飯田くんの言っていた通り、食堂は大いに込み合った。先輩たちの方も盛り上がってるみたいで色んな会話があちこちで聞こえる。上位についたらしき先輩たちは騒ぎ合っている者も居れば、食事が喉を通らないとか重々しい空気を纏っている者も居た。一方1年A組はといえば…至っていつも通りだ。3回戦行けなかった悔しい〜とか、大活躍だったねぇ!とか内容は大会の前半戦の反省みたいなものだけれど、女子組の雰囲気は至っていつもと変わらなかった。…上鳴くんと峰田くんから相澤先生の伝言を聞くまでは。



―昼休憩終了。



「≪最終種目発表の前に予選落ちの皆へ朗報だ!ちゃんと全員参加のレクリエーション種目も用意してんのさ!本場アメリカからチアリーダーも呼んで一層盛り上げ……ん?アリャ?≫」

「≪なーにやってんだ……?≫」


次なる種目の為に続々と競技場へと集まる生徒たち。そして、プレゼントマイクの実況通り視線の先でアメリカからのチアリーダーたちが自分達のパフォーマンスを繰り広げている中、私たちにも刺さる痛々しい視線。あれ?可笑しいな。相澤先生の不思議そうな声も聞こえた気がした。


「≪どーしたA組!!?≫」


プレゼントマイクの声に一斉に会場の視線が此方に向けられる。辺りを見回しても私たちA組以外の女子生徒たちは黄色のポンポンも持っていなければ、チアリーダーの衣装を来て横一列に並んでいる様子も無い。明らかに浮いている感。何だこれは。どういうことだ。


『あー…えーっと…八百万さん?話が違うようなんですが?』

「――ッ!!!!」


相澤先生の伝言を伝えてくれた+衣装を出してくれた八百万ちゃんに、明らかに痛い視線を浴びている事に疑問を抱いた私が思わず問いかける。すると此方に向かって満面の笑みでグッと親指を立てている峰田くんと上鳴りくんの方を八百万ちゃんは顔を赤らめながらバッと振り返る。


峰田さん 上鳴さん!!騙しましたわね!?


ひょー。とか言いながら少し離れた安全圏でこちらの事を観察している2人。完全に嵌められたようだ。それが確信になると徐々に徐々に恥ずかしくなってくる。協議に関係無ければ、A組女子のコスプレ大会みたいなものだ。滅多に出さない足(特に太もも付近)がスースーして余計に恥ずかしい。


「何故こうも峰田さんの策略にハマってしまうの私…」

「アホだろアイツら…」

『…よし、後でシメる』

「笑顔が怖いよ 帷ちゃん」

「まぁ本戦まで時間空くし、張りつめててもシンドイしさ…いいんじゃない!!?やったろ!!」

「透ちゃん好きね」


がっくりと肩を落とす八百万ちゃんに、バッとポンポンを投げ捨てる真っ赤な顔の耳郎ちゃん。そしてニッコリと満面の笑みを浮かべながら拳を見せる私にお茶子ちゃんがこれまた素敵な笑顔のまま応える。更にそんな雰囲気を弾き飛ばすかのように意外とこの状況を楽しんでいる様子で飛び跳ねている透ちゃんに、冷静に言葉を返す梅雨ちゃん。傍から見ればこの状況、明らかに可笑しいだろう。


「≪さァさァ皆楽しく競えよレクリエーション!それが終われば最終種目―≫」


そんなこっちの気持ちも知らないまま、会場に参加生徒が集まったのかプレゼントマイクの実況が木霊する。こんな事で心が折れそうになっている場合では無い。


「≪進出4チーム、総勢16名からなるトーナメント形式!!1対1のガチバトルだ!!≫」


プレゼントマイクの実況に合わせ、大きなモニター画面には対戦する参加者の名前が書かれていないトーナメントの線が描かれた画面が映し出される。まだ対戦相手が決まっていないということらしい。


「トーナメントか…!毎年テレビで見てた舞台に立つんだあ…!」

「去年トーナメントだっけ?」

「形式は違ったりするけど毎年サシで競ってるよ」

『去年はスポーツチャンバラだっけ?』

「そうそう」


不意に声を零すと前に立っていた切島くんがこっちを振り返って、うおっ?!何だその格好、どうした?って小さく驚いたもんだから少し傷ついた。好きでこんな格好してる訳じゃないのに…!それ以上は聞かないで。と静かに制すと切島くんは、お…おう。と素直に納得してくれた。


「それじゃあ組み合わせ決めのくじ引きしちゃうわよ。組が決まったらレクリエーションを挟んで開始になります!」


なるほど、くじ引きでこれから決めるわけね…。ある意味、この第一試合の相手によってトーナメントで生き残る確率が決まると言っても過言では無いだろう。組み合わせも確率というか、今日の運というか。


「レクに関して進出者16人は参加するもしないも個人の判断に任せるわ。息抜きしたい人も温存したい人もいるしね。んじゃ1位チームから順に…」

「あの…!すみません」


ミッドナイトの説明が終わり、早速2回戦の1位チームのメンバーから順にくじ引きが始まろうとしたその時ふと会場の1人が徐に片手を挙げた。その片手に視線を向けるとそこに立って居たのは尾白くんだった。


「俺、辞退します」

「 !! 」


その言葉に会場がザワつく。至って真面目な面持ちのまま静かに辞退を宣言する尾白くん。折角此処まで来たのに。此処まで勝ち上がって来たのに、何で…何でそんな事を言うの。呆然とする私を代弁するかのように慌てて皆が問い詰める。


