休憩時間なんてあっという間に終わり、ついに本日最大の見せ場の時間がやってくる。自分もしっかり心を決めて相手と向き合うと決めた。だから、第1戦に出る大切な友達に私は満面の笑みで「頑張れ出久!」と背中を押して会場に送り出したのが、そう、数十分前の事だった。きっと出久なら大丈夫、勝てるとその以前にも増して頼もしくなった後ろ姿を見送った。
その後、お茶子ちゃんたちと一緒に応援席に付く。異常なまでにテンションが高いプレゼントマイクによる試合スタートの声。もう心配いらない、出久は強いんだから…そう、思っていた筈なのに。


「≪緑谷、開始早々―――完全停止!?≫」


目の前で起きていることに思わず息を飲んでしまった。高らかに会場に響き渡ったスタートの合図とともに一歩相手に向かって踏み出したように見えた出久の体が、ピタリと動かなくなったのだ。


「≪緑谷完全停止!?アホ面でビクともしねえ!!心操の個性か!!?≫」

『いず、く…?』

「≪全っっっっっっ然 目立ってなかったけど彼、ひょっとしてやべえ奴なのか!!!≫」


ああ折角忠告したのに!と傍で頭を抱えている尾白くん。そういえば尾白くんは騎馬戦の時、あのB組の彼―…心操くんと組んでいた。あの試合の後、尾白くんとB組の人が辞退した。恐らく記憶が無くなったのも全て心操くんの個性のせいだ。人を操る、もしくはそれに似た個性とみて間違いない。ピタリと立ち止まったままの出久は彼の個性発動条件にまんまと嵌ってしまったという訳だ。


「振り向いてそのまま場外まで歩いていけ」


心操くんは試合開始から一歩も動かず、淡々とそう言い捨てる。するとポカンとした表情のまま固まっている出久がスッと動き出し、足を踏み出す。しかし出久が歩き出した方向は、対戦相手である心操くんの方向ではなくその真逆。つまり場外だ。


「≪ああ――!緑谷!ジュージュン!!≫」


彼の個性に嵌ってしまった出久は反論の言葉も無いままただ自然とその歩みを会場の外に向けて進める。心操くんは自ら手を下すことは無い。ただ言葉を発して命令しているだけ。戦闘を避けて勝つタイプだ。


「分かんないだろうけど…こんな"個性"でも夢見ちゃうんだよ。さァ、負けてくれ」


スタスタと会場を去ろうとする出久の背中を見つめながら呟く心操くんの顔は何処か悲しそうで、それでいて余裕の色も見えた。確かに身体的で言えば出久の方が勝っているかもしれない。しかし彼はそんな身体的差も頭脳戦も初戦の相手には通用しない。彼の個性はそんな差を埋めてしまうほどに強敵だったという事。

だが、こんなあっさりとした勝負で出久が負けてしまうというのか。

不安の中に、それでも負けないと誓ったあの表情は。送り出した背中が今、敵に背を向けて会場を去ろうとしている。個性も出さず、これと言った動きも見せぬまま。ただただ、敵に操られ敗北する様を会場中に…いやモニター画面越しに見ている不特定多数の人たちの目に焼き付けさせるというのか。そんなの、そんなの可笑しい。
あわわわわ…と慌てるお茶子ちゃんに、どうすればいいの?!と尾白くんに迫るA組の女子たち。慌てふためくことも無く、ただその結末を見守る男子たち。会場全体も結果を見越したのかそんな雰囲気が立ち込め始めている。
傍に腰かけている爆豪くんもハッ、と小さく息を漏らしながらもうその雰囲気に流され始めている。それが無性に悔しくて、悔しくて…。出久は、出久はこんなとこで終わる筈ない。今での予選だって、騎馬戦だって、運なんかで勝ち上ってきたワケじゃない。出久だから、出久だからこそここまで来れたのに。目の前で起きてる事に思わず息をするのも忘れるぐらい、見入っていた。
徐々に場外へと近づいていく出久に未だに頑張れ!とか個性見せてくれよ!とかいろいろ声を上げてくれている人たちに混じって、気付けば思わず前のめりになって声を張り上げた。


『負けんな出久!!!』

「っっっっ!!!!」



バキ―…ブオォッ!!!



