トーナメント表が発表され、つかの間の息抜きとして組み込まれたレクリエーション時間。楽しめ!とかプレゼントマイクが叫んでいたみたいだったけれど、そんなのロクに耳に入ってきやしなかった。
「頑張れー障子くーん!!」
「口田!ほら走れ走れー!!」
視線の先で、チアガール姿のままクラスメイトを応援するみんなの後ろ姿を私はぼんやりと応援席から眺めていた。種目に出場する生徒以外の決勝トーナメントに出場する人たちのほとんどは皆それぞれ意識を集中する為に盛り上がる会場から少し離れた場所に向かったのか姿が見えない。
私もここを離れて少し心を落ち着けた方がいいかなとは思ったけれど、逆に独りになると不安になってしまって落ち着けない気がした。それに、いくらレクリエーションとは言え出場している皆を見ないのもなんだか悪い気がして、とりあえず応援席に落ち着いた。芦戸ちゃんとか透ちゃんとかには一緒に応援しようよとか言われたけれど、少し疲れたからと断ってしまった。それ以上深く突っ込んでこなかったのはきっと察してくれたからだろう。私の心情を。私の対戦相手の事を。
「……おい。おい!眞壁!」
『…へ?え?…えっ?』
呆然とただ皆が大玉転がししてたり、走り回ったりしてるのを眺めていると不意に聞こえてきた自分の名を呼ぶ声に応援席から直ぐ下を覗き込む。と、そこには必死の形相の上鳴くんがこっちに向かって手を振っていた。
「悪い!!時計持ってるか?!」
『え?と、時計?えっと、今の時間は―…』
「時間は聞いてねぇよ!時計貸してくれ!借り物競争のお題なんだよ!」
『あ、そういう事か』
ヒラヒラと片手に持っている紙を見せながら言う上鳴くんに納得する。どうやらいつの間にか協議は借り物競争に変わっていたらしい。チラリと周りを見れば、瀬呂くんとかも別の人からお題のモノを借りている。
私も慌てて時間を確認する為に持って来ていた小さな時計を外して応援席から下の会場に居る上鳴くんに向けてそっと投げると彼はそれを綺麗に受け取って「あんがと!」と言いながら走り出す。と、
「しっかりしろよ。眞壁」
『え、』
不意にこちらを振り返りながら笑顔でそう言うものだから思わず固まってしまう。ど、どういう意味?と声をかけるより前に彼はさっさとゴールに向かって走って行ってしまった。これは、励まされたと見ていいのだろうか。そもそも、そんな事言われるぐらい酷い顔してたのかな。
「眞壁〜!!」
『わっ?!何!峯田くん怖っ!!』
「頼む助けてくれ〜」
『え、時計なら今上鳴くんに貸した1個しか持ってないけど』
「違ぇ〜よ〜、俺のお題酷ぇんだよ〜」
ぼんやりとゴールに駆け込む上鳴くんの姿を眺めていた私の元に再び飛び込んできた声。顔をぐしゃぐしゃにしながら会場から応援席の間にある壁に張り付くようにしてこちらを見上げている峯田くんに驚きながらも話を聞いてやる。と、彼は自分に課せられたお題の書かれた紙を見せてくれた。
そこには達筆な字で"背脂"と書かれていた。
…そのお題を書いた者に問いたい。君ならそれをどこで手に入れるというんだ。街に出られるならまだしも、この会場内でそのお題のモノを都合よく持っている人が居る確率なんてかなり低いだろう。その確率にかけたのか、そもそもそのお題を引いてしまった峯田くん自体に運が無かったのか。
『否、これはない』
「だろぉ〜?」
『うん、潔く諦めな』
「うわぁ〜ん、眞壁も酷ぇよ〜」
もう眞壁なんて知らねぇ!うわああんとか何とか言いながら走り去ろうとする峯田くん。一体なんだったんだ?と息を吐きながら身を乗り出していた自分の体を戻して応援席に腰を下ろそうとした時、
「そういや、お前美脚だったんだな」
クルリと此方を振り返るなり言う峯田くん。普段タイツ穿いてるし、スカートも長めだから分かんなかったけどよ、チアの恰好似合うのな。と呆然と立ち尽くす私にベラベラと話す峯田くん…そして、私は思いだした。