「尾白くん!何で…!?折角プロに見てもらえる場なのに!!」

「騎馬戦の記憶…終盤ギリギリまでほぼぼんやりとしかないんだ。多分、奴の"個性"で」

「!?」


尾白くんと騎馬を組んだのは確か―…と振り返る。と、1人の男子生徒が此方から微かに顔を背けたのが見えた。嗚呼、そうだ、あの人。以前、A組の教室前の廊下で爆豪くんと真正面から向き合って宣戦布告したあの普通科の男の人…。


「チャンスの場だってのは分かってる。それをフイにするなんて愚かなことだってのも…!」

『尾白くん…』

「でもさ!皆が力を出し合い争ってきた座なんだ。こんな…こんなわけわかんないままそこに並ぶなんて…俺は出来ない」


本当、真面目だな。否、真面目で誠実な尾白くんだからこそ、この結果に納得できないのだろう。そう思うと何だか…何とも言えないけれど悔しくて。尾白くんの気持ちが何だか分かってしまったような気がして―…辛い。


「気にしすぎだよ!本戦でちゃんと成果を出せばいいんだよ!」

「そんなん言ったら私だって全然だよ!?」

「違うんだ…!俺のプライドの話さ…俺が嫌なんだ。…あとなんで君らチアの恰好してるんだ…!」


どうにか引き留めようと芦戸ちゃんと透ちゃんが尾白くんに声を掛けるが尾白くんは断固としてその意志を曲げる気はないらしい。更に言うと私たちの恰好にツッコミを入れられるほど彼の意識はハッキリとしているようだ。もう、この辞退することに迷いはないという事。


「僕も同様の理由から棄権したい!実力如何以前に…"何もしていない"者が上がるのはこの体育祭の主旨と相反するのではないだろうか!」

「なんだこいつら…!!男らしいな!


すると尾白くんに影響されたのか同じくB組の男子1人が辞退することに名乗りを上げ、切島くんが目尻に涙をにじませながら「くう…っ」と声を零す。B組の男子生徒もあの普通科の男子と騎馬を組んでいたらしい。
記憶が混濁…いや、騎馬戦の記憶がポッカリと抜けてしまっているという2人の共通点から見て、あの普通科の男子の個性は人の脳に直接作用するものとみて間違いない。トーナメント戦でぶつかる可能性もある。警戒しなければ。


「≪何か妙な事になってるが…≫」

「≪此処は主審ミッドナイトの采配がどうなるか…≫」


どうやらこの辞退の話を認める権限を持っているのは主審であるミッドナイトに委ねられるらしい。恐る恐るミッドナイトの方へと視線を戻すと、スラリと自身の武器の一つである鞭を取り出しているのが見えた。嗚呼、大丈夫か、な…。


「そういう青臭い話はさァ…好 み !!!庄田、尾白の棄権を認めます!」


好みで決めるんかい!というツッコミが聞こえてきそうなほどのノリでピシャアンと鞭を鳴らして言い放つミッドナイトの一言で尾白くんとB組の庄田くんは次のトーナメント戦の出場が取り消された。
辞退するという一山を超え、少し落ち着いたのか息を吐く尾白くんの肩をポンと叩いた青山くんは「僕はやるからね」と声をかける。誰も止める者は居ない。そんな彼を余所に尾白くん、と私が小さく声をかければ尾白くんは「俺の分まで頑張って」と優しく言ってくれた。嗚呼…強いなぁ。

お疲れ様〜とA組の皆で尾白くんの肩を叩いたり、背中をそっと撫でている間にB組が何やら話し合ったようで鉄哲と塩崎という人が進出することになったらしい。これまた個性が良く分からない人が加わったものだ…。
そしてそのまま騎馬戦の1位チームから順番にくじ引きが始まり、私も自分の順番が来ると意を決してその札を引く。これはもう運だ。誰と当たるかなんて誰にもわからない。もしかしてしょっぱなから出久とぶつかるかもしれないし、あの普通科の男子とぶつかるかもしれない…何が起こるかなんて分からない。


「―というわけで、鉄哲と塩崎が繰り上がって16名!!組はこうなりました!


暫く待って、結果がモニター画面いっぱいに映し出される。誰もが真っ先に自分の名を探し、相手の名前を見る。そしてその流れで実際に相手を探し、視線をぶつけ合う。真正面に向き合う者も居れば、睨み合う者もいる。更に言えば目も合わせない者も居る。


『(出久…1回戦勝てばもう轟くんと、か…)』


私はといえば、自分の名前と対戦相手を確認するや否や、出久の名前が目に入ってしまいその相手とその先にいる大きな相手の名前を見てしまっていた。…というのも自分の対戦相手の名前をマジマジと見るのが怖かった。けれど一瞬だって対戦相手の名前が視界の隅に飛び込んできてしまえば否が応でも見てしまう。


『(ま、その前に…)』


横目で自分の対戦相手に視線を送る。相手も明らかに機嫌の悪そうな顔を浮かべてモニター画面を食い入るように見ている。相手である私の名前を見ているのか、それとも私を倒した後のトーナメントの予想でも付けているのだろうか。
ジッとモニター画面を見上げるその横顔をいつの間にがジッと見つめてしまっていると、不意にその不機嫌な顔が此方を向いた。


「………」

『………』

「……んだよ」

『…別に』


モニター画面に並ぶその自分の名前。これが会場中の視線に晒され、世間にもテレビ放映されているのだから取り消しもやり直しも聞かない。皆、重く受け止めている筈だ。私も、逃げる訳には行かない。
でも、でもこの組み合わせにはかなりの悪意を感じます。神様。1回戦第8試合組み合わせ―…の後に続く名前。


『…はぁ……マジかぁ…』


"爆豪vs眞壁"


自分の対戦相手を確認し大方トーナメント表を確認した後、私の名前とその対戦相手を見つけたのか、ギリギリと何とも言えない引き攣った表情の出久が微かに此方を振り返ってくれた気がした。



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