『あ、お帰り』

「た…ただいま?」


第一試合が終わり、リカバリーガールに手当をしてもらった出久を振り返りこっちこっちと手招きしながら声をかけると、出久はなんて返していいのか一瞬迷ったみたいだが少し照れくさそうにそう言って此方に歩み寄ってきた。


「オツカレ」

「トナリあけてあるぞ」

「アリガト!」


既に次の試合の準備は整っている。出久に気付いたお茶子ちゃんも短く労いの言葉をかけ、飯田くんが自分の隣の空いている席に座るよう出久を誘導する。素直に先に付く出久を待ってましたとばかりにプレゼントマイクのアナウンスが会場中に響き渡る。


「≪お待たせしました!!続きましては〜こいつらだ!≫」


場内に向かいあって立つのは我らがA組の2人。同じクラスの者同士、どちらを応援したらいいのか迷うがこれはもはや戦い。どちらかが勝ちどちらかが負けるのは当たり前なのだ。A組は勿論、他の生徒たちや観戦者たちも皆1つ1つの試合に期待を持って見つめている。…しかし何より、もこの第二試合にはもっと別の意味で興味を注いでいる人も少なからずいるだろう。


「≪優秀!!優秀なのに拭いきれぬその地味さは何だ!ヒーロー科 瀬呂 範太!!≫」


プレゼントマイクの演説にひでぇ、と顔を歪ませながら軽いストレッチをしているのは瀬呂くん。確かに酷い。まさか自分の時もなんだか変な説明で紹介されたら嫌だなァなんて思いつつ、その試合が始まるのを待つ。瀬呂くんの個性は腕のテープ。使い方次第で色々な攻撃を仕掛けることも守備も出来る。拘束だって出来る何とも幅が広い個性だ。


「≪対(バーサス)≫」


そして会場の注目をさらっているのは、彼だ。エンテンヴァーの息子にして2つの属性の個性を持ち、そしてさらに優秀であるとくればかなり会場の期待値は高まるだろう。瀬呂くんから視線をそちらに移したその瞬間、私は背筋が凍りついた。


「≪2位・1位と強すぎるよ君!同じくヒーロー科 轟 焦凍!!≫」


歓声が上がり、試合開始を心待ちにする熱気に包まれる会場の中で私はただただ固まっていた。真っ直ぐに瀬呂くんを見つめたまま微動だにしない彼―…轟くん。その表情は上手く伺えないが、何故だかとても恐ろしく感じた。周りは、気付いていない。出久も、お茶子ちゃんも飯田くんもみんな頑張れーと声を上げていて、固まっている私なんて…あんな雰囲気を纏っている轟くんにも気付いていないようだった。


「≪START!≫」


モヤモヤとした不安が渦巻く中、プレゼントマイクによるスタートの合図が響く。轟君は顔色一つ変えず、動かない。最初に動いたのは瀬呂くんの方だった。


「まァ――…勝てる気はしねーんだけど……」


ん〜…と少し困り顔で伸びをするふりをして急に切り替わった瀬呂くんが個性である腕のテープを一気に飛ばし、一瞬にして轟くんを捕える。動きを封じられた轟くんが少し体制を崩す。そして、


「つって負ける気もね―――!!」


そのまま勢いよく瀬呂くんが腕を振るうと、遠心力によってかなりの力が加わって轟くんがテープによって身動きを封じられたままものすごい勢いで放られる。そのまま場外へ放り出す作戦のようだ。



「≪場外狙いの早技(ふいうち)!!この選択はコレ最善じゃねえか!?正直やっちまえ瀬呂―――!!!≫」


確かに真っ向から轟くんに挑んで行ってかつ確率よりも、こちらの作戦の方が明らかに勝ち目がある。それに速攻で決めた事で轟くんは動きを封じられている。チャンスだ。このままいけば、ストレート勝ち。…の筈なのに、私の感じる不安は消えない。
少し俯いていた轟くんの顔が上がる。真っ直ぐに瀬呂くんを見つめたその表情を見た私は恐怖で声も上げられなかった。


「悪ィな」


キイイィィィィン!!!!

刹那、会場は文字通り固まった。轟くんの個性である氷が瀬呂くんに向けて発動した。いや、それだけでは皆がこんな表情で固まるわけない。轟くんの発動した氷はも会場の外壁を超え、天井さえ超えてしまうほどに巨大だった。今までに見たことも無い氷の塊が瀬呂くんを襲ったのだ。


「や…やりすぎだろ…」


瀬呂くん、動ける?なんて少しとばっちりを喰らっているミッドナイトの問いかけに瀬呂くんは動けないと返す。まァ、この状態で動ける奴なんて居ない。それほどに強大な威力だ。一瞬の出来事に辺りからは「すげぇ」と苦笑する声がちらほら聞こえた。


「瀬呂くん行動不能!!」


言葉を失う私と出久と飯田くんとお茶子ちゃん。目の前まで迫った轟くんの氷は、下手をしたら応援席の観客たちも傷つけていたかもしれない。それほどまでの力をあの一瞬のうちに引き出した彼の実力は計り知れない。

どーんまい、どーんまい、どーんまい…。

誰が言い出したのか、観客席から広がるまさかのどんまいコール。出久のように歓声は湧き起こらなかった。ただただ皆轟くんの実力に圧倒され、声を上げることが出来なかったのだろう。静まり返っていた会場にようやく声が戻ったのはどんまいコールのお陰と言っていいほどそれまでの間、とても静かだった。


「轟くん 二回戦進出!!」


高らかな声でミッドナイトの審判が下る。大きな氷の塊から放たれる冷気は相当なもので、応援席までひんやりとした空気が辺りを包んでいる。その大きな氷の塊を溶かすために、動けない瀬呂くんに歩み寄り左手をかざす轟くん。その背中に先ほどまで感じていた恐怖は無くなって居て、寧ろどこかとても悲しそうに見えた。



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