『今すぐ私のバリアと地面のサンドイッチの具になりたいなら喜んで手ぇ貸すけど?』
私たちがチアの恰好をする羽目になった元凶は彼らだったという事を。ニコリと笑いながら手を翳すとやべぇと顔を歪めながら「失礼しやした〜」と目にもとまらぬ速さで走り去っていく。困った困ったと泣いているぐらいならまだ我慢できたものを…本当、一言余計なんだから。
『はぁ………ぷ、くくく…』
「うわ、何1人で笑ってんだよ」
『あ。切島くん』
なんか疲れたなぁ、なんて応援席に腰を下ろして間を空けずにフと込み上げてきた笑いが堪えきれずに口元を緩めていれば、なんてタイミングという時に何処かで時間を潰してきたのであろう切島くんが居た。変なところを見られてしまったけれど、笑みは収まらないし気にするような事も無いかと息を吐く。
『いや、ただちょっと…調子、狂うなぁって思っただけ』
「はぁ?」
『何か変に構えてたのが馬鹿に思えちゃって』
「あ〜、相手が相手だもんなぁ…」
さっきの上鳴くんに峯田くんを見てるとなんだか真剣に悩んでる自分が馬鹿に思えてきた。だって、今更悩んだところで結果が変わるわけじゃない。相手が誰であろうと、それは自分自身を超えるための壁であり実力を知る為の試練なのだ。皆、くじ引きで公平に決まったこと。とやかく言っても仕方ない。
「でもよ、精神集中ってのは大事だぞ?どんなヒーローも戦いに備えて常に平常心をだな―…」
『ふふ、そういう切島くんは精神集中しているの?』
「…してない」
『ほら』
それぞれ集中した方が実力が上がる人と、寧ろ集中すると何もできなくなってしまう人とかきっと色んなタイプの人が居る。そして少なくとも私は集中するのは性に合わないタイプの者だということ。悩んでいると更に不安になるタイプ。だから皆の近くに居たはずなのに、これじゃ何の意味もない。皆とチアの恰好で思いっきり応援してた方が良かったかもしれない。
『変に構えない方が私たち合ってるんだよ』
「かもな」
言ってはなんだけれど切島くんが精神統一とかいって静かに独りで座禅組んでるとか悩んでいるイメージはこれっぽっちも無い。寧ろドンと構えている方が彼らしい。楽しんでいると言った方がいいだろうか。
そんな切島くんが不意に「飲むか?」なんて、手に持ってた飲み物の缶を一つ差し出してくれる。いいの?と聞けば、試合前だから寧ろ飲んどけって渡された。
「今まで出会った男子にこんな優しい人いなかったよ」
「え?マジ?普通じゃね?」
苦笑しながら受け取った缶を開けて一口飲めば、真顔で言い返される。自分の分の飲み物をグイッと一口飲んでいる切島くんの言う通り、これが普通だったら多分世の中もっと素敵になってただろうな、なんて思って小さく笑ってしまった。これが隠れ紳士、ってやつなのかな。
「お互い頑張ろうな」
『うん。…ありがとう、なんか楽になった』
「ん?お、おう?」
切島くんだけじゃない、皆がいつもの調子でいてくれてありがとうって本当に思う。お陰でなんだか悩みが吹っ切れた。きっと私の試合相手もいつもの調子のまま、何も心を乱すことも無く対峙してくるはずだ。ならば、私もそう変に気構えることなく、いつもの調子でアイツに挑戦すればいいじゃないか。それだけの話だったのだ。
ゴクリゴクリ、静かに喉を潤せばふうっと肩の力が抜ける。そういえば水分補給なんて関替えて無かったなぁ、なんて思いつつ。隣にいる切島くんにフと「じゃぁ、決勝で会いましょっか」なんて笑いながら缶を差し出すと、少しキョトンとした表情を浮かべてからフワリとなんて素敵な笑顔って思うほどの笑みを浮かべながらも私の意図を読み取ったのか切島くんも持っていた自分の缶を差出し、お互いに持っていた飲み物の缶をぶつけ合って乾杯した。