「お疲れ眞壁くん!、麗日くん!」

『あ、飯田くん!お疲れ〜』

「……おや?緑谷くんは?」

『え?出久?』

「あれ?そう言えば居ないね」


これからお昼休憩を挟むということで一時解散を告げられた。皆が徐に食堂へ向かい始めた時に飯田くんが声をかけてきた事により、ついさっきまで一緒に居た出久が居ない事に気づく。一緒に並んで歩いていたお茶子ちゃんさえ出久が居なくなったことに気づかなかったらしい。


「うーむ、参ったな。お昼を食べながら色々と語り合おうと思っていたのだが…早くしないと食堂が混んでしまう」

「先に行っちゃったのかな…?」

『かもね』


もしかしたら一斉に食堂に向かう人たちの波に飲まれて先に行ってしまったのかもしれない。そう深く考えず、少し残念そうで心配そうな飯田くんにお茶子ちゃんの言葉に返事を返す。結局目的地は一緒だから会えない事は無いと思うけれど。


『2人も先に行ってて。私、控室にタオル取りに行ってくる』


かなり動き回ったから一度汗を拭きたい。午後の部に備えて着替える為にも控室に置いて来てしまったタオルを取りに行く為に皆とは違う方向に歩き出す。席取っておいて、と2人に声をかけると飯田くんとお茶子ちゃんは分かった〜と快く引き受けてくれた。よし、これでお昼の心配はしなくて大丈夫だ。

2人と一度別れ、控室に向かうべく会場の通路を歩く。と、不意に誰かが外へと抜ける通路の角で隠れるようにして外の様子を伺っている後姿が見えた。…後ろ姿で分かる。爆豪くんだ。こんな所で何をしているのだろう。明らかに怪しいその背中に、気づけば声をかけようと口を開いてしまった。


『何しt―』

「ッの!バッ!!」

『ふぐっ?!』


ガシッと痛いぐらい物凄い反射神経で私の口をその大きな掌で塞ぐ爆豪くん。私の声で驚いたのか物凄い速さでこちらを振り返るなり静かにしろ、さもないと殺すぞオーラを向けて来るものだから私は内心パニックだ。爆豪くんに口を塞がれ、壁に押し付けられた状態で息苦しくなってどうにか落ち着こうと唯一塞がれなかった鼻からゆっくりと呼吸をして肩を上下させる。
そんな私の驚いた(怯えきっているであろう)表情を見た爆豪くんの表情が一瞬見た事無いぐらい驚いたように少し歪んで見えた。その表情で彼が言いたい事を一瞬で理解する。何でテメエが此処に…と言いたいのだ。…言わせて貰うが、それは此方の台詞である。


「"個性婚"って知ってるよな」

『 ?! 』


と、不意に聞き覚えのある声が聞こえて来て私がまた驚いた表情を浮かべると、爆豪くんは罰の悪そうな顔を浮かべながらシッと私を押さえつけている手とは反対の空いている手の人差し指を自分の口に当てる。そして「静かにしろ」と口を動かしたのが見えて、私は素直に小さく頷く。
スッと彼の顔のほぼ半分を覆っていた手が離れて行った途端に訪れる解放感と安心感。ホッと内心胸をなで下ろす気持ちでその第3者の声が聞こえた方へと自然と視線を向ける。その競技場へと抜ける通路の先に居たのは轟くんと、出久だった。


個性婚。


ニュースとかでは聞いた事があるけれど、こんな目の前でそんな言葉が飛び出した事なんて今まで無かった。通路の曲がり角に身を潜め、その様子を静かに見守る。気付けば、轟くんも私の傍の壁に寄り掛かってその話に耳を傾けている。どうやら彼は偶然2人の会話が耳に入り、つい立ち聞きしてしまった…と言ったところだろう。


「実績と金だけはある男だ…親父は母の親族を丸め込み、母の個性を手に入れた


轟くんの言葉はいつにも増して冷ややかとしていた。自分の親の事を話しているのに、まるで他人の事を語るかのようにツラツラと。寧ろ自分の父親に憎しみさえ抱いているのではと感じさせるほどに、その言葉は冷たい。


