと今まで緊張していたことが馬鹿らしく思えてくる。肩の荷がスッと降りた気がする。互いに個性を知っていてもどう仕掛けてくるかは分からない。その時その時の対応に勝敗が掛かっている。そう思えば、あとは突っ切るのみ。何度も言うけれど、相手が誰であろうと。


『手加減できない?上等だよ。私は私のやり方で、私の力で挑むだけだよ』


寧ろ手加減なんてされてたまるもんですか。手加減できないほど、相手を翻弄させればいい。手加減したことを後悔させればいい。最初から真剣勝負で挑めば大丈夫。大丈夫。


「…そう…だね。ごめん。要らないお節介だったね」

『ううん。出久の気持ちとっても嬉しかった。ありがとう。私は、大丈夫だから』

「ああ、眞壁くんならきっと大丈夫だ」

「うん!私、めっちゃ応援してるよ!帷ちゃん!!」


ふっと息を吐いて席を立つ。また、誰かに元気と勇気をもらって私は立ち上がる。本当にいい友達持ったな、私。なんて今更思ったりなんかして。今度こそ、にっこり笑って控室の扉に手を掛けたまま3人を振り返る。


『いってきます』


いってらっしゃい、と快く返してくれる3人を背に通路を進む。徐々に大きくなる歓声とプレゼントマイクの実況に切島くんの試合は引き分けの結果が聞こえてくる。それほどの相手と切島くんも戦ったという事だ。そんな現実を突きつける戦場に向かう足を止めることは無い。目の前に立ちはだかるは大きな壁も乗り越えてみせる。



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