『っ?!!』


何かが折れるような音、巻き起こる爆風。一瞬の出来事に誰もが息を飲んだ。爆風の収まった先に立っていた出久は苦しそうに肩を上下させながら息をしている。そして誰もが己の視線を瞬時に出久の足元に移しただろう。


「≪―――これは…≫」


一瞬にしてその試合展開に会場が静まり返る。すっかり爆風によって起こった煙が消え、出久の足元がはっきりと見える。その足先は会場内と場外を区別する白線の手前で止まっている。つまり、まだ、場外に出ていない。


「≪緑谷!!とどまったああ!!?≫」


プレゼントマイクの叫びと共に沸き起こる歓声。こうでなくっちゃ!と待ってました!とばかりに会場の注目を一気にさらった出久。息を荒げたままゆっくりと心操くんの方を振り返る。その時見えた。爆発の原因を作った、彼の指が。


『指が…』

「すげえ…無茶を…!」


ボロボロになった左手の人差し指と中指。その指を使って爆発を起こし、心操くんの個性を破ったのだ。しかし、あの曲がり方からして折れているだろうと分かるぐらいに痛々しい。そして何より尾白くんの言う通り無茶だ。上手くいかなければ自滅するかもしれないし、もっと大怪我してたかもしれない。でも、今の出久にはそんなの関係なのだろう。


「何で…体の自由はきかないハズだ、何したんだ!」


自分の個性が破られるなんて今までになかったのだろう。先ほどまでの態度はどこへやら。かなり焦っている様子の心操くんに出久は、一言も答えない。歯を喰いしばって言葉を必死に飲み込んでいるように見えた。


「なんとか言えよ」

「―――…」

「〜〜〜〜…!指動かすだけでそんな威力か、羨ましいよ」


一瞬、出久の顔が曇ったように見えた。先ほどまで大人しそうなイメージだった心操くんが一気に話し出す。きっと出久に声を出させようとしているんだ。それが彼の個性の発動条件だから。だから出久も必死に声を飲み込んでいる。きっと、言い返したいことが沢山あるのだろうに。


「俺はこんな"個性"のおかげでスタートから遅れちまったよ。恵まれた人間にはわかんないだろ」


周りの歓声の中、聞こえる心操くんの本音。それを真っ直ぐに見つめながら出久は心操くんとの距離を詰めていく。きっと出久には分かる。彼には元々個性が無いと言われてきた時間があったから。今こそその強靭な個性が身に付いたとはいえ、無個性と罵られ、何もかも周りの人間と違うと自分自身が一番分かっていた彼が、心操くんの気持ちが分からない訳ない。…私だって、こんな、個性じゃ―…。


「誂え向きの"個性"に生まれて、望む場所に行ける奴らにはよ!!」


ガッ!半ば投げやりのような、怒りのようなものを感じる程に心操くんの叫びは私の心を突き刺し、出久はその言葉を受け止めるように心操くんに掴みかかった。


「なんか言えよ!」


ガッ。掴みかかられた心操くんが遂に出久を殴った。しかし出久はその手を離さない。殴られてもその目は死んでいない。すぐにまた心操くんにその視線を向けると一気に腕に力を込めて心操くんを押しやる。


「ぁああ!!!」

「押し出す気か?フザけたことを…!」


ザリザリ…と徐々に徐々に場外へと押し出そうとする出久に、心操くんも黙っているわけにはいかない。バッ!と出久の腕を振り払い、彼から身を離すと出久は急に力を込める相手がなくなり、ガクッ!と少し体制を崩す。


「お前が出ろよ!!」


そして、体制を崩した出久の顔に心操くんが自身の手を押し付ける。これはもはや個性など関係ない。ただ単にあとは体力と身体のぶつかり合いだ。勝敗は、2人の間にある少しの差で決まる。そう思った矢先、出久が自分の顔を押さえつけにきた心操くんの腕を掴んだ。


『「 あ 」』


その掴んだ体制を見て、直感した。出久が相手を掴んだその後、相手がどうなるのか覚えがある。直感的に思い出したその光景に思わず声を漏らすと誰かの声と重なった。


「んぬあ ああ


グルンと回る心操くんの体が次の瞬間には、ダッ!と出久によって地面に背中から叩きつけられる。出久の背負い投げが決まったのだ。そしてその地面に叩きつけられた心操くんの足が勝負の行方を決める境界線の白線を超えた。


「心操くん場外!!緑谷くん!二回戦進出!!」


バッと、審判員でいるミッドナイトが片腕を横に伸ばし勝負ありを示す。瞬間、今まで見入っていたのか静かになっていたプレゼントマイクが笑みを含んだ声色で一気に叫ぶ。


「≪二回戦進出!!緑谷出久―――!!≫」


わあああああ!と再び湧き起こる歓声の中、やったね帷ちゃん!と声をかけてきたお茶子ちゃんの声を聴いて、いつから息をしていなかったのかと思うぐらい久々に酸素を吸った気がして少しむせながら「うん!」とハイタッチした。


「爆豪も背負い投げられてたよな」

「黙れアホ面…」


その傍で軽率な発言をした上鳴くんを一掃した爆豪くんのあの何とも言えない表情が少し面白かった。これで彼も出久の事を少しはただの木偶だとは思えなくなってきているだろう。たとえ、それがほんの少しだったとしても私は嬉しかった。



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