「俺をオールマイト以上のヒーローに育て上げる事で自身の欲求を満たそうってこった。……うっとうしい…!そんな屑の道具にはならねぇ」


自分の夢を自分の子供に。世間一般ではそう少ない事では無い。勝手に夢を背負わされた子供にとってみれば幸せと感じる子も居るかもしれないが……恐らく大半の子供は、目の前で今までにないぐらい感情を露わにしかけている轟くんと同じく、いい迷惑だと思う事だろう。自分のなりたいものと親の理想が同じとは決して言えないのだから。


「記憶の中の母はいつも泣いている。"お前の左側が醜い"と母は俺に煮え湯を浴びせた」


―…ゾッとした。平然とそう言って轟くんは自身の左側の火傷の跡にそっと触れる。否、何より轟くんの話を真正面に聞いている出久の方がもっとゾッとしている事だろう。まさか、彼の左側の痛々しい跡にそんな理由があったなんて。そんな哀しいことがあったなんて。


「ざっと話したが俺がお前につっかかんのは見返す為だ。クソ親父の"個性"なんざ使わなくたって……いや…使わず"一番になる"ことで奴を完全否定する


だから彼は母親譲りの氷の個性だけしか今まで使ってこなかったのだ。あの、"エンテンヴァー"の息子でありながら、その家庭の闇を抱えて炎を使ってこなかったのだ。そう思って、無意識に自分の袖をギュウっと握りしめていた。だって、そんなの―…。
「時間とらせたな」と、そう言ってその場を後にしようと歩き出す轟くんに無意識の内に思わず身を乗り出そうした瞬間、微かに手首を握られたような感覚に引き止められる。そこでどうにか思いとどまって足を止めた。すると、静かな声がゆっくりと響く。


「僕は…ずうっと救けられてきた。さっきだってそうだ…僕は、誰かに救けられてここにいる


出久の声だった。しっかりとした、私の知らない出久がそこに立っていた。明らかに真正面から宣戦布告の喧嘩を吹っかけられたと思われても可笑しくないその轟くんの話にも退かずに立ち向かうようなその姿は、いつにも増して眩しい。気付けばその姿に見惚れている自分が居た。


「オールマイト…彼のようになりたい…その為には1番になるくらい強くなきゃいけない。君に比べたらささいな動機かもしれない…でも僕だって負けらんない。僕を救ってくれた人たちに応える為にも…!さっき受けた宣戦布告、改めて僕からも…僕も君に勝つ!


何とも出久らしい言葉だった。轟くんの放つその存在感は明らかに漫画やアニメだったら主人公格の立ち位置に当てはまるであろう。そんな彼にただ真っ直ぐに、そして臆することなく胸の奥にストンと落ちるような言葉は何とも出久らしい言葉で、何だか安心した。
皆、目指す場所は同じはずなのにこうも違う世界で正直驚いた。でも、皆違う世界で、違う価値観や目標があるからこそそこに能力とかでは無い、個人としての個性が生まれる。それが世界を豊かにする1つの存在でもあるのだから、否定する気は毛頭ない。それが轟くんで、それが出久で、それが私になる一つの要素なのだ。
相手を否定する事も無く、ただ真っ直ぐに轟くんの宣戦布告を受けた出久の背中の頼もしい事…。まったく、見ていない間に随分頼もしくなっちゃって。本当に出久が知らない人になってしまったかのようだ。


『フフ…だってさ』

「………ケッ…くだらねぇ」


出久が遠くに行ってしまったような、そんな気持ちが込み上げるけれど出久は出久という感覚も勿論ある。思わず小さく笑みを零しながら傍らで壁に寄り掛かっている爆豪くんを横目に呟くと、彼は興味も無さそうにそう吐き捨てながらポケットに手を突っ込んで歩いて行ってしまった。こっちは相変わらずだ。なんて思ってまた笑みが零れる。


『出久!』

「え、帷ちゃん?」


轟くんが去って行ったのを見計らって通路の角から身を乗り出し、出久に駆け寄る。今まさに見つけたかのように見繕って、小さく笑みを作りながら彼の顔を覗き込む。


『皆探してたよ!早くお昼行こ!食堂混むってさ!』

「う、うん!」


早く早く、と出久を手招きしながら歩き出せば、いつもみたいに照れたような笑みを浮かべて駆け寄ってきて横に並んで歩き出す。お茶子ちゃん達が先に席取っといてくれるってさ、とか何気ない会話をしながら食堂に向かう。あ、背も結構伸びてるなぁとか頭の片隅で思いながら、やっぱり出久は個性も発現したし、私が知っている頃よりもかなり変わったかのなぁとも思った。



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